タグ

富野由悠季に関するpopoiのブックマーク (29)

  • 「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞

    CGの絵は、はっきり言ってつまらない ちなみに、今までの話はアナログ中心の考え方です。今の環境は、デジタル技術に支えられている。それによって新たに起こっている問題もあるのでは、と思っています。 去年の初め頃です、俗に言う、CGを最初に始めた第1世代の人たちの中から出てきた言葉がありました。「ついにCGも理工学系の仕事からデザイナーの仕事になっちゃった」というため息混じりの発言です。 東大の理工学系の先生の発言だと思ってください。それを聞いた時、それまでCGは理工科系の仕事で、基的に理工科系の人がCG作品を作っていたんだなと思いました。 そこにデザイナーが入ってきた。だいぶ前からデザイナーのCGを使ってはいたんですが、それが世間に現れるようになったのはここ2~3年なんだなと実感しました。 ここで言いたいのは、これまでのCGワークはものすごく妙だなと思っていたこと。CGで絵を書くと絵が下手に

    「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞
  • 「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞

    だけど、こういう風に考えました。せっかく五体満足で生んでくれた親がいて、僕の場合、大きな病気もせずとりあえずこの年まで来ました。死んでくまでどれくらいの時間があるかは分からないし、たかが知れている。 それで、こういうことを考えたんです。生きているうちは元気でいたい、そして次の世代の人に迷惑をかけないよう死んでいきたいと。 10年ほど前、体が不調だった時に、2年くらいの間に3度気絶したことがあるんです。気絶したときの記憶は今でも残ってます。気絶するってのは、意識がなくなること。当然、体はきっと倒れていたのでしょう。 死ぬのが怖いのは当たり前。でも、何も感じられないのは気持ちいいですよ。意識感覚がない。むしろ、体の具合が悪くてとか、トイレが近いとかをずっと意識しながら生きるより、何も考えずいられる死は、決して悪いことじゃない。と思ったこともあった。 でも、つらいと感じることも、生かされている証

    「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞
  • 「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞

    僕は去年の暮れ押し詰まって、ハンナ・アーレントという政治哲学者を紹介したを読みました。読んで驚きました。17世紀、ルネサンスまでの人類のほとんどが、ものを判断し、決定することができない人の集まりだったとあったたためです。この話が信じられますか? だってもし人類がバカなら、ルネサンスが起こるまでの人類史は構築できなかっのではないか。人類史を構築する知恵があったなら、独自に物事を判断することもできたはずです。それぞれの文化を構築するための知恵があって、いろんな判断力があったっていいと思うじゃないですか。だけど、ハンナ・アーレントに言わせりゃ、大勢がよってたかって作れば、これくらいのものは作れるよと。 17世紀までの人たちはどうやって生きてきたか。ハンナ・アーレントは簡単に回答を出しています。物事を信じて生きてきたんです。信じるだけで17世紀の間、歴史を作ってきた。このことの意味を考えてくださ

    「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞
  • 「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞

    これは、簡単に乗り越えられるものではない。ゲームの一番怖いところは、ゲームを一般化しすぎたことだと思ってます。 大宅壮一さんという評論家が、テレビを見過ぎる日人に対して「1億総白痴化計画」と30~40年くらい前に言いました。今のゲームの拡大を見ていると、地球全部、30とか40億人を総白痴化するための行為でしかないのでは、と僕は思います。 30億人の時間を無駄に消費させている、生産活動はそこで止まっているわけです。そんな人類があと100億増えたら、「お前ら地球を滅ぼす手助けしているんだぞ」と言えます。 この言い方に対して、「わたしが関わっているゲーム仕事は、そうではない」と言い切れるものを作ってほしい。100億人がみんなでマスターベーションみたいなゲームをやっていても地球が滅びないように、人間がちゃんと日常行為を繰り返せるようなゲームを作ってみせてください。 我々人類には知恵があるという

    「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞
  • 「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞

