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開かれた新聞委員会

新しい時代の新聞作りを目指して創設した「『開かれた新聞』委員会」は新聞界では初めて、報道への当事者からの苦情と対応に「第三者」の目を反映させる試みです。社外の識者にお集まりいただき、新聞に対する率直な見方、批判、期待を話していただきます。

連載一覧

開かれた新聞委員会

2024座談会 与党過半数割れした衆院選/トランプ氏再選 米大統領選

毎日新聞の報道について議論が交わされた開かれた新聞委員会=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
毎日新聞の報道について議論が交わされた開かれた新聞委員会=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 石破茂新政権の発足直後に解散された衆院選では、与党が過半数を割り、ハングパーラメント(宙づり国会)の状況が出現しています。米大統領選ではトランプ前大統領が再選されました。日米ともに先が見通せない政治状況を新聞はどのように報じていったらよいでしょうか。毎日新聞の第三者機関「開かれた新聞委員会」の4人の委員がこの二つのテーマについて話し合いました。【司会は石丸整・開かれた新聞委員会事務局長、写真は長谷川直亮】

与党過半数割れした衆院選

(座談会は11月15日開催。紙面は東京本社最終版を基にしました)

 田中成之・政治部長 衆院選では世論調査を2回実施しました。公示直後の10月15、16日の世論調査では、与党が過半数を確保するという結果が出ましたが、まだ投票先を決めていない人が約5割もいました。中盤の22、23日の世論調査では、与党の過半数は微妙だという結果になりました。さらに自民党の非公認候補が代表を務める支部にも2000万円が交付されたと「しんぶん赤旗」が報じたことで、与党は日に日に情勢が厳しくなっていきました。企画としては政策課題を取り上げた「日本の選択」、さらに「アップデートできない政治」「選挙のキホン」を通じて読者のニーズに応えようとしました。選挙の結果を受けて、過半数を得た勢力がいないことに焦点を当てる記事を連日展開しました。

 三沢耕平・編集長補佐 政策企画「日本の選択」は国政レベルの重要課題を選択の手引になるように報じました。外交・安全保障、物価高、ジェンダー、少子化。有権者の抱えている不満を拾い、「自分ごと」として捉えてもらおうと考えました。原発、人口減、農業などほかにも取り上げた方がよかったテーマはありました。今後はネット交流サービス(SNS)、ユーチューブを使うことで変化している民主主義のあるべき姿を問うような取材ができないかと考えています。

開かれた新聞委員会で発言する西田亮介委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する西田亮介委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 西田亮介委員 常識にない、見たことのない選挙だった。第2次安倍政権以降、低投票率の中で相対的に高い得票率を得た自民・公明の与党が勝ちきるという2010年代の政治の既定路線が変わり、令和の新しい政治の姿が幕を開けた。選挙報道では、情勢調査が当てにならなくなってきた印象で、新しい情報を丹念に報じてもらうことが重要だ。今回の紙面では、経済対策やインフレに多くの人の関心があることは明らかで、各社の企画は横並び感があった。その中で出色だったのは「国会 遠い行政監視」(10月23日朝刊)という記事だ。国会の監視機能としては原発の事故調査委員会が最初で最後のものだということを書き、ユニークだった。ヤジが聴衆の「聞く権利」を侵害したかどうかを取り上げた記事(10月24日夕刊の企画「選挙のキホン」5回目)は政治に対する意見表明の仕方を描いた。民主主義のベースになる重要な問題を取り上げたのは好ましい。解説記事では、与党が「3分の2」を割れば憲法改正の発議が難しくなるほか、絶対安定多数や安定多数を割るとどうなるのかなど政策への影響の掘り下げも期待したい。

右派の動き、追跡して 小町谷委員

開かれた新聞委員会で発言する小町谷育子委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する小町谷育子委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 小町谷育子委員 こういう結果になった原因が、新聞を読んでも分からない。立憲民主党は、自民党の裏金問題を争点としていたが、それで投票した人がどれだけいたのかとか、裏金問題が争点だったなら国民民主党の躍進を説明できないのではないかと感じた。その辺りを毎日新聞はどのように捉えていたのだろうか。

