天保2年 (かのとう 辛卯)
年(年号) | |
●1825年 (文政8年) | ■異国船打払令 |
●1828年 (文政11年) | ■シーボルト事件 |
●1829年 (文政12年) | ■江戸大火 |
●1830年 (天保元年) | ■伊勢御蔭参り大流行 |
●1837年 (天保8年) | ■大塩平八郎の乱 |
●1839年 (天保10年) | ■蛮社の獄 |
1831年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 06:02 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動千年紀: | 2千年紀 |
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世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
十年紀: | 1810年代 1820年代 1830年代 1840年代 1850年代 |
年: | 1828年 1829年 1830年 1831年 1832年 1833年 1834年 |
1831年(1831 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、土曜日から始まる平年。
他の紀年法
- 干支 : 辛卯
- 日本(寛政暦)
- 中国
- 朝鮮 and I mr k it tok
- ベトナム
- 仏滅紀元 : 2373年 - 2374年
- イスラム暦 : 1246年7月17日 - 1247年7月26日
- ユダヤ暦 : 5591年4月16日 - 5592年4月27日
- ユリウス暦 : 1830年12月20日 - 1831年12月19日
- 修正ユリウス日(MJD) : -10182 - -9818
- リリウス日(LD) : 90659 - 91023
カレンダー
できごと
- 4月28日-6月1日 - イギリスで総選挙。選挙法改正を推進する与党ホイッグ党の大勝。
- 8月1日 - ロンドン橋(レニー設計の橋)開通
- 8月21日 - 米バージニア州サウサンプトン郡で、ナット・ターナー率いる奴隷の反乱が勃発。50人以上の白人が殺害される。
- マイケル・ファラデー、電磁誘導を実験し、成功
- ジョセフ・ヘンリー、電磁式電信機を発明
- ジュゼッペ・マッツィーニがマルセイユで青年イタリアを結成
- 12月27日 - チャールズ・ダーウィンがビーグル号でイギリスを出発
誕生
- 1月27日 - アーサー・ヒューズ、画家・イラストレーター(+ 1915年)
- 2月13日 - ジョン・アーロン・ローリンズ、第29代アメリカ合衆国陸軍長官(+ 1869年)
- 2月24日 - カプリヴィ、ドイツ国首相(+ 1899年)
- 3月31日 - アーチボルド・クーパー、化学者(+ 1892年)
- 4月6日(天保2年2月24日)- 仁礼景範、薩摩藩士・海軍軍人(+ 1900年)
- 4月15日(天保2年3月3日)- 中村芝翫 (4代目)、歌舞伎役者(+ 1899年)
- 5月7日 - リチャード・ノーマン・ショウ、建築家(+ 1912年)
- 5月16日 - デイビッド・エドワード・ヒューズ、電気技術者(+ 1900年)
- 5月16日 - ダニエル・マニング、第37代アメリカ合衆国財務長官(+ 1887年)
- 5月18日(天保2年4月7日)- 河鍋暁斎、絵師(+ 1889年)
- 6月11日(天保2年5月2日)- 徳川茂徳、第15代尾張藩主・第10代一橋徳川家当主(+ 1884年)
- 6月13日 - マクスウェル、イギリスの物理学者、古典電磁気学を確立(+ 1879年)
- 6月28日 - ヨーゼフ・ヨアヒム、ヴァイオリニスト(+ 1907年)
- 7月1日 - ヴォイチェフ・ゲルソン、画家(+ 1901年)
- 7月5日 - ゴットフリード・ワグネル、技術者(+ 1892年)
- 7月17日(道光11年6月9日)- 咸豊帝、清第9代皇帝(+ 1861年)
- 7月22日(天保2年6月14日) - 孝明天皇、日本の第121代天皇(+ 1867年)
- 7月31日 - ボート・ツー・オイレンブルク、プロイセン王国首相(+ 1912年)
- 8月12日 - ブラヴァツキー夫人、神智学創唱者(+ 1891年)
- 8月13日 - ザーロモン・ヤーダスゾーン、作曲家(+ 1902年)
- 8月20日 - エドアルト・ジュース、地質学者(+ 1914年)
- 10月6日 - リヒャルト・デーデキント、数学者(+ 1916年)
- 10月18日 - フリードリヒ3世、ドイツの皇帝(+ 1888年)
- 10月29日 - オスニエル・チャールズ・マーシュ[1]、古生物学者(+ 1899年)
- 10月31日 - イザベラ・バード、旅行家・随筆家(+ 1904年)
- 11月19日 - ジェームズ・ガーフィールド、第20代アメリカ合衆国大統領(+ 1881年)
- 11月29日 - ウォード、アメリカの船員・軍人、太平天国軍と戦う常勝軍を創設(+ 1862年)
- 12月8日 - フョードル・ブレディキン、天文学者(+ 1904年)
- 12月28日(天保2年11月25日)- 林広守、雅楽演奏家(+ 1896年)
死去
- 1月2日 - バルトホルト・ゲオルク・ニーブール、歴史家(* 1776年)
- 1月4日(文政13年11月21日)- 浅野斉賢、第8代広島藩主(* 1773年)
- 1月6日 - ロドルフ・クレゼール、ヴァイオリニスト・指揮者・作曲家(+ 1766年)
