人口減少が進む日本の都市に求められているのは、既にある建築の価値を見つめ直し、それを最大限に引き出すことではないか。
建築家の馬場正尊は、OpenAや東京R不動産、公共R不動産などの立ち上げを通じて、領域横断的に「都市の再生」に取り組んできた人物だ。建築設計を軸に、リノベーションや公共空間の再生、メディアの編集・制作など多面的な活動を行なっている。近年では、三菱地所が運営する「Regenerative Community Tokyo」の建築設計にも関わるなど、リジェネラティブを促進する新しい場づくりにも貢献してきた。
20年以上にわたり都市の再生に取り組んできた馬場は、東京を中心とした都市の現状と未来をどのように捉えているのか。その未来を描くためのヒントを訊いた。
すべてが建てられた時代、求められるのは「編集的視点」
──馬場さんは、建築設計事務所であるOpenAを始めた当初から、不動産のセレクトショップとして独自の視点で建築と人々をマッチングするメディアの東京R不動産や、東京の東エリアにアート作品を展示するとともに、展示会場である物件の魅力を伝えるプロジェクト「CET(Central East Tokyo)」を展開するなど、従来の建築設計の枠を超えて「都市の再生」に取り組まれてきたと思います。そうした活動の起点になったのは何でしょうか?
馬場 ぼくの活動の原点は、学生時代に制作していた雑誌『A』にあります。当時、建築の領域では都市全体やそこでの暮らしのあり方についてはあまり議論されておらず、個別具体の機能性やデザイン性に関する話がほとんどでした。
この状況に違和感をもち、『A』では「建築と都市とカルチャーをつなぐ」というテーマで、建築業界にとどまらず、さまざまな分野の人々にインタビューすることで、建築を起点に都市を豊かにするアプローチを探していました。「東京計画」というテーマで未来の都市像を夢想したり、ときには宮﨑駿さんや庵野秀明さんに取材を行ない、フィクションの世界からリアルの都市の姿を探求したりと、当時の建築業界ではあまり取り上げられないような角度から建築を眺めていたと思います。
その活動の延長線上で、2001年に出版された『東京リノベーション』という書籍の取材に関わったのが「再生」というテーマに関心をもったきっかけです。当時、日本では「リノベーション」という言葉はほとんど知られていませんでしたが、東京の裏原宿や大阪の堀江などのエリアでは、アパレルショップが古びた倉庫を改装し、ゲリラ的に店舗を出す動きがあったんです。
書籍ではこれらの動きを体系化しようと現場に取材に行ったのですが、そこでは大規模な開発や建築ではなく、草の根的に活動する人々の力で都市の風景が軽やかに変化しており、感銘を受けました。まさに、建築と都市とカルチャーが繋がる瞬間に立ち会ったという感覚がありました。
──確かにアーティストやスモールビジネスなどのボトムアップな活動によって支えられているエリアには、生き生きとした魅力を感じますね。
そうした都市やエリアがなぜ魅力的なのかを考えていくと、いまの時代に都市の豊かさをかたちづくるのは商業施設やビルといったハードではなく、人々の感性や本能ではないかと思うんです。これまでの都市の歴史を振り返ると、20世紀は鉄とガラス、コンクリートの時代だったと思います。人々は大地や自然をコントロールしたいという欲求に駆られ、ひたすら都市を開発し、機能を拡充することに力を注いでいました。
ただ、いまの時代にはそのような欲望にも限界が見えてきたように思います。現在の都市は「すべてのものが建てられた状態」であり、必要なインフラはほとんど整っています。だからこそ、これからは機能主義ではなく、既にあるものを活用して人々が生き生きと過ごせる空間をつくり出すという「編集的な視点」が求められていると考えています。なので、OpenAで行なう物件のリノベーションも、東京R不動産で行なう物件と人々のマッチングも、原点は「都市の編集」という考え方に基づいています。
──日本では人口減少による空き家問題などを筆頭に建築が余る時代が訪れているなかで、「都市の編集」という考え方はますます重要になってくるように感じます。
その通りだと思います。実際にOpenAや東京R不動産を運営するなかでも、ぼくらからすると魅力的な物件でも、持ち主からするとボロボロの物件として持て余していることがよくあります。だからこそ、それらのリノベーションを通じて、さまざまな分野で活躍する事業者や個人に魅力を届けるというモデルは、これからも重要だと思っています。
同時に、日本においてこのモデルをより広めていくためには、集団としてのコモンセンスを築いていく必要もあると思っています。パリなどの欧州の国々を見ると、徒歩圏内で移動できる範囲にライフラインを集積させる「15分都市」のような都市構想がすごいスピード感で実装されているんですよね。ここまで大胆に都市の風景を変えられるのは、資金源の違いもありますが、もともと市民のなかに自分たちの暮らす生活圏を自分たちの手でカスタマイズしていくような考え方が根づいているからです。パリ以外にも、スペインはバルセロナのスーパーブロックのような実践が活発に行なわれるようになっていますよね。なので、日本においても小さな事例を積み重ねていきつつ、新たな都市の風景を描く必要があるという空気感を生んでいきたいです。
感性や本能に基づいて活動できる都市
──OpenAでは、産業廃棄物のリサイクルを行なうナカダイとともに、一度棄てられたモノを家具として再生するプロジェクト「THROWBACK」にも取り組んでいますよね。家具というスケールからも再生に取り組んでいると思うのですが、どのような背景があったのでしょうか?