 女性関係の記事に着目した。10月22日朝刊の「夫婦別姓選べぬ損失」で、会社役員の登記に旧姓が併記できるようになったことを取り上げている。一方で、併記すれば「この人は婚姻している」という事実を表示することになる。プライバシー侵害にならないかと気になる。手続きが面倒になるといった観点以外の論点があるのではないか。パスポートに二つの姓を表記することは以前から問題になっており、記事を書いてもらってよかった。女性の問題については、連続して取り上げてほしい。今回、女性議員が増えたが、自民党では比例の名簿にあっても順位が低くて当選しない人が目についた。各党が女性の候補者をどう位置付けているのか分かるとよかった。

 欧州で右派が台頭する国が出てきている。今回、日本保守党が3議席を取ったことで、日本でも同じ流れができていくのか。保守の動きを特集の形などで取り上げてはどうかと思った。国会の行政監視の記事は私も面白く読んだ。議院内閣制のために行政監視が甘くなるという点が教授のコメントで指摘されているが、本文でもこの点をもっと展開してくれたらよかった。

 法律家として気になったのは、選挙カーのスピーカーで候補者の名前を連呼することが認められている問題だ(「名前の連呼 効果ある?」10月17日朝刊の企画「アップデートできない政治」)。1954年の公職選挙法改正で廃止され、64年の改正で復活したと書いてあるが、復活した理由を知りたいと思った。

 佐藤敬一・東京社会部長 女性の問題については、国際女性デーに向けた報道など継続して報道し、来年の東京都議選、参院選につなげていきたいと思います。名前の連呼の問題については、取材を尽くしたのですが、公選法で復活した理由は分かりませんでした。

開かれた新聞委員会で発言する治部れんげ委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する治部れんげ委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 治部れんげ委員 読者にとって重要な論点は届けられていた。企画「日本の選択」「アップデートできない政治」で扱われていた論点が、子育て世代、学生、労働者、納税者に焦点が当たっていて、全般的に好感を持った。いいなと思ったのは企画「選挙のキホン」だ。新聞記者にとっては当たり前でも、有権者にとっては知らないことがある。政党の公認がないと候補者にとって、どんな不利益があるのかがきちんと解説してあった(10月21日夕刊「つらい非公認候補」)。(裏金議員の)公認・非公認が話題になっていたもっと早いタイミングで解説があったら読者は理解しやすかった。10月23日(朝刊)の「アップデートできない政治」で障害者議員の活動の難しさを取り上げた記事もすばらしかった(「障害者議員 活動に壁」)。選挙後の10月29日(朝刊)には自民党総裁選の推薦人がどれくらい落選したのかを数字で示していて、よかった(特集面)。

 気になったのは、企画「日本の選択」の「公立 先生いなさすぎ」の記事(10月23日朝刊)だ。構造的な問題は書くべきだが、1面に女子高校生の実名を出し、学校を批判しているところは、もう少し配慮が必要だと思った。公教育への不安をあおり、「子どもを私立に進学させなくては」という保護者の不安をいたずらにかきたてるのではないか。

政治非関与層、焦点を 武田委員

開かれた新聞委員会で発言する武田徹委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する武田徹委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 武田徹委員 「アップデートできない政治」という企画があったが、むしろ政治を報じるジャーナリズムが現実に追いついていないことの方が気になる。

 (私は)11月5日朝刊のメディア面のコラムに、スマートニュース社の研究部門の調査の結果、「政治的なことには、できればかかわりたくない」という政治非関与層が約45%いるという話を書いた。今回の衆院選で棄権した人とちょうど同じくらいになる。こうした「政治から降りている層」にもっと注目すべきではないか。なぜなら生活の安定を求める彼らは秩序を守るためには私権を制約する権威主義的体制をも許容する傾向があり、逆説的に政治的影響力を持つ可能性がある。「アップデートできない政治」に出てくる若者たちの中にも、政治非関与層がいたはずで、彼らの人間像を示してほしかった。また、日本保守党や参政党を支持したのは、どのような層の人たちかを知りたい。もしかしたら、そんなところに時代を象徴することが表れている気もする。

