百済 清生(くだら の きよなり、生没年不詳)は、平安時代前期の官人。氏姓は飛鳥戸(飛鳥部)造のち百済宿禰。
貞観5年(863年)10月、内豎正六位上で飛鳥戸有雄らとともに百済宿禰に改賜姓される[1][2]。他の事績は不明。
『日本三代実録』による。