もともとは、あるシンポジウムでナカダイの社長と同席する機会があり、お互いに「再生」をテーマに活動していることから、意気投合したのがきっかけです。ナカダイのもつ廃棄物流通インフラと、OpenAのリノベーションの視点を組み合わせることで、新たな価値が生まれるのではないかというアイデアからスタートし、その結果生まれたアップサイクルによる家具で、自社も入居するシェアオフィス空間を構成しました。
このプロジェクトに取り組んだ背景としては、環境問題へのアプローチもありますが、アップサイクルカルチャーに純粋な面白さを感じたことも大きいです。いまの時代に再生に取り組む事業者の多くは、環境保護という義務感からではなく、感性や本能に基づいたポジティブな動機で活動しているように思います。
例えば、建築分野においても若い世代になると「自然との共生」を考えながらプロジェクトに向き合う人々が増えています。これは問題意識の表出であり、一種のサバイバル本能のようなものでもあり、この本能が起点となって「水や植物から考えて都市の風景を描く」という新たなムーブメントが生まれてきていると思うんです。だからこそ、こうした草の根的な活動を盛り上げていくための拠点をつくることで、都市全体も活性化していくのではないかと考えています。
──「人々が感性や本能に基づいて活動できる場づくり」と考えると、馬場さんの取り組みがすべて繋がってくるように思えます。2015年に立ち上げた公共R不動産でも公共空間とそれを使いたい市民や企業とのマッチングに取り組んでいますよね。
まさに、公共R不動産も、誰もが自由に使える場所として公共空間を再生していくための取り組みです。
本来、公共空間は特定の誰かの持ち物ではなく、誰もが自由に使える空間であるはずですが、いまではその感覚が失われているように感じます。例えば、都市公園を考えてみても、規制が強化されて、子どもたちが自由に遊べなくなったり、イベントが開催できなくなったりという話をよく聞きますよね。
この現状を政治学者の齋藤純一さんは、公共空間が「パブリック」ではなく、行政の所有する「オフィシャル」な空間になったと指摘しています。もちろん行政の人々も悪意をもって規制を強化しているわけではないと思うのですが、現状に代わる新たなアプローチを画策し、公共空間を再び「パブリック」な場として再生していくことが重要だと思っています。
──安全性や収益性と、公共性のバランスを取りながら、公共空間を運用することが求められているのですね。
その際には、公共空間にはグラデーションがあることを意識することが必要だと思います。土地というのは所有者によって色が大きく変わるものです。行政が所有する公共空間と、民間が運営や所有しているセミパプリックな空間では背景にあるコンテキストが大きく変わるため、それらを同一のものとして再生することは難しいと思っています。民間が入っている場所であれば、持続性のため、ある程度は商業主義的な空気が必要かもしれませんし、土地の所有者は誰なのか、財政基盤はどのような状況なのか、などに注目しながら、公共性のバランスを取ることが大切ですね。
──面白いです。例えば、今回の「リジェネラティブ・シティ」特集でもニューヨークのハドソン川にカキを投下して水質汚染を防ぐ「Billion Oyseter Project」を紹介しているのですが、このプロジェクトは市民がカキの投下作業をしていたりするんです。市民一人ひとりが川というコモンズにあたるものの再生に関わり、生態系サービスを回復しようとしている事例として興味深かったんです。馬場さんの考える「パブリック」を取り戻すためのアプローチとしては、具体的にどのようなものが考えられるのでしょうか?
