地学雑 誌
Journal of Geography
100 (4) 455-457 1991
伊豆 ・小笠 原 弧 とフ ィ リピン海
藤 岡 換 太 郎*西
Izu-Bonin
Kantaro
1.
FUJIOKA*,
Akira
村
Arc
昭**小
and
Philippine
NISHIMURA**
and
山
真
人帽
Sea
Masato
KOYAMA
***
フ ィ リピン海 につ い て の デー タ は現 在 も続 々 と
は じめ に
集積 され てお り,こ れ らを一 つ の モ ノ グ ラフ に し
東京 か ら南 に凡 そ1,200km連
な る伊豆 ・小 笠原
よ うとい う動 き もあ る。 海上 保 安 庁 水 路部 で は フ
弧 は19世 紀 の終 わ り頃 か らそ の地 球 科 学 的研 究 が
ィ リ ピン海 の北 部 の地 形 調査 を ほ ぼ終 わ って全 域
開始 され,ほ
の詳 細 な海底 地形 図 の完 成 も 間近 い ら しい 。 「し
ぼ一 世 紀 にな る。 伊 豆 ・小 笠原 弧 の
研 究 は初 期 の博 物 学 的 興 味 か ら出発 した 。研 究 は
ん か い2000」 や 「ALVIN」
発展 して 伊豆 ・小 笠原 弧 を含 む フ ィ リ ピン海 が地
視 観 察 も成 果 を挙 げて きて い る。 伊豆 ・小 笠 原 や
フ ィ リ ピン海 に関 す る この よ うな情勢 を見 る とき,
球上 の大 き な地形 構 造 要 素,「 縁 辺 海 」で あ り,そ
れ が 島弧‑海 溝 系 に特 徴 的 な構 造 で あ る と され た.
等 に よ る深 海 底 の 目
あ る段 階 で これ らの研 究 を ま とめて お くこ とは今
最近20年 の間 に海 洋底 の地 球 科 学 の発展 は著 し く,
後 の研 究 に お お い に役 立 つ で あ ろ う。従 っ て,こ
特 に深 海 掘 削 に よ りフ ィ リ ピ ン海 で も海 底 の研 究
が大 い に進 ん で きた。 こ の よ うな情 勢 の も とで フ
こ に表 題 の様 な特 集 をま とめ る こ とに な っ た。
II. 本 特 集 の概 略
ィ リピ ン海 とそ の周 辺 地 域 の地 球 科 学 的 な研 究 を
振 り返 るた め,1990年5月29‑30日
に 東京大学海
シ ンポ ジ ウム では31の 講 演 が 行 な わ れ たが,実
洋研 究 所 にお い て シ ンポ ジ ウム が企 画 され,2日
際 に原 稿 と して集 ま った の は16編 で あ る。従 って
間 に31の 講演 と5の ポ ス タ ー に よ る発表 が持 たれ
シ ンポ ジ ウム の表 題 の タイ トル をそ の ま ま用 い る
た。 シ ンポ ジ ウム は,1989年4‑6月
に約60日 間 に
こ とは 出来 な か った 。例 え ば,小 笠 原 諸 島 の地 質
わ た って 行 な わ れ た伊 豆 ・小 笠 原 弧 にお け る深 海
につ い て の研 究(海 野)や 四 国海 盆 の発 達 史 に関
掘 削(ODP
Leg 126)の 結 果 の紹介 ・掘 削結 果
の解 釈 に重 大 な意 義 を持 つ 周辺 域 の 地球 科 学 デ ー
す る新 しい考 え(長 岡 ほ か)ま た南 部 フ ォ ッサ マ
グナ の 問題(高 橋)が 抜 けて し ま って い る。 また
タや 問題 点 の 集 積 を 目的 と して 行 な わ れ た。
日本 海 に 関す る最新 の情 報(倉 本 ほ か)な ど につ
ODP
いて も欠 如 して い る。 こ の よ うな 問題 を含 んだ フ
Leg
126は,伊
豆 ・小 笠原 弧 にお け る初 め
て の深 海掘 削 で あ り,日 本 人5名 が参 加 した。 そ
ィ リピ ン海 全 体 の 問題 につ い て の特 集 の出 版 は今
の結果 は地 学 雑 誌 にす で に発表 され て い る(藤 岡
後 に譲 りた い。
シ ンポ ジ ウ ムで な され た発表 を中
この特 集 で取 り上 げ られ た研 究 につ いて以 下 に
心 と し,講 演 者 のそ の後 の検 討 に よ り発 展 して書
ほか,1989)。
解 説 を行 な う。集 ま った 論 文 を5つ の問題 に区分
か れ た論 文 が こ こ に集 ま った。
して 口絵 も含 め て 内容 の概 説 を行 な う。
*東 京 大 学海 洋 研 究 所(現 在:海 洋 科 学 技 術 セ ンタ ー)
**地 質 調査 所 ・海 洋 地 質 部
***静 岡大 学 教 育 学 部 ・地 学 教 室
* Ocean Recearch Institute , University of Tokyo (Japan Marine Science and Technology
** Geological Survey of Japan
*** Department of Geoscience , Faculty of Educaton, Shizuoka University
―455―
Center)
III.
