世界中で政府や企業、マスコミなど既存の制度への信頼が崩壊し、いまや「誰を信頼するべきか」は最優先で問われる課題だ。では、信頼を決定づけるポイントはどこにあるのだろうか? レイチェル・ボッツマンの新刊『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』をもとに、インフォバーン代表取締役ファウンダーCVOの小林弘人氏に聞く。その前編。いまどのような「信頼革命」が起きているのか。
「誰を信頼すべきか」考えるときが来た
僕はレイチェル・ボッツマンの前著『シェア 〈共有〉からビジネスを生み出す新戦略』で、監修・解説を務めました。このときは、ルー・ロジャースという共著者がいました。なので、今回ボッツマン一人で書いた本はどうなるだろう、と思っていたら、それがおもしろくて、一気に読めてしまいました。彼女個人の体験も含めたさまざまなエピソード、そして膨大なリサーチ結果がストーリーとして紡がれていて、彼女の力量を完全に見せつけられました。
『シェア』と『TRUST』は兄弟のような作品だと捉えています。『TRUST』は、ボッツマンによる「ニュー信用経済」三部作の二作目、という位置づけではないでしょうか。数年後にもう1作、関連の著作が出るような気がしています。
『シェア』でも、「信頼」は大きなテーマとして根底にありました。シェアリングサービスを利用するにあたり、会ったこともない取引相手を、何をもって信用すればよいのか。その問題を、今回はさらに深く掘り下げているわけです。
『シェア』が出た2010年はAirbnbも立ち上がって2年ほどで、ここまで世界的な広がりを見せていませんでした。さまざまなシェアリングサービスが成長してきた今、改めて「私たちは何をもって人を信頼しているのか、また信頼すべきか」を問うことには、非常に意義があります。シェアの本質は、確かに「TRUST」ですよね。
史上最大のグローバルな金融危機をきっかけとして制度への信頼が崩壊した。「制度」を信用できないということは、社会の信頼そのものが失われてしまうということだ。不信の波は政府やマスコミ、大企業、慈善組織や宗教団体にまで押し寄せている(『TRUST』「はじめに」)。
本書の「はじめに」で、ボッツマンは「制度がわたしたちを裏切ったなら、何を信じたらいいのだろう? 誰に、あるいは何に頼ればいいのだろう?」と書いています。原題の"Who Can You Trust?"、つまり「あなたは誰を信頼しますか?」というのは、とても重い問いです。
「誰を信頼するか」ということは、いま世界中で大きなイシューになっています。たとえば、EUが施行したGDPR(一般データ保護規則)。これは、GAFA、つまりGoogle、Amazon、Facebook、Appleというグローバル巨大プラットフォーマーに対し、「信頼できない」と異議を唱えているわけです。GAFAが世界中の生活者のデータを吸い集めて利用し、莫大な利益を上げていることに対し、個人情報のデータ主権を取り戻そうという流れでもある。
日本でも、加計学園問題、東京医科大学の入試点数調整問題など、これまで信頼されてきた機関の足元が揺らぐ事件が相次いで起こりました。ソーシャルメディアの発達によって、信頼の可視化が進んでいる。その際に、これまで権威などで覆われていたものが剥ぎ取られて馬脚を現している、ということなのでしょう。 今までは、「国の機関だから信頼できる」「教育団体だから信頼できる」など、見えないフレームに頼って信頼が構築されていました。ただ、それが本当に信頼に値するものなのか、じつは誰も知りません。
でも、信頼というものに意味がなくなったわけではありません。ボッツマンは、第一段階のローカルな信頼、第二段階の制度への信頼を経て、今は「分散された信頼」の時代が来ていると言っています。かつて上から下へ流れ、中央集権的だった信頼が、横に向かって水平に流れるようになった。信頼の崩壊ではなく、信頼の分散化が進行している最中なのです。
プラットフォーマーも、責任をとるべきだ
最後に責任を負うのは誰なのか? この新たな時代に、みんながまだその答えを探している。制度への信頼に替わるようなメカニズムをかき集め、いじくり回し、同時に責任の所在に関わる古い世界の欠陥もなんとか修復しようとしている。一方で、プラットフォームはこうしたことをすべて含めて自分たちの役割を模索している。人々をつなぐだけの単なる仲介者か、それ以上の存在になるのか?(『TRUST』第4章)
信頼の分散化には、問題もあります。それは責任の所在が曖昧になることです。これについてはUBERドライバーが起こした殺人事件を例に、ボッツマンもかなり力を入れて書いています。
