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日本語に関するblackdragonのブックマーク (15)

  • 『を』←これ、なんて表現しますか? | 生活・身近な話題 | 発言小町

    トピを開いて下さってありがとうございます!最近気になっていることがあって、是非みなさんにご意見伺いたいのでよろしくお願い致します。 言葉の接続に使う『を』という字がありますよね?これなんて表現しますか? 例えば、この紙に『を』という字を書いて、と人に口で伝える時、『お』と勘違いされないように、『を』のことは、『"ちっちゃい"を』と、私は表現します。まわりの人たちも言ってるので何も思わなかったのですが、知人が県外で(確か、名古屋?)言ったら、「なんで小っちゃいの?小さくないじゃない(笑)」と笑われて、県外では通じないと知って驚いたと話していて、私も驚きました。ではどう表現するのかと聞くと、『"わをん"のを』と表現すると言われ、なるほど~確かに(笑)と納得! ちなみに私は富山在住ですが、もしかして富山でも一部でしか使わない表現なんだろうかと、いささか疑問に思えてきました…。同じ県内でも、地域に

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    blackdragon
    blackdragon 2010/11/24
    面白い。
  • 言葉は何を乗せているのか : 404 Blog Not Found

    2008年11月11日21:30 カテゴリValue 2.0語が亡びるとき」の読了感はこれとそれほどかけ離れていない。 2008-11-11 - 【海難記】 Wrecked on the Sea ようするにこのは柄谷=岩井的な言語=貨幣観と『批評空間』的な文学史観にもとづいた、柄谷行人『近代文学の終り』のたんなる文学少女バージョンなのである。 正直、彼女が愛してやまない漱石は、私は好んで読んだためしがない。同書を通じて「ああ、こういう読み方もあるのか」と感心はしたが、だからといって漱石を「読まなきゃ」という義務感は感じても「もっと読みたい」という欲求は全くおきなかった。鴎外に至っては、いくらいい文章を書いたところでその罪の大きさを拭えるものではないとすら感じている。 と同時に、たとえば吾輩ハデアルを複製するのに充分なソフトウェア・インフ

    言葉は何を乗せているのか : 404 Blog Not Found
    blackdragon
    blackdragon 2008/11/12
    納税のように読まなきゃならない義務があるという説明がきっちりできていない
  • 例の本(書評というか感想文) - 思索の海

    昨日書いたエントリがブクマが短時間で5個以上付いたにも関わらず、はてブの注目エントリのページからのアクセスがほとんど無いのが笑える*1(^^; まああのタイトルとあの内容じゃなあ… ところでここ数日はてなで話題になってた例のですが、twitterに書いたように屋でちょろっと立ち読みしました。 日語が亡びるとき―英語の世紀の中で 作者:水村 美苗筑摩書房Amazon 知的好奇心を含めた諸々を全く刺激されなかったので頑張って第一章と最後の章(なんか国語教育英語教育について書かれているところ)はそこそこゆっくり読んで、後は流し読みしましたが、それが精一杯でした。今後ブックオフで100円で置いてあったとしても買わないと思います。はてなから無料配布されても読まない気がします。もしかしたら僕が飛ばし読みしたところにだけ、ちょうど素晴らしいことがたくさん書かれていたのかもしれませんが。 事実につ

    例の本(書評というか感想文) - 思索の海
  • 水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読む。 - 【海難記】 Wrecked on the Sea

    2024/12/27 ベイスターズのドキュメンタリー映画「勝ち切る覚悟」を見た! シーズン終盤~日シリーズ優勝までの舞台裏を抑えたドキュメンタリーで、ベンチ裏での映像がメインとなっている。ナレーションは無く、説明がほとんど無いので「いつ何があったか」があらかじめわかって…

    水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読む。 - 【海難記】 Wrecked on the Sea
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    blackdragon 2008/11/12
    異なる様々な書評が読めるのがありがたいことだと改めて実感させられた
  • 英語の圧倒的一人勝ちで、日本語圏には三流以下しか残らなくなるが、人々の生が輝ければそれでいい - 分裂勘違い君劇場

    英語の圧倒的一人勝ちで、日語は衰退してしまうから、国語を守るために、国語の時授業時間を増やし、近代日文学を読み継がせるのに主眼を置くべき」 と主張する「日語が亡びるとき」というを、梅田望夫氏と小飼弾氏が絶賛しているが、こので主張されているのは、 日文化を守るために個々人の人生を犠牲にする、愚劣な教育政策だ。 日語が亡びるとき―英語の世紀の中で 作者: 水村美苗出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2008/11/05メディア: 単行購入: 169人 クリック: 12,657回この商品を含むブログ (459件) を見る 今後、世界中の、あらゆる価値ある知識は英語で生産され、英語で流通する。 インターネットの普及が、その流れをますます加速している。 世界中の知的にパワフルな人々は、ますます母国語よりも英語で読み、英語で書き、 英語で議論しながら、価値ある学術的成果・文化・商品