口
域 の重 要性 に着 目 し,特 に 島弧 の会 合 部 に お け る
絵
テ ク トニ ク ス につ い て独 自 の考 え を出 して い る。
こ の特集 で は2つ の 口絵 を掲 載 した 。 これ らは
谷 口論 文 では 伊豆 ・小 笠 原 弧 か ら本 州 弧 に付加 し
シ ン ポジ ウム の時 に ポ スタ ー発 表 され 議 論 され た
た 火 山性 物 質 の化 学 組 成 とテ ク トニ ク ス につ い て
もの で あ る。
論 じて い る。 小 川 論 文 は房 総 半 島 の江 見 で見 つ か
っ た脱 水 脈 や イ ン ジ ェ ク シ ョン につ い て記 載 し,
口絵 写 真2の 図 は,著 者 や 先 人(友 田 ・瀬 川)
達 と長 年 測 定 して き た海 上 重 力 の ま とめ で あ る。
そ の起 源 に つ い て論 じて い る。
これ に よ って 日本 列 島周 辺 の海 上 重 力 の概 観 が一
VI.
望 の も とに見 渡 せ る労作 で あ る。 口絵 写真3の 図
は地 質 調 査 所 で行 な って い る海 洋 調 査 の一 端 で,
伊 豆 ・小 笠原 弧 の南 に続 くマ リアナ トラフ北 端 部
の地 形 の特 徴 が実 体 視 で き る よ うに な って い る。
IV.
琉 球 弧 の地 球 科 学
琉 球 弧 は フ ィ リ ピン海 プ レー トが沈 み込 ん で い
る島 弧一 海 溝 系 で あ る。 こ こ で は沖縄 トラ フ で高
温 の熱 水 が見 つ か っ てお り,潜 水 船 な どで極 め て
よ く調 査 され て い る。 沖 縄 トラ フ の リフ ト系 は伊
伊豆 ・小 笠 原 弧 に つ い て の問 題
豆 ・小 笠原 弧 の そ れ らと類 似 点 も多 く極 め て興 味
伊 豆 ・小 笠原 につ いて の全体 的 な 問題 はす で に
湯 浅 ・村 上(1985)やHonza
and Tamaki(1985)
お よび藤 岡 ほ か(1989)に
述 べ られ てい るの で参
深い。
古 川 論 文 で は琉 球 弧 の地 球科 学 的研 究 を簡 潔 に
レ ビュ ー して い る。
照 され た い。
湯 浅 論 文 では,大 地 形 と火 山岩 岩 石 学 か ら島 弧
の南 北 方 向 で の差 異 に注 目 して,そ れ を区 分 す る
VII.
