コンテンツにスキップ

戦時加算 (著作権法)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

著作権戦時加算(せんじかさん)は、通常の著作権の保護期間戦争の期間分を加算することである。

分類

[編集]

例として以下の3つに分類できる。

  1. 第二次世界大戦後、平和条約や占領軍司令部による法令によって、連合国の国民が第二次世界大戦前または大戦中に取得した著作権について、戦争期間中、日本またはドイツ国民が連合国民の著作権を保護していなかったという根拠に基づき、通常の保護期間に戦争期間の実日数を特例的に加算するもの(日本、または実質適用がなかったドイツも含む)。
  2. 他国からの指令や他国との条約等に基づかず、国内の特例法の制定などによって、著作権が保護されなかった戦争の期間分を、特例的に加算するもの(フランス第一次世界大戦後の「1919年法」や第二次世界大戦後の「1951年法」、イタリアの旧「1945年7月20日法」など)。自国民の著作権のみならず、他国民の著作権も対象とする相互主義にもとづく[1][2]
  3. 戦時中に自国のために死亡した愛国殉職者の著作権の保護期間について顕彰のために戦時加算をするもの[3](フランスのみの特例「愛国殉職者特例」)

日本の戦時加算

[編集]

日本国との平和条約1952年の「サンフランシスコ平和条約」・昭和27年条約第5号)の第15条の(c)[4]の規定に基づいて、立法された「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律」(戦時加算特例法)にもとづく戦時加算。

戦時加算規定と加算期間

[編集]

日本国との平和条約に署名した連合国の国民が第二次世界大戦前または大戦中に取得した著作権について、戦争期間中日本国が連合国民の著作権を保護していなかったという根拠に基づき、通常の保護期間に戦争期間(1941年12月8日又は著作権を取得した日のいずれか遅い日から日本国との平和条約の発効する日の前日までの実日数)を加算するもの。

対象となるのは日本国との平和条約を批准した46の国全てではなく発効時にベルヌ条約に加盟していた国又は日本と交戦状態となる前に個別の条約若しくは協定を日本と締結していた15か国に限られる。

ベルヌ条約への加盟が開戦より後の場合は、加算される期間は、当該国がベルヌ条約に加盟の日又は著作権を取得した日のいずれか遅い日から平和条約の発効する日の前日までの実日数となる。これに該当するのはニュージーランド(1947年12月4日加盟)・パキスタン(1948年7月5日加盟)・レバノン(1948年7月5日加盟)の3カ国である[5]

サンフランシスコ平和条約が発効要件[6]を満たす前に平和条約を批准しているイギリスオーストラリアカナダフランスニュージーランドパキスタンについては、その国の批准日に関わらず、日本国との平和条約の発効日である1952年4月28日にこれらの国についても発効している[7]

以後の各国の発効の日については、

平和条約批准日と加算日数
国名 批准年月日 加算日数
イギリス 1952年1月3日 3794日
オーストラリア 1952年4月10日
カナダ
フランス 1952年4月18日
セイロン(現スリランカ 1952年4月28日
アメリカ合衆国 1952年4月28日
ニュージーランド 1952年4月10日 1607日
パキスタン 1952年4月17日 1393日
ブラジル 1952年5月10日 3816日
オランダ 1952年6月17日 3844日
ノルウェー 1952年6月19日 3846日
ベルギー 1952年8月22日 3910日
南アフリカ 1952年9月10日 3929日
ギリシャ 1953年5月19日 4180日
レバノン 1954年1月7日 2291日

戦時中に創作された著作物

[編集]

戦争中に創作された著作物については著作権取得日から当該国について平和条約発効日の前日までを戦争期間として加算する(連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律第4条第2項)。

日本国との平和条約に署名していない連合国

[編集]

ソ連(現ロシア)、チェコスロバキア(現チェコスロバキア)、中国などはサンフランシスコ平和条約に署名しておらず、戦時加算規定における連合国の対象に当たらないため、戦時加算を考慮にする必要はない。中立国(スイス、スウェーデンなど)、枢軸国(ドイツ、イタリアなど)も加算対象にならない。

日本の戦時加算をめぐる裁判例

[編集]

戦時加算をめぐってはふたつの民事裁判が知られている。ひとつは、東京地裁1998年(平成10年)3月20日判決の絵画の著作物の戦時期間加算事件。1939年7月14日に死亡したチェコの画家、アルフォンス・ミュシャリトグラフ作品「ジョブ」と「ラ・プリュム」のジグソーパズル商品に関する裁判[8]。もうひとつは、東京高裁2003年(平成15年)6月19日判決の「リヒャルト・シュトラウス戦時加算特例法適用事件」である。これは、1949年に死去したドイツ人作曲家・リヒャルト・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」の上演に関する裁判である[9]