 政治家よりジャーナリズムの方が政治状況を見通せることは少なくない。ジャーナリズムに見えている政治を選挙期間でも萎縮せずに示すことが、非関与層に選挙への関心を持たせる力になるかもしれない。

トランプ氏再選 米大統領選

 大前仁・外信部長 予備選が始まってから、非常にドラマチックな10カ月間でした。2回あった討論会は政策を深めるような議論はなく、ののしり合いに注力していました。投開票報道は、勝敗を左右する激戦7州に焦点を当てました。結果が出るまで時間がかかると思っていたのですが、激戦州は思ったよりトランプ氏に傾き、圧勝となりました。11月6日夕刊まで「大接戦」と書いたのですが、まさかのスピード決着でした。世論調査に引っ張られてしまいました。

開かれた新聞委員会で発言する武田徹委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する武田徹委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 武田委員 そう簡単に決まらないだろうと思っていたので驚いた。結果を読み切れなかった原因を知りたい。同志社大大学院准教授の三牧聖子さんが対談(11月8日朝刊)の中で、民主党支持者で左派と中道派の分断があったと語っていたが、米国の分断の原因を作っているのは共和党だという思い込みが報道側に強かったのではないか。加えてトランプ氏の言動への違和感から結果の予想に誤差が生じた可能性はないか。トランプ氏を支持した人たちの感情の起伏と、彼らがどのような救済の物語を夢見たのかに迫りきれなかったようにも感じた。

 米大統領選が終わり、今更ながらに日本の行方が気になる。石破首相がこれまで与党内野党として主張してきた日米地位協定の改定、アジア版NATO(北大西洋条約機構)といった考え方について、ただ嘲笑して済ませるのではなく、国防族の議員ならではの、傾聴に値する一分の理がなかったか、声を潜めてしまった首相に代わって報道が検証してもいいのではないか。首相はトランプ氏と話せるのだろうかとも言われているが、こうした問題を追いかける価値がある。しつこくやってほしい。

 大前外信部長 民主党内に亀裂があったことに踏み込めていなかったことは、指摘されても仕方がない面があります。トランプ氏の支持者を追った記者がいましたが、感情の起伏まで読者に届けられたか。今後の課題とします。

ジェンダー、別の見方は 治部委員

開かれた新聞委員会で発言する治部れんげ委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する治部れんげ委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 治部委員 報道はバランスが取れていた。北米総局の秋山信一記者の記事(11月14日朝刊「記者の目」)で、今回の結果はポピュリズムの台頭ではなく、トランプ氏を支持した人たちも米国やさまざまな事情を考えて投票したという分析があったが、納得できるものだった。予想については、新聞にそこを求めていたわけではない。ジェンダーの問題を注視していた。「トランスジェンダーの人権 論点に」という記事が10月26日朝刊にあったが、民主党支持者からの視点で、共和党支持者や中間派の人たちから見ると、別の見方があるように思った。

 小町谷委員 すぐ決着がついた。ではなぜそうなったのか、本当の争点は何だったのかが、記事を読んでもよく分からない。なぞの選挙だった。「移民が犬を食べている」というトランプ氏のとんでもない発言にしても、日本で政治家がそんなことを言ったら批判されるのに、なぜ通ってしまうのだろうか。

開かれた新聞委員会で発言する小町谷育子委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する小町谷育子委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 毎日新聞の記事を読む限り、市民の実感は生活が苦しかったということのようだ。物価が一番影響したと読み解ける。選挙報道では、情勢と政策課題の二つで進む。追いかけていってほしい。敗因として、ハリス氏が女性候補であることがどのくらい影響したのかにも関心がある。軍の最高司令官だからという点が強調されると、いつまでたっても女性が大統領になるのは難しい。民主党にバイデン氏の後継候補が育っていなかったということなのかと思ったりした。