    1つ気をつけてもらいたいのは、外交や政治の場面で聞く原理主義者という単語とは違うことです。原理原則でものを考えると原理主義者に陥ってしまって次のことを生み出せる自分や組織をつくることはできません。原理主義者になれと言っているわけではないので間違えないでください。 でも、原理原則に立ち戻って考えて、その上で次の来年、5年後、10年後、20年後にどうするか、10、20年後に対応できるある方向性を示した作品の形を考えるわけです。ゲームの根はどこにあるかを考えてください。 僕にとってはゲームは悪です。なぜなら、日常生活を支えている行為ではないからです。まして、今の電子ツールを使ったゲームなんて、エネルギー消費しているだけだからもう、1000万人とか1億人とか10億人のオーダーで、ハードを売ること自体が悪なんです。エコでも何でもない。 あまり冗談ごとではありません、われわれ自身にも関わっている問題

    「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞
  • 「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞

    「機動戦士ガンダム」の監督として知られる富野由悠季さんが9月2日、パシフィコ横浜で開かれているゲーム開発者向けイベント「CESA Developers Conference 2009」(CEDEC 2009、3日まで)で、「慣れたら死ぬぞ」と題した基調講演を行った。 「僕にとってゲームは悪」「CGの絵は、はっきり言ってつまらない」など、歯に衣着せぬ言葉でゲーム業界やCGを痛烈に批判しながらも、昨年語ったプロ論(「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る)と同様、「あのジジイ(富野氏のこと)を黙らせてやろうと考えてくれ」などとクリエイターを鼓舞する“富野節”に、詰めかけた来場者はわいていた。 アニメ制作は、映像業界で最下等の仕事だった 講演テーマ「慣れたら死ぬぞ」は、口をすべらせた言葉がたまたまタイトルになったということが実情ですが、基的にはお話できると思います。 まず

    「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞
  • クリエーターとは「次を創る」人--ガンダム富野監督が送るエール

    人気アニメ「機動戦士ガンダム」の監督として知られ、歯に衣着せぬ物言いでも知られるアニメーション監督・原作者の富野由悠季氏が9月2日、パシフィコ横浜で開催中のゲーム開発者向けイベント「CESA Developers Conference(CEDEC) 2009」の基調講演に登場。「原理主義者に陥っては次のことを生みだせないが、原理原則でものを考えるべき」と、ゲーム業界の未来を担う開発者たちにエールを送った。 「ゲーム質は“悪”」 富野氏は、ゲーム業界が生まれてから30年程度経っていることについて、「30年というのは、業態に限らず業界が固定する時期。いろいろな部分で“動脈硬化”が起きて、明日が見えなくなる時期だ」と指摘。ゲーム業界より長い歴史を持つアニメ業界の人間として、語れることがあるのではないかと考えたのが、今回講演を引き受けた理由だと語る。 次の30年、50年をどうするかと考えたとき

    クリエーターとは「次を創る」人--ガンダム富野監督が送るエール
  • [CEDEC 2009]「ガンダムの父」富野 由悠季氏が若いクリエイター達を挑発する基調講演,「慣れたら死ぬぞ」の中身とは?

    [CEDEC 2009]「ガンダムの父」富野 由悠季氏が若いクリエイター達を挑発する基調講演,「慣れたら死ぬぞ」の中身とは? ライター:徳岡正肇 富野 由悠季氏 CEDEC 2日目の基調講演は,「慣れたら死ぬぞ」と題された富野 由悠季氏によるものだ。富野氏といえば,言わずと知れたアニメ「機動戦士ガンダム」の生みの親の一人であり,そして知る人ぞ知るゲーム嫌いでもある。 その富野氏が,いったいどのような心境の変化でCEDECの基調講演を引き受け,そこで何が語られるのだろうか? そうした関心の高さをうかがわせるように,パシフィコ横浜のメインホール(1000名収容可能)はあっという間に満員となった。 以下,富野氏の講演をドキュメントしていこう。あらかじめお断りしておきたいが,文中に筆者の意見や見識は含まれておらず,すべて今回の富野氏の講演によっている。 「慣れたら死んじゃうよ,それだけだよ」 まず

