広島県呉市は、2025年2月から大和ミュージアム(宝町)がリニューアル工事のため休館する対策として、近くのビュー・ポートくれ(中通)で開く仮展示室「大和ミュージアムサテライト」の展示内容を明らかにした。新たに製作する零式観測機の実物大レプリカや戦艦大和の100分の1模型などを並べる。
株式会社せとうちSEAPLANESは、かつて広島県尾道市に所在していた日本の航空運送事業会社。本社敷地内の「オノミチフローティングポート(OFP)」を拠点に水陸両用機による遊覧飛行を行っていた。常石造船を中核とする常石グループの関連会社せとうちホールディングス(2019年4月にツネイシホールディングスに吸収合併[1])の子会社だった。航空事業者略号は「SSN」[2]。 新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、2021年1月30日の最終フライトをもって営業休止。当初はスポンサーを探して営業再開を目指すとしていた[3]。しかし 保有機材は2021年5月までに全機抹消された[4]。 2022年5月23日に社名を「株式会社浦崎」に、所在地を「東京都港区赤坂7丁目6番15号」変更。 2022年7月1日に解散。 2022年9月8日に清算結了した[5]。 常石グループ中において新規事業等を担当する会社
太平洋戦争の末期にかけて群馬県内で開発が進められた旧日本軍の「連山」という攻撃機は、戦局の悪化などから試作機4機にとどまり、「幻の攻撃機」とも言われています。この「連山」の操縦席などを覆う風防ガラスとみられる部品が群馬県内で見つかり、専門家は、非常に貴重な資料だと指摘しています。 「連山」は、旧日本海軍の命で太平洋戦争中の昭和18年ごろから20年にかけて、群馬県の製造工場で開発が進められましたが、戦局の悪化や資材の不足から実際に製造されたのは4機の試作機のみにとどまり、「幻の攻撃機」や「幻の翼」とも言われています。 この製造工場に勤務していた男性の親族から「風防ガラスだと思われるガラスを持っている」という情報が
三菱航空機株式会社は、2023年4月25日を以て、「三菱航空機株式会社」から「MSJ資産管理株式会社」へ社名変更致しましたので、以下のとおりお知らせ致します。 【新会社名】 MSJ資産管理株式会社 (英語表記:MSJ Asset Management Company) 【社名変更日】 2023年4月25日 住所や電話番号に変更ございません。 三菱航空機株式会社のホームページについては同日2023年4月25日を以て閉鎖致します。 三菱重工グループについて 三菱重工グループは、エンジニアリングとものづくりのグローバルリーダーとして、 1884年の創立以来、 社会課題に真摯に向き合い、人々の暮らしを支えてきました。 長い歴史の中で培われた高い技術力に最先端の知見を取り入れ、カーボンニュートラル社会の実現 に向けたエナジートランジション、 社会インフラのスマート化、サイバー・セキュリティ分野 の発
切手というモノを、ちょっと違った角度から眺めてみると、あなたの知的好奇心をくすぐる新たな発見がイロイロあるのです。そんな切手の面白さを綴っていこうと思っています。 海底火山の噴火と津波で被害を受けた南太平洋の島国トンガに、きのう(20日)、水などの救援物資を積んだニュージーランドの軍用機が災害発生後初めて到着しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます) これは、1939年10月23日、トンガのヌクアロファからニュージーランドのオークランド宛に差し出されたトンガ最初のエアメールです。 1939年半ば、英国はタスマン海の定期航空路を開拓するため、飛行艇ショート S.30 エンパイア“アオテアロア(機体番号:ZK-AMH)”をニュージーランドに送ります。ちなみに、“アオテアロア”は、ニュージーランドの先住民の言語、マオリ語で“長く白い雲”の意味で、
