円急騰の裏で始まった「米利下げのタイミング当てゲーム」

為替トレーダー。

為替市場の関係者もアメリカの利下げの可能性を実感し始めた雰囲気があることは、最近起きた重要な変化だ。

REUTERS/Issei Kato

為替市場は久々に目立った動きが見られ、6月3日午前には1ドル=108.15円と約4か月ぶりの円高水準となる場面もあった。

メキシコへの米追加関税で市場は動揺

米カリフォルニア州で、メキシコからの不法移民流入を防ぐ「国境の壁」のプロトタイプを見学するトランプ大統領。

米カリフォルニア州で、メキシコからの不法移民流入を防ぐ「国境の壁」のプロトタイプを見学するトランプ大統領。今回、通商合意が半ば成立していたはずのメキシコにまで追加関税の矛先が向いたことを受け、金融市場は大きく動揺している。

Reuters

5月30日、アメリカのトランプ大統領は不法移民の流入に伴う安全保障上の脅威を理由に、6月10日以降、メキシコからの全輸入品に5%の追加関税を課す意向を示した。メキシコ側が適切な対策をとるまで関税の引き上げを段階的に続けるという。

今回の措置については、トランプ政権の保護主義の象徴とも言えるライトハイザー米通商代表部(USTR)代表が反対した上、ムニューシン財務長官も金融市場の動揺を懸念し静止を試みたとされる。

あくまで「移民問題であって貿易問題ではない」(マルバニー大統領首席補佐官代行)とのことだが、そもそも「関税引き上げ」と「移民流入」の間に何の関係があるのか理解が難しく、対中貿易交渉と同様、着地点が見えづらい。

移民を理由にするくらいならば、世界で2番目に大きいメキシコの対米貿易黒字を(それでも今さらだが)批判した方が分かりやすかっただろう。

中国に加え、通商合意が半ば成立していたはずのメキシコにまで矛先が向いたことを受けて、金融市場は大きく動揺している。

「2017年9月」との違いは?

ミサイル発射実験を見守る金正恩朝鮮労働党委員長。

ミサイル発射実験を見守る金正恩朝鮮労働党委員長。円高が進んだ2017年9月は、北朝鮮のミサイル実験による「地政学リスク」を理由とする、「リスクオフ(リスク回避)の円買い」が試されていた。経済・金融情勢の変化を受けた動きではなかった。

KCNA via REUTERS

米10年金利は一時2.11%台と2017年9月以来の水準まで落ち込んだ。これはアメリカの政策金利である「FF金利」の誘導目標が今の半分(1.25%)だったころにつけていた水準であり、かなり遠いところまで連れてこられた印象である。

2017年9月につけていたドル/円相場の最安値は107.33円であり、これは年初来安値だった。この時の日米10年金利差は月平均で見て2.2%ポイント弱であった。現時点の10年金利差はこれと肉薄しており、金利・為替の水準だけ見れば当時と比肩するものになっている。

だが、2017年9月当時は現在のように米経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を懸念して米金利が低下していたわけではなく、北朝鮮のミサイル実験を受け日本ではJアラートの運用がたびたびなされていた時期であった。いわゆる「地政学リスク」を理由とする「リスクオフ(リスク回避)の円買い」が試されていた時期であり、経済・金融情勢の変化を受けた動きではなかった。

2017年9月以降の米金利動向を振り返ると、確かに一時的な急低下を迫られているものの、その後すぐに水準を戻し、翌年には年4回の利上げを成し遂げる展開につながっていく。金利・為替の水準は今と類似していても、米経済・金融情勢を取り巻くモメンタム(勢い)は今と全く異なる。

アメリカの利上げは「終点」に

【図表1】

【図表1】

【図表1】を見ても分かるように、2017年9月はFF金利、2年、10年といった3つの主要な米金利が上向きであった。

しかし、筆者は「利上げの終点」としての中立金利の横ばいないし低下傾向を重視し、「米金利の頭打ちは近く、これに応じてドル売りが強まる」という論点を過去2年間のシナリオで重く見てきた。

実際、「利上げの終点が米10年金利上昇の終点」との経験則は今回もきれいにはまった格好であり、問題意識はおおむね正しかったと考えている。

2017年9月以降、米連邦公開市場委員会(FOMC)は中立金利(いわゆる「利上げの終点」予想)について2.75%という水準で意見集約を進めることが多かった。これは「2.25~2.50%」で利上げを諦めることになった現状とほぼ平仄(ひょうそく)が合うものである。

しかし、為替市場の動きは米金利の動きに対して鈍かった。これはユーロ圏と日本の金利環境が悲惨過ぎることもあって、「低下しても米金利の絶対水準が高いのでドルが売られない」という事情が強く作用した、というのが筆者の仮説である。

債券市場では米利下げ確率「96%」

トレーダー。

すでに市場参加者は「米連邦準備制度理事会(FRB)はどこまで現状維持を続けられるのか」という関心を抱き始めており、「アメリカの利下げのタイミングを当てるゲーム」が本格化しそうだ。

REUTERS/Brendan McDermid

依然、米金利の水準は日欧に比べれば高いが、すでに市場参加者は「米連邦準備制度理事会(FRB)はどこまで現状維持を続けられるのか」という関心を抱き始めており、端的には「アメリカの利下げのタイミングを当てるゲーム」が本格化してきそうな雰囲気がある。

今回の対メキシコ追加関税に関する報道を受けて、債券市場ではもともと70%以上だったアメリカの年内の利下げ確率が96%まで上昇しており、「我関せず」の雰囲気にあった為替市場も利下げの可能性を無視しきれなくなっているのが現状と考えられる。

本当に利下げに至るかどうかは別にして、為替市場もその可能性を実感し始めた雰囲気があることは重要な変化であり、少なくとも年4回の利上げを展望していた2018年の今ごろとは世界が変わってしまったと言わざるを得ない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。



唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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