    英語の圧倒的一人勝ちで、日本語圏には三流以下しか残らなくなるが、人々の生が輝ければそれでいい - 分裂勘違い君劇場
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    blackdragon 2008/11/10
    興味深い
  • させていただく - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/Pledge日はお休みさせていただきますとかいう貼り紙が出ていると、ついつい俺はそんなこと頼んだ憶えはないぞとかそんなこと命令していないとか思ってしまう。とにかく不快な日語の言い回しではある。 このさせていただきますというのは元々近江の言い方で、江戸時代に近江商人が全国展開するとともに広まった。させていただきますならば、させてやる主体が存在する筈だが、近江商人たちは浄土真宗の篤信者だったので、阿弥陀如来にさせていただきますということだったのだが、やがて阿弥陀如来はどっかに行って、させていただきますという責任回避の言い回しだけが残った。どっかでこのようなことを読んだ記憶があるが、出典は思い出せない。 勿論、自己決定の重み、自己責任の重みが耐え難いというのは理解できる。そのために様々な文化的仕掛けがあるわけだが

    させていただく - Living, Loving, Thinking, Again
    blackdragon
    blackdragon 2008/09/12
    読ませていただいた上にブックマークまでさせていただきます。気持ち悪いと言っていただいてもよろしゅうございます。
  • 段落の謎 - 池田信夫 blog

    非常につまらない話だけど・・・ 日の商用ウェブサイトに原稿を出すと、段落が改まるとき、このように空行を入れたうえで、段落の最初に1字、空白をあける。私の知っている限り、新聞社もCだけの奇習である。海外のサイト(たとえばNYタイムズ)では、空行を入れるだけで、行頭に空白は入れない。当ブログもその方式だし、普通のブログもそれが多い。 空行を入れるのは、PCモニターでは行間が詰まっているのを読みやすくするためだが、これで段落が改まったことはわかるので、行頭に空白を入れるのは無意味である。しかもフォントの大きさがそろっていないと、何かレイアウトがずれたような印象を受ける。この「日の丸標準」はやめてはどうか。 追記:コメントでも出ているように、これは縦書きの「字下げ」のなごりだろう。この新聞や縦書きという奇習もやめてほしい

    blackdragon
    blackdragon 2008/03/28
    俺様標準に従えという話。
  • パ行の音の言葉って本来日本にあったのでしょうか?…

    パ行の音の言葉って来日にあったのでしょうか? これっぽっちのぽなんかはいつごろから存在したのでしょうか?

    blackdragon
    blackdragon 2008/03/17
    沖縄・八重山の方言などには、まだ、パ行の名残が結構ある。「南風」=「ぱいかじ」とか。
  • 私の母は「あずましくない」or「あづましくない」という不思議な日本語を使います。…

    私の母は「あずましくない」or「あづましくない」という不思議な日語を使います。辞書にも載っておりませんし、一応私は小説家なんですけれどもね…。調べ続けていて分かりません。ちなみに母も言葉の定義が分からずに使っている模様。訊いても曖昧です。「…ましくない」との事ですので、状態の否定形だとは思うのですけれどもね? 何の形容なのか意味がチンプンカンプンです。 どなたかこの言葉の意味が、分かる方いらっしゃいますか?

    blackdragon
    blackdragon 2007/12/16
    あまりあずましくない質問文。
  • http://www.ne.jp/asahi/ys/namaramuchyo/nanda/honbun/yanoasatte.html

    blackdragon
    blackdragon 2007/09/25
    そもそも「やのあさって」なんて身の回りで聞いたことも無い。先すぎて今日との関係で表すのは危険すぎるので、曜日や日付で言うし、そもそもそんな言葉はしらない。
  • 東京猫の散歩と昼寝■年金の長いトンネルを抜けると選挙であった