これらの裁判は、いずれも日本の音楽団体や企業が被告となり、作品の著作権が連合国側に属すると主張する著作権管理者から訴えられたもの。しかし、著作者の国籍はチェコ及びドイツで、いずれも連合国ではなかった。原告は、著作権が連合国の著作権管理業者に売却されたことや、著作者が連合国にいた時に制作された作品であることなどをそれぞれ根拠として挙げて、戦時加算の適用を主張したが、裁判所は原告の主張を退けた[8][9]

日本の戦時加算解消への動き

[編集]

1970年の著作権法改正時の議論と政府の対応

[編集]

日本に対する戦時加算の解消については、著作権の保護期間の延長を議論していた著作権制度審議会の議論のなかで、保護期間の延長を機に戦時加算を解消できないかということが議論され、1966年の答申において、解消されるべきものとする基本方向が提示されていた。

しかし、その後の政府内の検討では、平和条約の規定は、その時の通常の保護期間に対して戦時加算を行うことを求めるであるとの解釈に立ち[1]、1970年に保護期間が死後38年から50年に延長された際も戦時加算が解消されることはなく、その後も戦時加算特例法が改正されることはなかった[10]

著作権問題を考える創作者団体協議会等による戦時加算の解消要請

[編集]

近年で初めてこの問題を大々的に取り上げたのが、著作権の保護期間の延長などを求める17団体からなる「著作権問題を考える創作者団体協議会」(創団協)である。

2006年12月18日、創団協と自由民主党文化伝統創造調査会の会合で、言及された。続いて、12月22日公明党文化芸術振興会議との会合で、戦時加算の解消が要請された[11]

2007年1月24日創団協総会は、世界各国の著作権管理団体で構成される非営利、民間の国際組織著作権協会国際連合 (CISAC) に対し戦時加算問題の解消を呼びかける書簡を送付することを決定した[11]

同年3月12日、創団協が戦時加算の解消について支援を求める書簡をCISAC事務局長に送付。同月、ニューヨークで開催されたCISACの20人の理事会で、日本音楽著作権協会 (JASRAC) の理事が、著作権保護期間の戦時加算を受けているCISAC加盟の各国管理団体に対し、戦時加算解消に賛同するよう提案。理事会は、この提案を全会一致で承認。次期理事会または総会での決議を行うことで一致した[12]5月29日ベルギーブリュッセルでのCISAC理事会でJASRAC理事の都倉俊一が戦時加算の解消を要請する演説を行った[11]

6月1日にベルギーのブリュッセルで開催されたCISAC総会で、各国の加盟団体が会員に対して戦時加算の権利を行使しないよう働きかけることを要請する決議が、全会一致で採択された[13]。決議は、戦時加算分の10年の倍にあたるプラス20年の著作権保護期間の延長という将来の日本の国内法改正を前提に加算分の放棄を呼びかけるものとなった[14]

6月14日、創団協は、「著作権の保護期間に関する戦時加算問題の早期解決を」と題するレポートを発表[15]

6月25日、創団協は、文化庁長官、文部科学大臣外務大臣に対して、CISAC総会での決議やこれまでの経過を踏まえて、戦時加算を早期解消するよう求める要望書を提出。

12月27日、CISAC事務局長エリック・バティストから、加盟団体が会員に日本における戦時加算の権利の不行使の働きかけを要請するCISAC総会の決議に関して、理解と支持を求める書簡が当時の政権与党である自民・公明、野党の民主・共産・社民・国民新の各党首宛に送られた[16]。その後、創団協は、2008年にかけて、音楽議員連盟民主党、自民党、公明党に対して繰り返して要請したが、2018年12月30日環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP、TPP11)が発効して日本における著作権保護期間が延長されたことを受けて解散した。

JASRACによる戦時加算解消に向けた取り組み

[編集]