 日米地位協定のことは不公平なことが起きていないか注視する必要がある。米軍が駐留している他の国との比較の視点も持ち続けてほしい。

 西田委員 米国の支局は何人体制か。前回、前々回に比べて減っているのか。

 大前外信部長 現在は6人。減ってはいない。

各社報道、横並びでは 西田委員

開かれた新聞委員会で発言する西田亮介委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影 拡大
開かれた新聞委員会で発言する西田亮介委員=東京都千代田区の毎日新聞東京本社で2024年11月15日、長谷川直亮撮影

 西田委員 あれだけ広い米国に6人だけだと、カバーするのはなかなか難しいだろうが、日米関係が特別なのは明らかだ。米国のほかにも、欧州、国連、中国に関しては今後も手厚い報道をお願いしたい。

 気になったのは(各社の)取り上げるトピックが似ていたことだ。自動車労組、トランスジェンダー、「もしトラ」(トランプ大統領になったらどうなるかというシミュレーション)はいずれもそうだった。

 記事に登場する識者だが、衆院選報道では谷口尚子・慶応大教授、中北浩爾・中央大教授、遠藤乾・東京大教授による座談会に毎日新聞の独自色が出ていたが、米大統領選では各社同じ人たちが登場し、横並び感があった。米国研究者が減っているのかもしれない。

 もう一つ気になったのは、直前まで予想がつかなかったのに、ふたを開けてみるとトランプ氏が圧勝したことだ。上智大の前嶋和弘教授も外信部長も、選挙人の仕組みの問題だと言っていて、オーソドックスな説明だと思う。ところが、理解していない人たちは事前の「接戦」報道とのギャップからか「日本のメディアは何をやっているのだ」と言う。メディア不信を払拭(ふっしょく)するようなフォローアップをきちんとやってほしい。

公平中立どう見直す 前田浩智・主筆

 新聞報道が面白くない、と言われることがあります。毎日新聞をはじめ日本のメディアは公職選挙法の趣旨や政治勢力と距離を置くとの考えから、「公平」「中立」に最大の注意を払ってきましたが、それが不評の原因になっているように思います。一方、党派性を打ち出すことの多い米国のジャーナリズムには、国内の分断に加担している問題があります。メディアが立ち位置を明確にすることと社会全体の合意を形成する役割との整合性をどう図るのか。引き続き考える必要があります。

信頼得られるように 坂口佳代・編集局長

 衆院選報道は従来のやり方を脱して、読者の視点に立って、どうしたら読まれるのかを考えて取り組みました。でも、まだまだ足りないと感じました。新聞を読んでいない人にも届くように、選挙報道のあり方を見直し、音声や動画、あらゆる手段を使って工夫していかなければなりません。選挙後のフォローアップの必要性についても、ご指摘を受けて改めて認識したところです。新聞の公共性を意識し、信頼を得ることが最も大切なのだということを肝に銘じて取り組みます。

座談会出席者

小町谷育子委員 弁護士

治部れんげ委員 東京科学大准教授・ジャーナリスト

武田徹委員 専修大教授

西田亮介委員 日本大教授・東京科学大特任教授

毎日新聞社側の主な出席者

前田浩智・主筆▽坂口佳代・編集局長▽田中成之・政治部長▽大前仁・外信部長▽佐藤敬一・東京社会部長▽秋本裕子・経済部長▽牧野宏美・デジタル報道部長▽三沢耕平・編集長補佐

開かれた新聞委員会とは

 2000年に発足した毎日新聞の第三者機関です。(1)報道された当事者からの人権侵害などの苦情に基づき、取材や報道内容、その後の対応をチェックし、見解を示し、読者に開示する(2)委員が報道に問題があると考えた場合、読者や当事者からの苦情の有無にかかわらず、意見を表明する(3)これからのメディアのあり方を展望しながらより良い報道を目指して提言する――の三つの役割を担っています。毎日新聞の記事だけでなく、毎日新聞ニュースサイトなどデジタル報道も対象です。

 (1)について、訴訟が見込まれるもの、政治家や高級官僚など「公人」からの苦情は対象となりません。(2)について、編集方針に関するテーマは除きます。

 報道による人権侵害の苦情や意見などは、各部門のほか開かれた新聞委員会事務局(ファクス03・3212・0825、メール[email protected])でも受け付けます。

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