JASRAC許諾第9009285055Y45038号 JASRAC許諾第9009285050Y45038号 JASRAC許諾第9009285049Y43128号 許諾番号 ID000002929 ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。
(CNN) 旧ソ連の異色の航空機「バルティーニ・ベリエフVVA14」。今ではモスクワ近郊の野原に朽ちた状態で1機が残るのみだが、かつては米国の潜水艦攻撃への対抗手段としてソ連が望みを託した機体だった。 VVA14のVVAは「垂直離陸水陸両用機」の略で、14はエンジンの数を意味する。滑走路なしであらゆる場所から離陸し、水面ぎりぎりの高度を飛び続けることができるように設計された。 同機は1960年代、ポラリス弾道ミサイルに対抗して設計された。米国は61年、核抑止の一環で潜水艦隊にポラリスを導入。VVA14の設計者ロベルト・バルティーニの構想では、水陸両用の同機はポラリスを搭載した潜水艦の捜索と破壊に最適な機体になるはずだった。 しかし、この計画はうまくいかなかった。提案された試作機3機のうち製造にこぎ着けたのはわずか2機で、空を飛んだのは1機のみだった。バルティーニが1974年に死去するとプロ
県営名古屋空港に隣接する「あいち航空ミュージアム」は、2019年7月15日(月・祝)から10月14日(月・祝)まで、「零戦初飛行80周年展」を開催しています。このイベントは、2019年が零戦の初飛行から80周年を迎え、これを記念した企画です。 開催期間中は、愛知県で誕生した零戦、設計者の堀越二郎氏のパネル紹介に加え、2013年9月に羽田空港の工事現場から出土した「瑞星型エンジン」、貴重な「瑞星型発動機の取扱説明書」が展示されています。 零戦は80年前の1939(昭和14)年3月、試作1号機が牛車2台に乗せられ、名古屋市の工場を出発し、岐阜県の各務原飛行場に運ばれました。翌4月に1号機は高度10メートル、距離500メートルの試験飛行を初めて実施し、7月に海軍が初試乗しました。1940(昭和15)年に制式採用され、当時「皇紀2600年」と呼ぶ年に当たることから零式艦上戦闘機「零戦」と名付けられ
気象庁によりますと、千島列島の火山で22日午前噴火が発生し、噴煙が1万メートル以上の高さに達しています。気象庁は、航空路火山灰情報を出して周辺を飛行する航空機に注意を呼びかけています。 この噴火による噴煙は上空およそ1万3000メートルの高さにまで達しているということです。気象衛星ひまわりの画像でも、午前3時ごろから噴煙が上がり、風に流されて島の東側の広範囲に広がっていく様子が捉えられています。 気象庁によりますと、火山灰は23日にかけて千島列島の東からアリューシャン近海にかけての上空に広がると予想されているということです。 火山灰の中を航空機が飛ぶと、ジェットエンジンが吸い込んで停止したり、操縦室の窓が傷ついたりするおそれがあるため、気象庁は「航空路火山灰情報」を出して付近を飛行する航空機に注意を呼びかけています。 ライコケ島は千島列島にある標高551メートルの火山島です。千島列島では2
「音速滑走対体」が全国から注目された名城大学には、戦後初の国産旅客機YS-11の開発に参加した土井武夫氏(1904~1996)も教授に迎えられました。音速滑走対体に挑戦した小澤久之亟(きゅうのじょう)教授(1905~1988)は重爆撃機「飛龍」の設計者ですが、土井教授も戦時中、戦闘機「飛燕」など多くの戦闘機を生み出したことで知られ、名城大学には小澤教授と同じ理工学部交通機械学科の教授として1966年に就任しました。 理工学部の杉村忠良教授(航空工学)は1968年から助手として、母校でもある名城大学での教員生活をスタートさせました。小澤教授はすぐに3 回目の理工学部長(1969年4月~1971年3月)、学長(1971年4月~1972年3月)となったため、杉村教授は、小澤教授が担当するゼミ生の卒業研究等の指導をしながら、「航空工学の分野では大先輩である土井教授から教員として育ててもらった」と言
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く