創団協の活動と並んで、JASRACの都倉俊一会長と菅原瑞夫理事長(いずれも当時)が、2012年4月6日には平野博文文部科学大臣(当時)へ、2013年2月5日には岸田文雄外務大臣(当時)へそれぞれ、戦時加算対象となる15か国(上記)との間に戦時加算の権利行使をしないと合意する二国間協定を個別に締結するよう政策要望書を提出した[17]。その後、日本国政府は、TPP交渉や日EU・EPA交渉において、対象国のうち、アメリカ合衆国・オーストラリア・カナダ・ニュージーランド・イギリス・オランダ・ギリシャ・フランス・ベルギーの9か国の各政府との間で、著作権管理団体による戦時加算解消に向けた取り組みを奨励し、それを政府間で後押しすることを確認した[17]

JASRACは対象国の著作権管理団体との契約更改による戦時加算の解消を目指しており、2022年7月までにアメリカ合衆国のASCAPBMI、イギリスのPRS英語版とMCPS、オランダのBUMAとSTEMRA、ブラジルのABRAMUS、ベルギーのSABAM、南アフリカのSAMRO、スイスのSUISA[18]、デンマークのNCB[18]、オーストラリアおよびニュージーランドのAPRAとAMCOSに対して戦時加算の権利を放棄させている[19][20][21]

イタリア・ドイツの戦時加算

[編集]

日本と同じく敗戦国であるドイツや、枢軸国であったイタリアの戦時加算について「行われていないのではないか」「不公平ではないか」との議論がある。

ドイツについては、連合国高等委員会指令No.8−24第5条によって戦時加算について規定されているにもかかわらず、各国がドイツに延長の要求をせず、結果的に戦時加算が発生しなかったことが文部科学省の調べで判明している[1][2]

イタリアについては、イタリアと交戦各国間にも平和条約があり、イタリア平和条約第15条付属書には、交戦国双方に加算の義務を課し、連合国側と双務的に6年間の戦時加算があることが判明している[1][2]。双務的な戦時加算は日本に対する一方的な戦時加算とは異なるため、不公平との根拠になっている。

なお、イタリア・ドイツは、日本と交戦しておらず、サンフランシスコ平和条約に署名していないため、お互いに戦時加算はない。

フランスの戦時加算

[編集]

「愛国殉職者特例」

[編集]

著作者等がフランスのために死亡したことが死亡証明書から判明する場合には、「愛国殉職者特例」が適用され、さらに30年間、著作権の保護期間が延長される。これは、フランス著作権法第123条の10の「愛国殉職者特例」[22]によるもの。

「著作物等の保護と利用円滑化方策に関する調査研究」「諸外国の著作物等の保護期間について」報告書(2009年2月、三菱UFJリサーチ&コンサルティング編)の121ページの注[2]によれば、第一次世界大戦中の1914年9月5日ドイツ軍との交戦中に戦死したフランスの詩人・思想家シャルル・ペギー、第二次世界大戦中の1944年7月31日、偵察機で出撃、地中海上空で行方不明となったフランスの作家、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの著作権の保護期間には、30年の戦時加算が上乗せされているとされる。

なお、「フランス以外に愛国殉職者特例を定める国は存在するのか」との川内博史衆議院議員(民主党所属)の質問[22]に政府は、「フランス以外に御指摘のような特例を定める国が存在するか否かについても承知していない」と回答している[23]

国内法によって定めた戦時加算

[編集]

フランスは第一次世界大戦、第二次世界大戦の戦勝国であるが、戦時中は著作物の適正な利用が不可能との立法者の判断に依拠して、第一次世界大戦後に「1919年法」によって戦時加算をしており、さらに、第二次世界大戦後にも「1951年法」によって公有に帰属していないすべての著作物に8年120日延長の戦時加算をしている[1]

その他のヨーロッパ各国の戦時加算

[編集]

