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休子内親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
休子内親王
続柄 後白河天皇第四皇女

全名 休子(きゅうし/やすこ/のぶこ)
出生 保元2年(1157年
死去 嘉応3年3月1日1171年4月7日)(享年15)
父親 後白河天皇
母親 藤原成子
役職 伊勢斎宮
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休子内親王(きゅうし(やすこ/のぶこ)ないしんのう、保元2年(1157年) - 嘉応3年3月1日1171年4月7日))は、平安時代末期の皇族伊勢斎宮後白河天皇の第4皇女で、母は従三位・藤原成子藤原季成の娘)。同母兄姉に亮子内親王(殷富門院)、好子内親王式子内親王守覚法親王以仁王がいる。

生涯

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仁安元年12月8日(1167年)、甥・六条天皇の即位に伴い、10歳で斎宮に卜定。仁安2年(1168年)6月28日、初斎院大膳職)に入り、9月21日に野宮に遷る。仁安3年(1169年)2月19日、六条天皇譲位のため群行をしないまま退下した。嘉応3年(1171年)3月1日、15歳で薨去