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ピーター・ドラッカー(4)顔広い両親

フロイトと同席、握手 政治家や女優も我が家に

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私は両親のおかげで幼いころから多様な人たちと接することができた。学校はほんの一時期を除いて退屈極まりなかったから、これが実質的な教育になったと思う。

第1次世界大戦の末期、ドラッカー一家でウィーン市内のレストランで昼食中のことだ。私は父に促されて、同じテーブルに偶然着席した別の一家の主と握手した。

8歳か9歳のころに握手した大人の顔などすぐに忘れてしまうものだ。しかし、この時の記憶ははっきりしている。握手の後、両親と次のような会話をしたからだ。

「ピーター、今日を覚えておくのだよ。今の人は欧州で一番重要な人だから」

「(オーストリア・ハンガリー帝国の)皇帝よりも重要な人なの?」

「そうだ。皇帝よりも重要な人だよ」

握手の相手は、精神分析の父、ジークムント・フロイトだった。

両親はフロイトと長年の知り合いだった。特に母キャロラインは、結婚前からフロイトの講義を聴講し、彼の娘と親しいなどの関係にあった。当時の女性としては極めて珍しく医学を専攻し、精神医学にも少なからぬ興味を持っていたためだ。

今も私の手元には母が愛蔵していたフロイトの『夢判断』の初版がある。生前に母から楽しそうに聞かされたのだが、彼の講義では母は唯一の女性聴講生で、性の問題を話す際にフロイトは困惑した表情を見せていたそうだ。

両親は長年、週に数回の割合でホームパーティーを開いた。毎週月曜日は父の主催で「政治の夜」が開かれ、政治家や学者、銀行家が集まった。水曜日は母主催の「医学・精神分析の夜」。金曜日は特に制限なしのパーティーで、ドラッカー宅と友人宅で交互に開かれた。

わが家の常連客の中には、ヨーゼフ・シュンペーターやフリードリッヒ・フォン・ハイエクら著名経済学者のほか、戦後に初代チェコスロバキア大統領になり、「建国の父」と言われるトマーシュ・マサリクもいた。父は学生時代に速記者として帝国議会で働き、チェコ社会党を率いていたマサリクと仲良くなったようだ。

子供たちは10歳になって金曜日のパーティー、14歳になって月曜日と水曜日のパーティーへの参加が認められた。弟は無関心だったが、私は必ず顔を出した。ただ、大人の会話に入ることは許されなかった。発言したくてむずむずしているうちに夜10時が近づき、母から「ベッドへ行きなさい」という合図を受け取ったものだ。

両親の親友が開くサロンにも入り浸った。16歳ごろ、そこでノーベル賞を受賞する数年前のトーマス・マンに会った。彼は著作の一つを朗読し、冷たい反応しか得られなくて機嫌を損ねたのを覚えている。大作家だからというだけで尊敬を集められるようなサロンではなかった。

毎年クリスマスと正月になると、ウィーンの大女優マリア・ミューラーがわが家を訪ね、ゲーテやシラーなどの名場面をそらで朗読してくれた。私が知る限り最高の美声だった。

国籍も様々な人たちが訪ねてくる家庭環境で育ち、私は小さい時からドイツ語に加え英語とフランス語も自然に使うようになった。例えばミューラーはわが家では英語しか使わなかった。ただ、私は今ではフランス語はすっかり忘れてしまった。

 この連載は、2005年2月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」を再掲したものです。

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