    [CEDEC 2009]「ガンダムの父」富野 由悠季氏が若いクリエイター達を挑発する基調講演,「慣れたら死ぬぞ」の中身とは?
  • 富野由悠季らが語った「キングゲイナー祭 エクソダス、するかい?」レポート

    「東京国際アニメフェア2013」の中でテレビアニメ「OVERMAN キングゲイナー」が放送10周年を迎えたことを記念するイベント「キングゲイナー祭 エクソダス、するかい?」が開催されました。 イベントには富野由悠季監督、シリーズ構成を担当した大河内一楼さん、メカデザイン担当の安田朗さん、アニメーションディレクターの吉田健一さんが登壇。アニメ評論家・藤津亮太さんの司会のもと、企画始動に関する話から、作品の注目ポイント、企画に関わったことで自分の中で変わったことなどについてのトークを行いました。 OVERMAN キングゲイナー|BDメモリアルBOX発売決定!! 2013.3.22 ON SALE!! http://www.king-gainer. 富野由悠季らが語った「キングゲイナー祭 エクソダス、するかい?」レポート

  • 「『世界名作劇場』になったガンダムなんて見たくない」CG嫌いの富野由悠季氏が挑むCGアニメ「Ring of Gundam」制作秘話

    「『世界名作劇場』になったガンダムなんて見たくない」CG嫌いの富野由悠季氏が挑むCGアニメ「Ring of Gundam」制作秘話 ライター:徳岡正肇 残念ながらSIGGRAPHの特別講演は完全に撮影禁止であり,講演のオフィシャル素材も存在しないため,記事中の写真はCEDEC 2009での監督の講演時のものを使用していることを最初にお断りしておきたい 日で初めて開催されたSIGGRAPH Asia 2009には大勢のクリエーターが集まっていた。そんななかで,ゲームのみならず日の映像制作に多大な影響を与えた「機動戦士ガンダム」で知られる富野由悠季氏の講演が行われた。SIGGRAPHにおける富野氏の演題は「Ring of Gundam : No Hints for ガンダム:マニュアルに創作のヒントはない)と題されており,ま

  • 時代を駆ける:富野由悠季/5止 永遠に発展しなくていい - 毎日jp(毎日新聞)

    <「機動戦士ガンダム」以後、新作を発表してもガンダムの人気には及ばなかった。富野さん自らが「呪縛」と呼ぶ苦悩の時期だ> 「ガンダム」が認められた時に、自分も作家になれると思ったわけです。ガンダムで示した、宇宙時代に対応した新しい人類像の「ニュータイプ」という概念やモビルスーツという二足歩行のロボットを使って、次の物語を作りたいと思った。しかし、「ニュータイプ」の定義づけもできないし、別の作品もガンダムほどにはうまくいかない。作家として、創作力の幅を持っていない、と自覚しました。 そこへ制作会社から「次もガンダムをやらないか」と言われれば、受けざるを得ないわけです。でもうまくいかない。「番組を1年持たせればいいんだろう」と捨て鉢になってしまう気持ちがありました。 <転機は、テレビアニメ「A(ターンエー)ガンダム」(99~00年)だ。旧知の制作会社社長からの「ガンダム20周年に何かやらないか」

  • 「お前らの作品は所詮コピーだ」プロ論を語る

    なぜか。中学ぐらいではっきり分かったんです。SF好きのヤツは物語を作ることを知らない。演劇というものに興味を持ってないだけに、人を動かして劇を作っていくという一番根的な作業を知らないのではないかな、ということに気がついたんです。 高1ぐらいで見た「禁断の惑星」という映画も、タイトルで「ぞくぞくっとしたものを見られるのかな」と期待したのに何が禁断なのか全然分からないことにまず愕然(がくぜん)とした。 もっと愕然としたのは、SFってもっと画面が広くないといけないのに「セットで撮影しています」というカメラワーク。死ぬほどつまらなかった。でもお金を払ったので我慢して最後まで見たんです。 高1にもなっていると別の見方ができるようになっていて、「この役者は演出家の指示に従ってなくて、自分で芝居してるな」というのを見つけることができたんです。「役者ってこういうことをやるんだ」とか「映画って注意深く見る