    『日語に主語はいらない』というがある(金谷武洋 2002)。いくらか反感も買っているらしいが、読むとまさに目から鱗が落ちる。我らが言葉の正体もしくは極意を初めて掴んだ感じがする。asin:4062582309 英語の5文型というのはしつこく習ったから知っているだろう。ところが日語の文型を問われたら「はて」と首をかしげてしまうのではないか。まあ異常と言うべし。でも実は日語にも「名詞文・形容詞文・動詞文」という3文型がある。外国人の日語学習では一般的であり、実際みごとに合理的な分類になっている。 その3文型の例として、金谷がまず挙げるのが以下。 「赤ん坊だ」「愛らしい」「泣いた」 そうこれは文である。我々はこのような日語をよく使う。これで不足はない。そしてたしかにここに主語はない。これぞ日語の基というわけだ。もちろん上記は、「ポストに入っていたのは赤ん坊だ」とか「酔った勢いで書

    東京猫の散歩と昼寝■年金の長いトンネルを抜けると選挙であった
    blackdragon
    blackdragon 2007/06/25
    「というわけで、英語なら文に主語は不可欠だが、日本語は「~が」がなくても成り立つ。そして日本国は社保庁がなくても成り立つ。」
  • 日本語の問題 - REV's blog

    http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.語がおかしい部分があって困っている。どれが主語かわからない文章だったり、どの言葉がどの言葉にかかるのかが崩れてたりするので、読み返せと指摘して返却しているのだが……。 上記の文章内で提示されているのは、「日語がおかしい」という問題提起である。先ずもって問題となるのは、日語独特の修辞ではなく、ロジックを用いて第三者に説明する能力・意欲の強弱ではないか。彼らは、言語外の「空気」でコミュニケートする習慣を身につけ、それが困難な相手を「空気読めない奴」と排除してきた。そのような状況では、感嘆詞や名詞を適当に投げておくだけで、彼らは仲間とコミュニケートすることが可能であろう。しかし、そのような名詞の羅列を文字に置き換

    日本語の問題 - REV's blog
    blackdragon
    blackdragon 2007/03/20
     日本語について、主語述語という教育が問題のような気もする。
  • 吉備高原都市

    吉備高原都市サービスについて 〒716-1241 岡山県加賀郡吉備中央町吉川4860-6 きびプラザ内 TEL : 0866-56-8255 FAX : 0866-56-7843 Email : toshisrv@kiity.ne.jp

    blackdragon
    blackdragon 2007/02/20
     我輩は猫である辺りを読むと、明治期からでも、いかに日本語が変化しているか実感できるが。
  • livedoor ニュース - “キモい”は撲滅すべき凶器的言語である。

    “キモい”は撲滅すべき凶器的言語である。 2006年10月04日15時42分 / 提供:PJ 【PJ 2006年10月04日】− “キモい”。日語の言葉は星の数ほど存在するが、これほど無邪気で簡単に相手を深く傷つける事が出来る言葉は見当たらない。それを一言発するだけで、侮辱と軽蔑、人格の否定と不信任の思いを相手にぶつける事が出来るので友人・知人を傷つけ罵るためには、最高に便利な言葉である。その破壊力は、“バカ”や“アホ”とは比較にならない。  子供達と若者を中心に、その言葉は広域に蔓延しており、流行語から常用語に昇格してしまっている。実のところ、この言葉の用法は極めて不明瞭であり、使用者の大多数がよく分からないまま、曖昧に使っているのが現状だ。「うわぁ、キモい。」、「なんかキモい。」などと、自分がある対象に向かって不快感を表す場合に、なんとなく用いる事だけが決まり事で、対象の定義・使用

    blackdragon
    blackdragon 2006/10/05
     問題なのは、言葉ではなく、そのような言葉を無自覚に使うメンタリティー。目の付け所自体はいいんだけど…。
  • 「ありがとう」と「ありえない」 - [間歇日記]世界Aの始末書

    「ありがとう」という言葉がある。これはまあ、誰もがご存じのように、「あなたが私のような者にこのようによくしてくださるなどということは、まったくもってふつうでは考えられないほどに発生する蓋然性が低いことである。また、そのあなたのような人が私に関わってくださるという巡り合わせそのものもきわめて稀なことであり、いまここで私を巡るすべてのことどもが、現実に発生するとはとても考え難い、“在り難い”ことである。私はなんと運のよいしあわせ者であろうか」といった意味だ。これほど奥ゆかしい感謝のしかたをする言語がほかにあるかどうかはよく知らないが、それにしてもこれは、驚くべき宇宙的な感謝のしかただと思う。「ありがとう」という言葉を聞くたび、量子論的な多世界解釈といったものがちらとおれの脳裡をかすめる(そんなオーバーな)。 それはともかく、今日風呂の中でこの「ありがとう」という言葉に思いを馳せていたところ、「

    「ありがとう」と「ありえない」 - [間歇日記]世界Aの始末書
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