日本 列 島周 辺 の地 球 物 理 学 的 問 題
日本 列 島周 辺 の地 球 物 理 学 的 問 題 は,Sugimura
大 構造 と して孀 婦 岩 構造 線 を提 唱 し,そ れ は 島弧
(1960)や
形 成 史 の差 異 に起 因 す る と して い る。 岡村 論 文 は
が あ る。 島 弧 一 海 溝 系 で の地 球 物理 的 情 報 は,島
地 質 調 査所 の音 波 探 査 記 録 の解 析 とODPの
弧 の地 下 や起 源 を考 え る上 で本 質 的 に重 要 な パ ラ
掘削
吉 井(1979)に
よ りま とめ られ た こ と
結 果 か らス ミス リフ トの形 成 に つ い て論 じて い る。
メ ー タ で あ る。 こ こで は そ の うち地 殻 熱 流 量 と地
碇 論 文 は西 七 島海 嶺 の起源 と年 代 につ い て は従 来
殻 構 造 の2つ の テ ー マ が レビ ュ ー され た。
の デ ー タ を含 め検 討 して西 七 島海 嶺 が複 合 島弧 で
あ る こ とを述 べ て い る。 田崎 論 文 で は伊 豆 ・小 笠
木 下 論 文 は 日本 列 島周 辺 の地 殻 熱 流 量 の デ ー タ
の集 大 成 で あ る。 日野 論 文 で は 日本 列 島周 辺 の代
原 弧 で起 こ った熱 水 変 質 を粘 土 鉱物 か ら推 定 した。
表 的 な島 弧 の地 下 構 造 を ま とめ た。
海 宝 論文 で は 自然 地 震 か らみ た伊 豆 ・小 笠 原 弧 の
VIII.
イ メ ー ジ を晝 こ うと して い る。
V.
フ ィ リピ ン海 の 地 球 科 学 は プ レー トテ ク トニ ク
フ ィ リ ピン海 の沈 み 込 み や 伊豆 ・小 笠 原
ス の登 場 後Karig(1971)に
弧 の衝 突 ・付 加 に よ って 影 響 を受 け た地
よ って 書 か れ た 論 文
以 来 多 くの地 球 科 学 者 の 注 目す る と こ ろ で あ る。
域 に つ い ての 問 題
フ ィ リ ピ ン海 の発 達 史 に つ い て は 多 くの モ デ ル が
伊 豆 ・小 笠 原 弧 は,四 国 海 盆 の拡 大 停 止 後 に本
州 に 衝 突 した と 考 え られ て い る(瀬
フ ィ リ ピ ン海 の 問 題
野 ・丸 山,
あ り,現 在 必 ず し も決 着 は つ い て い な い。 シ ンポ
ジ ウム で は水 路 部 の長 岡 ほ か が新 しい 四国 海 盆 の
1985)。 南 部 フ ォ ッサ マ グナ地 域 の研 究 は 過 去 の
発 達 史 を発表 した が,こ
伊 豆 ・小 笠原 弧 の姿 を知 る うえ で重 要 で あ る。 シ
に合 わ な か った。
ンポ ジ ウム で は高 橋 正 樹 の岩 石 学 的 な ま とめ が あ
った が,こ の特 集 に は提 出 され なか った 。
の特 集 に は残 念 な が ら間
青 木 論 文 は フ ィ リ ピ ン海 の 海底 の粘 土 鉱 物 の組
み 合 わせ と分 布 を ま とめ た もの で あ る。
竹 内 論 文 は 伊豆 ・小 笠 原 か ら 日本 海 へ 抜 け る地
―456―
藤 岡 ほ か論 文 で は フ ィ リピ ン海 の掘 削 点 の岩 相 ,
化 石 年代,堆 積 速 度,火 山灰 層 の頻 度 か ら島弧 の
して 多 大 な お世 話 に な っ た。 以 上 の方 々 に心 か ら
火 出活 動 の変 遷 を議 論 した。
感 謝 い た します 。
IX.
構造発達史の問題
文
島弧‑海 溝 系 の 発達 史 の 問 題 は,Uyeda
Kanamori(1979)に
and
よ って チ リ型 とマ リアナ型
の沈 み込 みが 重 要 で あ る こ とが指 摘 され て 以 来,
本 質 的 に余 り進 ん でい な い 。現 在 多 くの人 達 が新
しい モ デ ル を模 索 して い る段 階 で あ ろ う。 特集 で
紙 面の都合 で序 の文献は代表的な もののみ にした。文
献の詳細 は以下の論文を参照 され たい。
Egeberg, P. K. and Leg 126 Shipboard Scientific Party
(1990):
Unusual composition of pore waters found
in the Izu Bonin forearc sedimentary basin. Nature,
344, 215-218.
