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芸予汽船

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
芸予汽船株式会社
今治港に停泊する快速船「つばめ」
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
794-0013
愛媛県今治市片原町1丁目100番地3
設立 1987年昭和62年)7月21日
業種 海運業
法人番号 8500001011517 ウィキデータを編集
事業内容 定期旅客船の運航
資本金 3,000万円
主要株主 愛媛汽船
今治市
尾道市
上島町
外部リンク https://geiyokisen.com
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芸予汽船株式会社(げいよきせん)は、愛媛県今治~土生(因島)を結ぶフェリー快速船を運航する会社。

概要

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伯方・大島大橋開通前年の1987年昭和62年)に、それまで航路を運航してきた愛媛汽船・因島汽船、周辺地方自治体の出資により芸予観光フェリー株式会社が設立された。

1988年(昭和63年)、撤退する愛媛汽船と因島汽船から航路を継承、今治~友浦(大島)~木浦(伯方島)〜岩城佐島弓削生名土生のフェリー航路と、今治~早川(大島)~熊口(伯方島)~瀬戸(大三島)の快速船の運航を開始した。

1999年(平成11年)にしまなみ海道が全通し、今治~瀬戸の快速船航路を廃止、今治高速船が運航していた高速船航路の因島以南を快速船で代替・継承する一方、従来のフェリー便は大幅に縮小された。

この間、開業当初は業績が上向き、3年後の1991年平成3年)には旅客が33万人、車が8万8000台とピークに達するなど順調に推移していたが、しまなみ海道の開通以降は利用客が落ち込み、特にフェリーの航送車両は1万8000台とピーク時の2割に激減した[1]

さらに原油高も加わり、2006年5月1日から今治〜木浦間でのフェリーの運航を廃止。2008年5月末には残る木浦〜土生間のフェリー航路も廃止した[2]

2009年6月1日芸予汽船株式会社へ社名変更。現在は快速船のみを運航している。

航路

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現在の航路

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  • 快速船
今治 - 友浦(大島) - 木浦(伯方島) - 岩城 - 佐島 - 弓削 - 生名 - 土生
距離37.2km

廃止された航路

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  • フェリー
今治 - 友浦 - 木浦 - 岩城 - 佐島 - 弓削 - 生名 - 土生
2006年(平成18年)5月1日今治 - 友浦 - 木浦廃止。
2008年(平成20年)6月1日木浦 - 岩城 - 佐島 - 弓削 - 生名 - 土生廃止。
  • 快速船
今治 - 早川 - 熊口 - 瀬戸
継承以前はフェリーと高速船(今治高速船)が運航されていた。
距離20.5km
1999年(平成11年)5月2日廃止。

就航船

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現在の就航船

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  • 第一ちどり(快速船)
49総トン、旅客定員97名、主機出力1,632ps、航海速力21.8ノット[3][4]
  • つばめ(快速船)
50総トン、旅客定員97名、航海速力21.8ノット[3]
  • 第十一かもめ(快速船)[5]
1992年7月竣工、三保造船所建造、39総トン、登録長20.41m、型幅4.65m、型深さ1.99m。もと今治高速船。予備船。

過去の就航船

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  • ニューはなぐり(快速船)[5]
1988年1月竣工、三保造船所建造、35総トン、登録長19.21m、型幅4.65m、型深さ1.85m。今治~瀬戸航路の快速船。航路廃止で引退。
  • 第二ちどり(快速船)
49総トン、旅客定員97名、主機出力1.632ps、航海速力22ノット[4]、第一ちどりの同型船。
  • 第十愛媛(フェリー)[6]
1977年8月就航、松浦鉄工造船所建造、197.83総トン、全長35.00m、型幅8.30m、型深さ2.90m、主機出力850ps、航海速力11.5ノット、旅客定員90名、8tトラック4台、乗用車2台。愛媛汽船から現物出資。引退後、江崎海陸運送に売船、貨物フェリー「フェリー第八江崎」に改造[7]
  • 第十二はぶ丸(フェリー)[6]
1978年1月就航、川本造船所建造、203.10総トン、全長38.50m、型幅8.60m、型深さ3.00m、主機出力800ps、航海速力11.0ノット、旅客定員162名、乗用車30台、因島汽船から現物出資、1994年日本船舶明細書より削除[8]
  • 第三愛媛(フェリー)[6]
1980年12月就航、中谷造船建造、269.99総トン、全長42.55m、型幅9.10m、型深さ3.09m、主機出力950ps、航海速力11.3ノット、旅客定員155名、乗用車30台、愛媛汽船から現物出資、2000年海外売船[8]
  • 第二愛媛(フェリー)[6]
1981年11月就航、神原造船建造、274.47総トン、全長42.20m、型幅9.10m、型深さ3.09m、主機出力950ps、航海速力11.3ノット、旅客定員250名、乗用車30台、愛媛汽船から現物出資、2001年日本船舶明細書より削除[8]
  • 第十五はぶ丸(フェリー)[6]
1982年2月就航、川本造船所建造、200.61総トン、全長40.80m、型幅8.60m、型深さ2.99m、主機出力900ps、航海速力11.3ノット、旅客定員172名、乗用車30台、因島汽船から現物出資、2000年売船[8]
  • 第五愛媛(フェリー)[9]
1990年7月竣工、同8月就航、内海造船田熊工場建造、253.00総トン、全長42.70m、型幅9.10m、型深さ3.10m、主機出力950ps、航海速力11.2ノット、旅客定員230名、8tトラック6台。
芸予観光フェリー時代に建造された唯一のフェリーで、1999年のフェリー便縮小後、廃止まではこの一隻で運航された。引退後、今治大島フェリーボートに売船。
  • 第七芸予(フェリー)[10]
1984年8月竣工、1994年6月就航(買船)、内海造船田熊工場建造、243総トン、旅客定員250名、トラック8台、主機出力950ps、航海速力11ノット、もと大三島フェリー第五おおみしま。1999年土生商船に売船[8]

脚注

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  1. ^ “芸予観光フェリー 存続に正念場”. 山陽日日新聞. (2008年7月10日). http://tabisanpo.com/MENU/sannichi2008/20080710b.htm 2014年5月17日閲覧。 
  2. ^ “芸予観光フェリー因島-伯方 5月末で廃航”. せとうちタイムズ. (2008年5月31日). http://0845.boo.jp/times/2008/05/31001602.php 2014年5月17日閲覧。 
  3. ^ a b [1] 船の紹介
  4. ^ a b フェリー・旅客船ガイド2006年春季号 p.265 日刊海事通信社 2006
  5. ^ a b 日本船舶明細書 1999Ⅱ (日本海運集会所 1998)
  6. ^ a b c d e 日本船舶明細書 1990 (日本海運集会所 1990)
  7. ^ 内航船舶明細書 1993 (日本海運集会所 1992)
  8. ^ a b c d e 世界の艦船別冊 日本のカーフェリー -その揺籃から今日まで- pp.225-226 海人社 2009
  9. ^ 日本船舶明細書 1993 (日本海運集会所 1992)
  10. ^ 日本船舶明細書 1997 (日本海運集会所 1996)

関連項目

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外部リンク

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