    「お前らの作品は所詮コピーだ」プロ論を語る
  • 「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る

    それがこういう結果になったということは、あの2人が半分は自分を殺して半分は相手の話を聞いたんです。みなさん方も、お前ら1人ずつじゃろくなもの作れないんだから最低2人、できれば3人か4人。スタジオワークをやる気分になってごらん。そしたらあなたの能力は倍、3倍になるはずだから。オスカー取りに行けるよ、という見をスタジオジブリがやってくれているんです。 当事者はそういう言い方しないから脇で僕がこう言うしかない。宮崎さんが公衆の面前で「鈴木がいてくれて助かったんだよね」と人は絶対言いません。どう考えてもあの人、1人では何もできなかったんです。「ルパン三世」レベルでおしまいだったかもしれない。人に言ってもいいです、知り合いだから。 そういう時期から知っているから、そこでの人の関係性も分かってますから。我の強い人間のタチの悪さも知っています。みなさんもそうですよ。隣の人に手を焼いているとか、「あ

    「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る
  • 「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る

    臭くなければ客は付かない デジタルやインターネットが決定的に有利なのは、マンツーマンの作業が可能だけれど、そのスタッフが目の前にいる必要がないという部分。それ以上の機能は基的に認めたくないと思っているぐらいです。便利だから全部利用するのはいかがかと思うが。技術は全否定しているわけではないということも了解していただきたい。 その上でどう融合させていくかは、現在から10年、20年後の成功を目指すなら考えて下さい。ぼくは10年後には死んでます。だからもう努力する必要がないんです。が、みなさんがたは不幸にしてまだお若い。不幸にしてあと50年は生きたい。できたら男性も女性も、いい愛人が欲しいと思っているなら、獲得しに行かないといけないんです。 問題なのは、獲得するためのそのための欲望をどう充足させるか。自分の欲望を素直に見つめないで、迂回路をとってきれいなもの、かわいいだけのものを触っていたらクリ

    「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る
  • 「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る

    と言っては身も蓋もないので、少しトークの場にふさわしい言い方をすると、要点としては毎日コツコツやるしかないのだけれど、「独自性」の考え方の問題もある。 みんな「私が好きなものは固有なもの」と言うかもしれない。確かにそうだが、重要なのはそれがビジネスになるかどうか、お金もうけの原資になるかどうかを考えなきゃいけない。そういう機能を持ったキャラクターや作品はどういったものかというと、基的にはそれは、よくできたものでしかない。 僕の作品の場合は半分以上はまぐれあたりだと思う。問題は、まぐれ当たりが当たった時にどう続けるかということが、そこで当のビジネスになってくる。死に物狂いでを前のコピーをえんえんとやっていくわけです。ただオリジナルがあるとコピーやっても他人から「えんえんコピーやってる」とののしられないわけで。 僕の場合は「ガンダム」という名前を付ければ全部逃げ切れるというめでたいところに

    「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る
  • 「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る (1/5) - ITmedia News

    「機動戦士ガンダム」の監督として知られる富野由悠季さんが10月27日、「東京コンテンツマーケット2008」(独立行政法人・中小企業基盤整備機構関東支部主催)のトークセッションに登場し、「プロフェッショナル・クリエイターの条件」というタイトルで自らの“プロ論”を披露した。 「自分流の言葉づかいしかできなくて当に申しわけない」と言いながら、集まったクリエイターに刺激的な言葉を投げかける富野さん。セッションは、コンテンツ関連のコンサルティングを手がけるQPRの清田智社長との対談形式だったが、事実上富野さんの独演会だった。 「コンテンツ」という言葉はおかしい セッションのタイトルは「プロフェッショナル・クリエイターの条件」ですが、これは無理やりつけたタイトル。ここにいる人(コンテンツマーケットの出展者など)はプロクリエイターの条件を満たしてますから。ぼくみたいなロボットアニメの専門家がぐだぐだ言