藤 岡 換 太 郎 ・Talyor,
B.・ 西 村
は前 弧海 盆 の発 達 史 と フ ィ リピ ン海 の発 達 史 お よ
邦 夫 ・田 崎 和 江 ・Janecek,
び 日本 列 島 の構 造 区 分 の 問題 を取 り上 げた 。
究 者 一 同(1989):
く前 弧 海盆 の形 態 と沈 み込 み様
式 をい くつ か の深 海 掘 削 の結 果 を用 い て ま と めた。
小 山論文 は従 来 フ ィ リ ピン海 とそ の周 辺 で行 な わ
れた 古地 磁 気 の研 究 の総 括 を行 な った.
ODP126節
の 結 果 の 概 報 は,地 学 雑 誌98巻7号
に 載 せ て お り,ま た す で にInitial
lor,Fujioka
et al.,1990)が
Report(Tay‑
出版 され て い る の で
そ れ ら を参 照 され た い 。 掘 削 全 体 の 成 果 に つ い て
は,現
在 論 文 を 集 約 編 集 中 で あ り,1993年
までに
出版 の 予定 で あ る。
本特 集 号 を出 版 す る に あた り,シ ンポ ジ ウム で
は小林 和 男,平
朝 彦,玉 木 賢 索,末 広
潔,徳
山英 一,藤 本 博 巳 の諸 氏 に はひ とか た な らぬお 世
話 にな った。 シ ン ポ ジ ウ ムや原 稿 に つ い て湯 浅 真
人,杉 村
新 の両 氏 か らは貴 重 な御 意 見や 御 教 示
を受 けた。 金 原 富 子,木 下 千鶴,芦 寿 一郎,倉 本
真一,村
山雅 史,岡
田
誠,清 川 昌一,大 河 内 直
彦,山 本 富 士 夫,小 泉 聡 子,大 島 真澄 の諸 君 に は
シ ンポ ジ ウムや 原 稿 作 製 の お 手伝 を お願 い した.
―457―
乗船研
地 学 雑 誌,
98,
54‑78.
瀬 野 徹 三 ・丸 山 茂 徳(1985):
フ ィ リ ピ ン 海 の テ ク トニ
ク ス. 地 学 雑 誌, 94, 141‑155.
Sugimura, A. (1960):
Zonal arrangement of some
geophysical and petrological features in Japan and
its environs. Jour. Fac. Sci., Univ. Tokyo, Sect.
2, 12, 133-153.
Taylor, B., Fujioka, K. and Shipboard Scientific
Party (1990): Proc. ODP, Inits. Rept., 126. College Station, TX (Ocean Drilling Program).
Uyeda, S. and Kanamori,
H. (1979):
Back-arc
opening and the mode of subduction. Jour. Geopys.
Res., 84, 1049-1061.
嬬 婦 岩 構 造 線.
實 氏 に は出版 に 関
昭 ・小 山 真 人 ・海 保
お よ び 第126節
Gill, J. et al. (1990):
Explosive deep water basalt
in the Sumisu Rift. Science, 248, 1214-1217.
Honza, E. and Tamaki, K. (1985): The Bonin Arc.
The Ocean Basins and Margines, vol. 7A, Plenum,
459-502.
Karig, D. E. (1971):
Origin and development of
marginal basins in the Western Pacific. Jour. Geophys. Res., 76, 2542-2561.
Leg 126, Shipboard Scientific Party (1989): Arc volcanism and rifting. Nature, 342, 18-20.
ODP Leg 126 Scientific Party (1989):
ODP Leg
126 drills the Izu-bonin arc. Geotimes, 34, 36-38.
Pezard, P., Lovell, M. and ODP Leg 126 Shipboard
Scientific Party (1990):
Downhole images electrical scanning reveals the nature of subsurface
oceanic crust. EOS, 71, 709p.
湯 浅 真 人 ・村 上 文 敏(1985):
東京 地 学 協 会 の地 学 雑 誌 編集 委員 会 の方 々,特
に松 田時 彦,盛 谷 智 之,歌 田
T.
伊 豆 ・小 笠 原 弧 の 横 断 掘 削‑ODP
126節 成 果 報 告‑.
斉藤 論 文 は,広
献
小 笠 原 弧 の 地 形 ・地 質 と
地 学 雑 誌,
(1991年2月18日
92,
47‑66.
受 付,1991年6月17日
受 理)