第一次世界大戦後には、フランスと同じように、ベルギーハンガリーがそれぞれ10年と8年の戦時加算をしている。第二次世界大戦後については、ナチス・ドイツに編入されていたオーストリアが7年の戦時加算をしたほか、枢軸国となったブルガリアフィンランドルーマニアハンガリーでも、戦時加算が行われている[1][2]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f 著作権の保護期間に関する戦時加算について 文化審議会 著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第7回)議事録・配付資料 [資料8]
  2. ^ a b c d e 著作物等の保護と利用円滑化方策に関する調査研究「諸外国の著作物等の保護期間について」報告書 2009年2月 三菱UFJリサーチ&コンサルティング編
  3. ^ 「著作物等の保護と利用円滑化方策に関する調査研究」「諸外国の著作物等の保護期間について」報告書(2009年2月、三菱UFJリサーチ&コンサルティング編)の121ページの注によれば、第一次世界大戦中の1914年9月5日ヴィルロワでドイツ軍との交戦中に戦死したフランスの詩人・思想家シャルル・ペギー、第二次世界大戦中の1944年7月31日、偵察機で出撃、地中海上空で行方不明となったフランスの作家、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの著作権の保護期間には、30年の戦時加算が上乗せされているとされる。
  4. ^ 「日本国との平和条約」(1952年・昭和27年条約第5号)の第15条の(c)
    • (i) 日本国は、公にされ及び公にされなかつた連合国及びその国民の著作物に関して千九百四十一年十二月六日に日本国に存在した文学的及び美術的著作権がその日以後引き続いて効力を有することを認め、且つ、その日に日本国が当事国であつた条約又は協定が戦争の発生の時又はその時以後日本国又は当該連合国の国内法によつて廃棄され又は停止されたかどうかを問わず、これらの条約及び協定の実施によりその日以後日本国において生じ、又は戦争がなかつたならば生ずるはずであつた権利を承認する。
    • (ii) 権利者による申請を必要とすることなく、且つ、いかなる手数料の支払又は他のいかなる手続もすることなく、千九百四十一年十二月七日から日本国と当該連合国との間にこの条約が効力を生ずるまでの期間は、これらの権利の通常期間から除算し、また、日本国において翻訳権を取得するために文学的著作物が日本語に翻訳されるべき期間からは、六箇月の期間を追加して除算しなければならない。
  5. ^ 戦時加算対象国および戦時加算日数一覧 - JASRAC
  6. ^ 第23条1の規定により、日本及びアメリカ合衆国が批准書を寄託し、かつ、主たる占領国[注釈 10]の過半数が批准書を寄託した時に、その時に批准書を寄託しているすべての国に関して効力を生ずるとなっている
  7. ^ 昭和27年4月28日付外務省告示第10号
  8. ^ a b 判決全文 絵画の著作物の戦時期間加算事件 日本ユニ著作権センター
  9. ^ a b R・シュトラウス作品の保護期間事件(2) 日本ユニ著作権センター
  10. ^ 戦時加算特例法の最終改正は1970年5月6日である。「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2018年4月1日). 2020年1月19日閲覧。」を参照。
  11. ^ a b c 創作者団体協議会の活動状況 著作権問題を考える創作者団体協議会サイト内
  12. ^ JASRAC事業の概要 2007年5月16日 (PDF) 日本音楽著作権協会サイト内
  13. ^ 保護期間延長の是非を問う議論がスタート、文化審議会小委 INTERNET Watch、2007年6月26日
  14. ^ 日本における戦時加算に関する決議 (PDF) 著作権問題を考える創作者団体協議会サイト内
  15. ^ 著作権の保護期間に関する戦時加算問題の早期解決を (PDF) [リンク切れ] 著作権問題を考える創作者団体協議会サイト内。このレポートのなかでは、「日本にのみ」に「戦時加算」が課せられているかのような表現があり、CISACが「日本にのみ」に戦時加算が課せられているとの認識に立っているとの錯誤を誘発する内容になっている。
  16. ^ 事務局長エリック・バティストによる各党宛書簡 日本語訳 (PDF) [リンク切れ] 著作権問題を考える創作者団体協議会サイト内
  17. ^ a b 戦時加算問題の解決に向けた最近の活動 - 日本音楽著作権協会、2022年1月1日閲覧。
  18. ^ a b スイスおよびデンマークは戦時加算対象国ではないが、対象の著作権者が当該国の音楽著作権管理団体に所属しており、戦時加算放棄について同意を得たもの。
  19. ^ プレスリリース 英国の著作権管理団体(PRS)との演奏権の相互管理契約を更改しました 2021年12月16日 - 日本音楽著作権協会、2022年1月1日閲覧。
  20. ^ 戦時加算義務の解消に向けた取り組みについて 2022年6月29日 - 日本音楽著作権協会、2022年7月16日閲覧。
  21. ^ 2022年度の事業 - 日本音楽著作権協会、2023年5月27日閲覧。
  22. ^ a b 2006年「平成十八年九月二十八日提出 質問第一四号 国際条約及び諸外国の法律における著作権及び著作隣接権の保護期間の規定等に関する質問主意書」 提出者=衆議院議員・川内博史(民主党所属)衆議院ウェブサイト内
  23. ^ 平成十八年十月六日受領 答弁第一四号 内閣衆質一六五第一四号 平成十八年十月六日 内閣総理大臣 安倍晋三 衆議院ウェブサイト内

関連項目

[編集]