    「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る (1/5) - ITmedia News
  • ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)

    アニメという媒体の強み ――今のアニメスタジオはヒット作品を作らなければいけないのですが、小さな会社では中々リスクをとれないという現状があります。全体主義という話とも関連するのですが、これについてどう思いますか? 富野 (どういう作品がヒットするかという)問題に対して我々が回答を持っていないからこそ悪戦苦闘しているのであって、回答を持っていれば誰も何もやりませんし、勝手に暮らしていると思いますので、「成功する方法があったら教えてください」としか言えません。 僕が全体主義の言葉を持ち出した理由として、1つはっきりとした想定があります。「愚衆政治、多数決が正しいか」ということについては正しいとは言えない部分があるし、つまらない方向にいくだろうという部分もあります。来、ヒットするアートや作品というものは絶対に利益主義から生まれません。固有の才能を大事にしなければいけないのに、全体主義が才能をつ

    ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)
  • ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)

    のアニメの未来は ――日のアニメ業界では、韓国中国仕事をアウトソースするようになっています。日のアニメの黄金時代は終わり、未来のアニメは韓国中国が担い、日のアニメは衰退するのではないでしょうか? 富野 誠に申し訳ないのですが、アニメをほとんど見ていないので状況がまったく分かりません。おっしゃられているような意味はかすかに分かりはします。創作行為の流れとしては当然、日は今は衰退期だと思ってはいます。しかし、いつまでもそうであると思っていないという部分もあります。 この数年、文化庁メディア芸術祭の審査員もやりました。それから大学関係の学生の仕事やなども見せてもらっているので、その今の世代がどのようにアニメに向き合っているかという姿は多少承知しています。 質問の答えにはならないのですが、今アニメーションという媒体に関しては危険な領域に入っていると思います。どういうことかと言うと

    ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)
  • ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)

    ――ガンダムから始まり、『新世紀エヴァンゲリオン』や『マクロス』でもそうだと思うのですが、主人公が10代の男の子で、戦争に巻き込まれて、ある日突然ロボットか何かのなかに入って、ちょっと考えるだけで操作できるようになる。こういうヒーロー像が出てくる文化的背景はどこにあるのでしょうか? 富野 おもちゃ屋さんがスポンサーだからです(笑)。 でも、この言い方は半分は絶対的に正しいです。この絶対条件をのむためにどうするかと考えたわけです。「全長が18~20メートルの人型兵器が運用できる物語世界がどこにあるんだろうか」と考えた時に、重力下では絶対に動かないと想定されたので、宇宙戦争にすると決めました。 また、毎週新しい兵器、つまりモビルスーツが出てこなければいけない。毎週新型のモビルスーツが出てくるだけの経済力があるのは国家レベルでしかないということで宇宙戦争にしました。「地球と月までのスペースの中で

    ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)
  • ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)

    アニメ『機動戦士ガンダム』の監督として知られる富野由悠季氏が7月7日、東京・有楽町の日外国特派員協会に登場し、講演を行った。『機動戦士ガンダム』の放送30周年を機に招かれたもので、50人ほどの記者や一般参加者を前に、自らの半生や映画哲学などについて語った。 講演の内容を収録した前編に続いて、後編では質疑応答の模様をお伝えする。 →宮崎駿は作家であり、僕は作家でなかった――富野由悠季氏、アニメを語る(前編) ガンダムは“リアルロボットもの” ――今年でガンダムは30周年ということですが、なぜこんなに長く人気が続いたと思いますか? また、「ディズニー作品はストーリーが子どもだまし」とお話されましたが、ガンダムのストーリーはそれとどう違うのでしょうか? 富野 30周年まで人気が続いた理由がもし分かっていれば、こんなにジタバタしていません。僕は来年に向けての作品も作っているのですが、そういうのが

    ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)