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新・炉辺の風おと

「西の魔女が死んだ」などで知られる作家・梨木香歩さんが、日々の生活をつづります。

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新・炉辺の風おと

/157 冬に向かう/5=梨木香歩

 先日、坂道の多い住宅街を歩いていたときのこと。十一月に入り、さすがに肌寒い日も出てきたが、その日は雲一つない青空で、家々の庭の植木の緑も久しぶりの陽光に照り輝いていた。そこへ後方からひらひらと空中を泳ぐように飛んできたのはナミアゲハ。若い、うつくしいアゲハチョウだった。けれどいくらなんでも十一月。半信半疑で見つめていると、通りに面して置いてある植木鉢の花々に寄ったり、そしてまたそこを離れたり、上へ行ったり下へ行ったり、まるでアサギマダラのように優雅に、けれど確実に私の行く先を飛んでいる。

 私はその日、加藤幸子さんの、このときはお別れ会の準備の手伝いのため、今は閉ざされている彼女の家に向かっている途中だった。不思議なアゲハチョウだなあ、と思いながら、彼女の家に降りる最後の小道の石段へ降り、そのチョウとは別れた。冬に向かう季節だというのに、あのチョウはどこへ向かっていたのだろう。

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