- 1月31日 - アヒム・フォン・アルニム、詩人(* 1781年)
- 2月18日(天保2年1月6日)- 良寛、曹洞宗の僧・歌人(* 1758年)
- 3月17日 - ナポレオン・ルイ・ボナパルト、ホラント王(* 1804年)
- 4月20日 - ルイジ・ローランド、解剖学者(* 1773年)
- 4月27日 - カルロ・フェリーチェ、サルデーニャ王(* 1765年)
- 6月8日 - サラ・シドンズ、女優(* 1755年)
- 6月27日 - ソフィ・ジェルマン、数学者(* 1776年)
- 6月29日 - ハインリヒ・フリードリヒ・フォン・シュタイン、プロイセン王国首相(* 1757年)
- 7月4日 - ジェームズ・モンロー、第5代アメリカ合衆国大統領(* 1758年)
- 7月4日(天保2年5月25日)- 井伊直中、第14代彦根藩主(* 1766年)
- 7月11日 - ヴァシーリー・ゴロヴニーン[2]、ロシア帝国(ロマノフ朝)の海軍軍人、探検家(* 1776年)
- 7月25日 - マリア・シマノフスカ、作曲家(* 1789年)
- 8月24日 - アウグスト・フォン・グナイゼナウ、プロイセン王国陸軍元帥(* 1760年)
- 8月30日 - ルイーゼ、ザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト1世の妃(* 1800年)
- 9月6日 - ウィリアム・ジョーンズ、第4代アメリカ合衆国海軍長官(* 1760年)
- 9月11日(天保2年8月6日)- 十返舎一九、浄瑠璃・滑稽本作者(* 1765年)
- 10月9日 - イオアニス・カポディストリアス、ロシア外相・ギリシャ大統領(* 1776年)
- 10月14日 - ジャン=ルイ・ポン、天文学者(* 1761年)
- 11月11日 - ナット・ターナー、アメリカ合衆国の奴隷反乱指導者(* 1800年)
- 11月14日 - ゲオルグ・ヘーゲル[3]、思想家(* 1770年)
- 11月14日 - イグナツ・プライエル、作曲家(* 1757年)
- 11月16日 - カール・フォン・クラウゼヴィッツ、ドイツの軍事思想家(* 1780年)
- 12月10日 - トーマス・ゼーベック、物理学者・医師(* 1770年)
- 12月22日 - フランソワ・ユーベル、博物学者(* 1750年)
脚注
注釈
出典
関連項目
1831年(天保2年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 02:54 UTC 版)
木津川と並んで大阪湾から大坂市中へ遡る二大航路の一つであった安治川は、当時は淀川の本流に当たり、淀川が運ぶ大量の土砂を浚渫する必要が生じた。洪水防止と市中への大型船の入港をしやすくする目的で、1831年(天保2年)から約2年間、安治川では「天保の大川浚」と呼ばれる浚渫工事が行われた。 大坂町人の熱の入れようは相当なもので、大坂町奉行指揮の下、延べ10万人以上の労働力がつぎ込まれた浚渫工事は、工事自体がお祭り騒ぎだったと伝えられている。浚えられた土砂を安治川河口に積み上げられてできた築山は十間(約20m)ほどの高さがあり、安治川入港の目印とする意図があった。そのため当初は目印山(めじるしやま。目標山とも表記)と名づけられたが、のちに築かれた時の元号から天保山と称されるようになった。 また、この浚渫工事によって天保山の周囲に町が形成されていった。海岸べりに高灯籠(灯台)が設けられ、山には松や桜の木が植えられて茶店なども置かれ、大坂でも有数の行楽地となった。当時の舟遊びをする人々の姿は歌川広重などによって浮世絵に描かれている。江戸時代は大坂町奉行の直轄地だったが、1871年(明治4年)に西成郡天保町となった。 なお、安治川は1684年(貞享元年)に河村瑞賢によって九条島を開削してできた新川であり、このときの築山は波除山(なみよけさん)または瑞賢山(ずいけんさん)と呼ばれ、天保山ができるまでの安治川入港の目印だった。波除山は現存しないが、天保山の上流約3kmの地点に位置し、現在の港区弁天5丁目にある弁天東公園に波除山跡碑が立っている。
※この「1831年(天保2年)」の解説は、「天保山」の解説の一部です。
「1831年(天保2年)」を含む「天保山」の記事については、「天保山」の概要を参照ください。
「1831年」の例文・使い方・用例・文例
- プロシアの将軍、軍事の理論家で、外交の拡張として総力戦と戦争の教義を提唱した(1780年−1831年)
- 米国の資本家(フランス生まれ)で、1812年の米英戦争への融資を手助けした(1750年−1831年)
- イタリア人の1831年から1846年までの教皇
- ドイツ人の哲学者で、彼の弁証法的推論の三段法をカール・マルクスが採用した(1770年−1831年)
- ハンガリーのバイオリン奏者で作曲家(1831年−1907年)
- スコットランドの物理学者で、その方程式は電気と磁気を一体化し、光の電磁気的性質を認識した(1831年−1879年)
- ドイツの歴史家で、情報源への彼の臨界近接とローマの歴史で知られる(1776年−1831年)
- 英国の女優で、シェークスピア劇の役の演技で知られる(1755年−1831年)
- アメリカの風刺詩人(1750年−1831年)
- 1831年のヴァージニアでの奴隷の反乱を導いた米国の奴隷とで反乱者
- 米国の実務家(ドイツ生まれ)で、パイプオルガンを製造するために会社を設立した(1831年−1914年)
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