十族
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 00:31 UTC 版)
明の方孝孺は、建文帝に重用された恩義から永楽帝の帝位を認めなかったため、面前で一族800人余りを処刑されたのち自身も処刑され、著作をすべて焼き捨てられた上に彼の門下生までも処刑・流罪となったとするが、疑わしい。この事件は「滅十族」と呼ばれたという。
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