タグ

アルゼンチンに関するrajendraのブックマーク (5)

  • 刑務所に麻薬「配達」、ハトを射殺 アルゼンチン

    アルゼンチンの首都ブエノスアイレスのレプブリカ広場で撮影されたハト(2017年7月20日撮影、資料写真)。(c)AFP/JUAN MABROMATA 【9月2日 AFP】アルゼンチンで、刑務所の受刑者に麻薬を届けようとしていたハト1羽を警察が射殺した。連邦刑務所管理局が1日、明らかにした。 同局によると、このハトはアルゼンチン中部サンタローサ(Santa 刑務所に麻薬「配達」、ハトを射殺 アルゼンチン

    rajendra
    rajendra 2017/09/03
    "このハトはアルゼンチン中部サンタローサにある刑務所の敷地内に飛んできたところを発見された。警察官らがハトを射殺したところ、ハトの背には錠剤とマリフアナが入った荷物がくくりつけられてた。"
  • 小児性愛のトランペット奏者、演奏会場で襲われ死亡 アルゼンチン

    仏レンヌの音楽祭で撮影されたトランペット(2011年12月1日撮影、資料写真)。(c)AFP/DAMIEN MAires)近くの大聖堂で、複数の幼児に対する性的虐待で逮捕歴のあるトランペット奏者がオーケストラで演奏中、被害者の子どもたちが通う学校の親たちに襲われて死亡した。演奏会場だった大聖堂の司祭が5日、明らかにした。 死亡したのは音楽教師でトランペット奏者のマルセロ・ファビアン・ペコーロ(Marcelo Fabian Pecollo)元受刑者(42)で、ブエノスアイレス近くの町モロン(Moron)のオーケストラに在籍していた。ペコーロ元受刑者は2010年に幼児5人に対する性的虐待の罪で禁錮30年の判決を言い渡されたが、減刑により2014年に出所していた。 今回の事件は今年10月30日、モロンの大聖堂で発生

    小児性愛のトランペット奏者、演奏会場で襲われ死亡 アルゼンチン
    rajendra
    rajendra 2016/12/06
    2010年に禁固30年くらいながら2014年にはもう出所してる、というところがポイントなのかな。司法が信頼されてなさげ。
  • 「大統領の密約」を追及、検察官の遺体見つかる アルゼンチン

    アルゼンチンの首都ブエノスアイレス(Buenos Aires)で、遺体で見つかったアルベルト・ニスマン(Alberto Nisman)検事の遺体を運ぶ警察の車両(2015年1月19日撮影)。(c)AFP/TELAM/CLAUDIO FANCHI 【1月20日 AFP】1994年にアルゼンチンの首都ブエノスアイレス(Buenos Aires)のユダヤ人センターが爆破された事件に関連してアルゼンチンの現職大統領がイランと密約を交わしていたと主張し、19日に議会で証言することになっていた検察官が18日、ブエノスアイレスの自宅マンションで死亡しているのが見つかった。当局者が19日に明らかにした。 死亡したのはアルベルト・ニスマン(Alberto Nisman)検事(51)。警護官がニスマン氏と連絡を取れなくなった後、ニスマン氏の母親がマンションのバスルームで遺体のそばに.22口径の拳銃があるのを見

    「大統領の密約」を追及、検察官の遺体見つかる アルゼンチン
    rajendra
    rajendra 2015/01/20
    "キルチネル大統領とティメルマン外相が「イラン人逃亡犯」を免責して保護する計画を持っていたという証拠を提示することになっていた。"
  • サッチャー元首相死去に苦い感慨、英国と戦ったアルゼンチンの人々

    英バークシャー州のフォークランド諸島記念礼拝堂(Falkland Islands Memorial Chapel)で行われたフォークランド諸島(アルゼンチン名:マルビナス諸島)の「解放」25周年を記念する礼拝に出席したマーガレット・サッチャー元首相(2007年6月14日撮影)。(c)AFP/AP/ROTA/CATHAL MCNAUGHTON 【4月9日 AFP】英国のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)元首相の死去を受けて、フォークランド諸島(Falkland Islands、アルゼンチン名:マルビナス諸島、Islas Malvi訃報を聞いた人もいる。ある退役

    サッチャー元首相死去に苦い感慨、英国と戦ったアルゼンチンの人々
    rajendra
    rajendra 2013/04/09
    "「国際法上はアルゼンチン側に理があると知りながら、軍事力で劣るアルゼンチンとの戦争を積極的に選んだ」"
  • アルゼンチン:軍政下の左翼狩り 「奪われた赤ん坊」出自判明で苦悩 - 毎日jp(毎日新聞)

    南米アルゼンチンの軍政(1976~83年)下、軍が反体制派とみなした市民を拉致する出来事があった。その数は推定3万人。多くが殺害されたとみられる。母親と一緒に拉致された乳児や収容所で産まれた赤ん坊は軍人家庭に引き取られ、出自を知らされないまま成長した。近年、近隣住民の通報などで捜査が始まり、DNA鑑定で「奪われた赤ん坊」と判明する事例が増えている。【ブエノスアイレス國枝すみれ】 ◇「親の敵」に育てられ30年 ブエノスアイレスに暮らすコンピュータープログラマーのペドロ・ナダルさん(36)は、29歳まで警察官の息子ルイス・フェリアンとして生きてきた。匿名通報がきっかけで04年6月、裁判所に呼ばれてDNA鑑定を受けた。まもなく判事に「あなたの当の名前はペドロ・ナダルです。父親は生きています」と告げられた。驚くと同時にずっと抱えていた疑念が解けたと感じたという。 実父は75年、左派「労働者革命党

    rajendra
    rajendra 2011/11/29
    "出自判明で問題が解決するわけではない。養父母に対して訴訟を起こす者がいたり、逆に「本当の家族」との対面を拒否する者もいる。"
  • 1