公園を公民連携で運営するための制度であるPark-PFIのように、近年生まれたさまざまな公民連携の枠組みを使い、公共空間に関わる当事者を増やしていけばもっと面白くなると考えています。例えば、2016年に豊島区がスタートした南池袋公園とグリーン大通りの賑わい創出プロジェクトの実施者には、青木純さんらが立ち上げたnestが採択され、ぼくもその一員としてそのプロセスを見てきました。このプロジェクトの最大の特徴は、長期的な視点で開発計画を立て、さまざまな事業者や住民、専門家を巻き込みながら再生のプロセスを進めた点です。
具体的には、公園の活用方法を検討するために「南池袋公園をよくする会」という任意団体を立ち上げ、豊島区やカフェ事業者、住民代表、識者などと共に議論を重ねました。また、マルシェや野外シネマ等といったイベントは「規制緩和のための社会実験」として位置づけ、民間の事業者と協力していきました。こうした活動を6年以上にわたって続けた結果、南池袋公園は賑わいを生むと同時に、さまざまな人々が当事者として関わることのできる場所となりました。
100年後、東京の風景はどう変わる?
──馬場さんは「CET(Central East Tokyo)」に取り組んだり、事務所も日本橋にあるなど、東京を舞台に活動することが多いと思います。これまでのお話も踏まえて、東京という都市をどのように捉えていますか?
東京は飽和状態にあると感じています。東京で新しいことを始めようとしても、収益化の圧力が強すぎて、クリエイティビティが入り込む余地がなくなってきています。
とはいえ、この状態が必ずしも悲観的なものだとも考えていません。都市の歴史を見ても、中心エリアの地価が上昇したときには、地価の低い周辺エリアが新たなカルチャーの発信地となる事例が多くあります。これは都市が新陳代謝している状態であり、ある種の自然現象だとも考えています。この大きな流れのなかで、東京はオフィス利用や観光の拠点として一時的に人々が滞在し、去っていく「トランジットシティ」としての役割を果たしていくのではないかと思っています。
──飽和状態のなかでも、東京はまだまだカルチャーの発信地として機能できるのではないかという期待もあります。
それには同感です。確かにマクロな視点で見ると、都市の新陳代謝という自然現象に逆らうことは難しいかもしれませんが、もう少しミクロな単位からアプローチすることで、都市を再生していくことはできるかもしれません。
20年ほど前、ぼくたちが日本橋や馬喰町などを中心とした東京の東エリアに移ってきたときには、新しいフィールドを見つけたという感覚がありました。何か新しいことが始まりそうな空気を感じ取っていたんです。実際、その後、同じように感じていた人々が周辺エリアから引っ越してきて、空き物件をギャラリーやイベントスペースとして活用したり、クリエイター同士が集まるコミュニティスペースのような空間が生まれたりと、周囲一帯が新しいカルチャーの発信地として盛り上がっていきました。結果的に、「CET」がそうした動きを起こすためのハブになったのかもしれません。
そうした経験を踏まえると、これからの東京に求められるのは、今回のアワードのテーマでもある「リジェネラティブ」のような強いコンセプトをもつ概念をキーワードに、草の根的に活動するさまざまなプレイヤーが繋がれる場所をつくることかもしれません。
──最後に東京から少しスケールアップして、未来の都市像についてお聞きしたいと思います。馬場さんとしては、今後10年、20年後に目指すべき都市像はどのようなものだと考えていますか?
非常に難しい問いですが、「ポストビルディング」を考えることが重要だと思っています。冒頭でお話ししたように、現在の都市風景は約100年前に計画されたものから大きく変わっておらず、戦争や大震災後の火災被害を減らすことを目的につくられています。だからこそ、今後は、次の100年を見据えて都市の姿を描く必要があると感じています。「ビルディング」の次の形を考えることが、未来の都市に向けたヒントになるのではないでしょうか。
──「ポストビルディング」を考えるために、いま何に注目されていますか。
大きく2つの要素があると考えています。ひとつはテクノロジーの進化です。100年前の「ビルディング」の構想が、鉄とガラスやコンクリートなどの主に構造技術の革新によって生まれたように、今後の都市開発もテクノロジー、主に環境設備の使い道を編集することによって見つかるのではないかという予感があります。
2つ目は、2020年に出版した書籍『テンポラリーアーキテクチャー 仮設建築と社会実験』で提案した考え方です。この書籍はもともと2020年の東京オリンピックの開会に合わせて出す予定だったもので、次なる未来を描くためのオリンピックに対して大手の設計事務所や建設業者しか関わることができなかったことへの違和感を提示したうえで、ボトムアップな都市の描き方を示しました。
仮設建築や社会実験から都市の再生を始めることで、市民一人ひとりが再生のプロセスに関与できる仕組みをつくる。都市の未来は個人のクリエイティビティによってつくられていくものだからこそ、都市を自分たちのものとして感じられるような開発プロセスを生み出していくことが重要だと思います。
(Interview & edited by Kotaro Okada)
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