UBERドライバーの起こした殺人事件は、UBERに責任があるのか。それとも、UBERはただのプラットフォームで、責任はないのか。ここはまだ、解決できていない問題です。けっきょく誰に何を訴えればいいのかわからないまま、たらい回しにされるのが現状です。
信頼を売り物にしているプラットフォーマーは、信頼を担保する仕組みをテクノロジーや人的なものの両面から構築していくべきでしょう。
ネット上の無料の宿泊コミュニティ「カウチサーフィン」も事件が起きたあと、IDの確認を強化するようになりました。Airbnbも、免許証などをチェックするシステムを導入しました。
その上で、ユーザーからアラートがあったときに、危険なプレイヤーをシステム的に除外する、といった措置も必要だと思います。
こうした信頼の問題は、破壊的なイノベーションを起こしたサービスでよく見られることです。『TRUST』では、ハバスメディアで上級副社長を努めるトム・グッドウィンのこんな言葉を紹介しています。「世界最大のタクシー会社であるUBERは、車を1台も所有していない。世界でもっとも利用者の多いメディアであるFacebookは、コンテンツを作らない。世界でもっとも価値の高い小売企業のアリババは在庫を一切持っていない。世界最大の宿泊業者であるAirbnbは不動産を持たない。何か面白いことが起きている」。
どの企業も、他人のコンテンツをマッチングさせているだけだ、と。この場合のコンテンツは、他人の持ち物という意味で使っています。だから、そこに責任はない、という理屈です。でもどの企業も手数料をとって利益を上げ、時価総額も上がっている。責任だけ負わない、というのは無理な話だと思います。AirbnbもeBayもユーザーが被害にあったときのための保険があります。それは良いことですが、事後だけではなく、事前に信頼リスクをどう回避していくのか、新たなテクノロジーの導入など、その利益の一部を研究開発に向けるべきだと思います。
もはやこれらの企業は、ただのマッチングサービスとは言えないくらい、社会的な影響力が大きくなっているからです。
新聞社などのメディア企業が報道倫理を求められるように、巨大プラットフォーマーにも倫理観が求められるのは当然の流れでしょう。Googleが、EUの「忘れられる権利」法案に関する諮問委員会のメンバーに、情報哲学と倫理を専門とするオックスフォード大の教授を入れているのは、興味深い流れです。
新しい時代の独禁法の必要性
これまではひとつの企業の力が強くなりすぎて、公正な競争状態が保たれなかったり、不公正な行動をとったりすることを防ぐために、独禁法や米の反トラスト法などの法律で抑止していました。
今の時代で大きな力を持つのは、富ではなくて、データを持っている企業です。本業でひとつの巨大なデータベースを築き上げた企業は、水平統合や垂直統合によって、自社アセット化した事業もそのデータを利用すると成功しやすい。そのようなインターネットビジネスのコングロマリットはより成長に拍車がかかるわけですが、一方でデータ搾取が行われないよう抑止する必要があると思います。
だから欧州のGDPRのような個人データについての新しい法律を整備していかないと、ひとつの企業にすべての情報を握られるだけではなく、自由競争を阻害する懸念があります。さらに情報を濫用されてユーザーが不利益を被った場合も、責任を取ってもらえない可能性がある。そこについては、今後AIがビッグデータと組み合わさり、高度に複合化していく前に整備することが必要だと思われます。
(後編に続く)
株式会社インフォバーン代表取締役ファウンダーCVO。1994年ワイアード誌の日本版を創刊、編集長を務める。1998年に企業のデジタルマーケティング戦略およびイノベーションを支援するインフォバーン社を設立。『ギズモード・ジャパン』ほか多くのウェブ媒体やサービスの立ち上げを行う。ベルリン最大のテック・カンファレンスTOAの公式パートナーほか、イスラエル・ブロックチェーン協会のアドバイザーを務める。著書に『メディア化する企業はなぜ強いのか? フリー、シェア、ソーシャルで利益をあげる新常識』(技術評論社)など。
[新刊案内]『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』
新しい「信頼」がビジネス、経済、社会を動かす!
ウーバー、アリババ、エアビーアンドビー…。世界のプラットフォーマーが駆使する新たな「信頼」とは何か?『シェア』で共有型経済を提唱した著者が、デジタル時代の「信頼」を攻略する仕組みを解説。
2018年7月 日経BP社刊 レイチェル・ボッツマン(著)、関 美和(訳)
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