ドキュメンタリー番組「ドナルド・キーン95歳 心の旅」完成特別試写会で、あいさつする文楽三味線弾きのキーン誠己さん=2017年11月15日、中澤雄大撮影 世界的な日本文学者、ドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授(95)らに密着したドキュメンタリー番組「ドナルド・キーン95歳 心の旅」の完成試写会が、東京都内であった。江戸時代の元禄年間に長崎・出島からドイツ人医師ケンペルによって海外へ持ち出され、ロンドンの大英図書館に世界で1冊だけ残る「幻」の古浄瑠璃本「越後国柏崎 弘知法印御伝記(こうちほういんごでんき)」を巡る心温まるストーリー。BSN新潟放送の創立65周年特別番組(文化庁芸術祭参加作品)として、26日午後1時からBS-TBSで全国放送される。【中澤雄大/統合デジタル取材センター】
福井藩領を詳細に描いた大絵図「越前国之図」(縦3・98メートル、横4・02メートル)など原寸大の複製の絵図10点を展示する「原寸大!松平文庫 大絵図展」が24日、福井県立図書館(福井市下馬町)で始まった。5月7日まで。 福井藩の越前松平家から寄託された資料約1万点の「松平文庫」の中にある絵図約300点から史料的評価が高く、美しいものを選び、原寸大でパネルなどに複製して展示している。 「越前国之図」は貞享2(1685)年に作成された絵図で、実物の絵図(和紙)を分割して収めたデジタルデータをもとに布に染色して複製したもの。越前国の福井藩領内(現在の嶺北や敦賀など)の集落名や寺社名、地名、自然などが描かれている。旧今立町の町場と和紙産地の5つの村落を色彩豊かに描いた村絵図「五箇村粟田部村絵図」(1848〜54年)では、各村を色分けし、神社や家の名前などが細かく記され、紅葉や薄墨桜の風景も描かれて
(3)地名は語る 通称「産業道路」を仙台市若林区六丁の目から少し入った市七郷六丁目コミュニティ・センターに向かう。敷地の一角に小さなほこらを見つけた。 格子状の扉から中をのぞくと、鎮座した石碑に「南無阿弥陀仏(あみだぶつ)」と彫ってある。左右が逆の鏡文字だ。「弘法大師の筆」と言い伝えが残るこの6文字が「六丁の目」の由来らしい。 石碑は1685(貞享2)年、橋の架け替え工事の最中に橋の土台部分から見つかった。地元の郷土史研究者松木達雄さん(69)は「発見後は『六字の銘』と呼ばれ大切にされてきました」と解説する。 つまり、音便が変化して「六丁の目」。ほかにも「陸奥国分寺(若林区木ノ下)から6丁離れているから」という説もあるという。いずれにしても「若い人や新住民は知らないでしょうね」と、近所でそば店を営む佐藤孝太郎さん(68)がこぼした。 荒井地区に引き返し、鎌倉時代に新田開発の拠点と
「駿河には過ぎたるものが二つあり。富士のお山に原の白隠」。江戸期に俗謡で広くうたわれ、臨済宗「中興の祖」とされる白隠(はくいん)慧鶴(えかく)禅師(1685〜1768)の生誕地(沼津市原)を、同宗の最大宗派で白隠が属した妙心寺派が買い取り、保護することになった。白隠の兄弟の子孫の所有地だったが、このほど売買契約が成立。同派は「臨済宗にとって重要な地。整備して後世に伝えたい」としている。(菅尾保) 同派が買い取るのは、白隠の生家があった土地約749平方メートル。敷地内には、白隠が産湯をつかったと伝わる井戸もある。交渉は2008年ごろから始まり、今年1月に契約が整った。 交渉に携わった同派静岡東教区宗務所長で清梵寺(同市大塚)住職の肥田英臣さん(69)は「現在の臨済宗の体系は、さかのぼれば白隠禅師の教えに行き着き、師は臨済宗全体にとってかけがえのない方。今回ご子孫の理解を得られたのはうれし
復活上演された古浄瑠璃「越後国 柏崎 弘知法印御伝記」。主人公の僧(右)の前に、美女の姿をした魔王が現れ、修行の邪魔をしようとする 江戸時代前期に台本が海外に持ち出され、行方不明になっていた人形浄瑠璃「越後国 柏崎 弘知法印御伝記」の復活公演が7日、作品ゆかりの新潟県柏崎市で行われ、約300年ぶりに舞台が再現された。 江戸前期に義太夫節が流行する以前の古浄瑠璃が上演されるのは初めての試みという。 御伝記は、長岡市の西生寺に即身仏として安置される僧・弘智法印がモデル。主人公が厳しい修行を重ね、即身仏になるまでを描く。 1685年に発表され、数年後にドイツ人医師が台本を長崎・出島から海外に持ち去り、イギリスの大英博物館で保管されていた。 文楽の三味線弾き・越後角太夫(文楽の芸名・鶴沢浅造)さん(58)(新潟市)が2007年、知人の日本文学研究者ドナルド・キーンさんから台本の存在を知らされたこと
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