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禰寝清方

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
禰寝清方
時代 江戸時代中期
生誕 正徳3年11月22日1714年1月8日
死没 享保19年2月20日1734年3月24日
改名 徳慈、清方
別名 内記(通称)
主君 島津継豊
薩摩藩
氏族 禰寝氏
父母 禰寝清純禰寝清雄
清香
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禰寝 清方(ねじめ きよかた)は、江戸時代中期の薩摩藩士。通称は内記。吉利郷私領主の禰寝家当主。

生涯

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正徳3年(1713年)11月22日、禰寝清純の子として鹿児島にて誕生。母は禰寝清雄の娘。幼名は徳慈。

享保3年(1718年)、4代藩主・島津吉貴の清純邸御成の際に御目見する。享保9年(1724年)、父の死去により家督を相続する。享保16年(1731年)、四番組頭、番頭役となる。享保18年(1733年)、5代藩主・島津継豊の帰国許可の答礼使を務め、江戸に出府して江戸城で8代将軍・徳川吉宗、世子徳川家重に拝謁する。

享保19年(1734年)2月20日、疱瘡により病死する。享年22。家督は祖父清雄の外孫・清香島津久春の次男)が相続した。

参考文献

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