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無効試合

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

無効試合(むこうじあい)は、スポーツの試合中に選手が何らかのルール違反を起こした場合、または何らかの原因で試合続行不能になった場合に適用されることがある措置である。

その試合中の全ての記録はなされないものとして扱われる。ただし、格闘技などで無効試合の当事者となった選手の戦績にはNC(No Contest:ノー・コンテスト)として記録される。

概要

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大きく分けて、進行中の試合を審判員その他立会人の判断で打ち切る場合と、一度決着ついた過去の試合について統括組織の判断で勝敗を取り消す場合がある。

プロレスにおいては、第三者の乱入やレフェリーの負傷によって試合が収拾不能に陥った場合がほとんどであるが、ごくまれに試合が真剣になり過ぎる状態になったがために無効試合が宣告される場合がある(俗称で言う所の「ガチンコ」である。主なものとしては1986年4月29日前田日明 対 アンドレ・ザ・ジャイアント戦など)。

ボクシング総合格闘技などでは誤審や運営面の不手際、ドーピングなどの違反行為が発覚したり、公正な試合運営が不能な状況に陥った場合に無効試合の裁定が下される。一方で、偶然のバッティングで規定ラウンドより前に試合が停止した場合にも公式ルール上は無効試合とする団体もあるが、ボクシングでは無判定(No Decision)と呼ばれ、国際ボクシング連盟(IBF)を除き無効試合とは異なる扱いになる(日本国内では引き分け扱い)。また、総合格闘技では計量失格となった選手が勝利した場合に無効試合扱いとする団体が多い。

エキシビションを無効試合扱いで戦績に含める場合もある。

なお、タイトルマッチが無効試合となった場合は王者の防衛となるが防衛回数には数えられない。一方、無効試合となった要因が王者側にある場合は王座剥奪に至ることもある。全日本女子プロレスの主要タイトルを認定するWWWAルールでは、王者の反則負けは無効試合扱いにして王座剥奪(協会預かり)にしていた。

格闘技以外でも、何らかの理由によって公正な試合運営が不能な状況となった場合は無効試合にされることがある。サッカーの場合だと、記録・勝ち点を無効とする処置が行われる。

無効試合となった主な試合と選手

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ボクシング・格闘技以外の無効試合も含める。

  • 2024年4月20日、ニューヨークのバークレイズ・センターで行われたデヴィン・ヘイニーライアン・ガルシアによるWBC世界スーパーライト級タイトルマッチは、ガルシアが番狂わせとなる12回2-0(112-112、114-110、115-109)の判定勝ちを収めた(なお、前日計量でガルシアはスーパーライト級の規定体重を3.2ポンド(約1.4kg)の体重超過となる143.2ポンドで計量失格となり王座獲得の資格を剥奪されたため、試合結果を受けヘイニーは当初保持していた王座は空位となるはずだったが、WBC会長のマウリシオ・スライマンはヘイニーが王座を引き続き保持すると発表した)。しかし2024年5月1日、VADA(ボランティア・アンチ・ドーピング協会)が前日計量後と試合直後に2回実施した薬物検査で、ガルシアから採取された尿のAサンプルから2回ともパフォーマンス向上薬の一種であるオスタリンの陽性反応が検出され、22日後の同年5月23日にもAサンプルに続きBサンプルからも同様にオスタリンの陽性反応が検出されたと報道された。そして2024年6月20日、ガルシアの勝利を取り消して無効試合に変更とし、併せてガルシアに対して1年間の試合出場停止と契約書に記載されたPPVボーナスを除いたファイトマネー120万ドル(約1億9000万円)の全額没収、1万ドル(約150万円)の制裁金といった処分を科した。
  • 2023年12月9日、アラブ首長国連邦ドバイのアガンダ・アリーナで行われたエフゲニー・ティシェンコとレオン・ハーツによるWBA世界スーパークルーザー級初代王座決定戦は、ティシェンコが6回2分45秒KO勝ちを収め王座を獲得した。しかし2024年3月30日、試合を管轄したドバイの中東プロボクシング委員会が試合後の薬物検査でティシェンコから2-アミノ-5-メチルヘキサンの陽性反応が検出されたことをWBAに報告、同年4月5日に提出したBサンプルにも同様の禁止物質の陽性反応が検出されたため、5月22日付でWBAは試合結果を無効試合に変更した上でティシェンコに王座認定取り消しの措置を、中東プロボクシング委員会はティシェンコに1年間の出場停止処分をそれぞれ下した。
  • 2023年6月24日RIZIN.43において木村"フィリップ"ミノルがロクク・ダリとキックボクシングルールで対戦、木村が1回KO勝ちを収めたが、WADA基準のドーピング検査で陽性となり筋肉増強剤の使用が判明、木村が半年前から筋肉増強剤を使用していたことを2023年9月2日に行われたRIZINの記者会見で表明、同日付で無効試合に変更した上で木村は罰金処分と半年間の出場停止処分を受けた。また後日、木村が出場した2022年12月28日の巌流島と2023年3月5日のKNOCK OUTの2試合についても無効試合に変更された。
  • AFCチャンピオンズリーグ2020にて、新型コロナウイルス感染症の影響で数クラブが大会への参加を辞退したため、一部の試合が無効試合として扱われた。
  • 2016年3月5日グロズヌイアフマド・アレーナで行われたWBA世界ヘビー級タイトルマッチは挑戦者のルーカス・ブラウンが王者のルスラン・チャガエフに10回2分2秒TKO勝ちを収めオーストラリア初のヘビー級王者となった。しかし試合後にVADAが実施した薬物検査でクレンブテロールに対する陽性反応が出た。さらに5月12日にブラウンの予備検体でもクレンブテロールの陽性反応が検出されたことで、WBAはブラウンからWBA世界ヘビー級王座を剥奪し6か月間の出場停止処分を科した[1]。さらに5月21日、WBA会長のヒルベルト・ヘスス・メンドーサが「WBAのドーピング規定に則り同年3月5日に行われたルスラン・チャガエフ対ルーカス・ブラウン戦の試合結果は無効試合とします。敗者となっていたチャガエフは試合前の地位であるWBA世界ヘビー級王者に復帰することとなります。」と述べ、チャガエフ対ブラウン戦の試合結果はブラウンの10回2分2秒TKO勝ちから無効試合に変更となり、2016年6月8日に発表された2016年5月度ランキングでWBA世界ヘビー級王座はチャガエフに正式に返還されたことが確認された[2]
  • 2015年5月1日ネバダ州ラスベガスで行われた粟生隆寛レイムンド・ベルトランは、ベルトランが2回1分29秒TKOで勝利(当初この試合はWBO世界ライト級王座決定戦として予定されていたが、前日計量でベルトランに体重超過があったため粟生が勝利した場合のみ王座獲得とされており、この結果を受け王座は引き続き空位となった)。しかし、ネバダ州アスレチック・コミッションが実施した薬物検査で違反薬物のスタノゾロールに対する陽性反応が出た為、8月13日のコミッション発表よりベルトランの勝利を取り消して無効試合とし、併せてベルトランに対してファイトマネーの30%にあたる罰金2万5千500ドルと9か月間の出場停止処分が科せられた。
  • 2015年2月22日スターダム後楽園大会メインイベントのワールド・オブ・スターダム王座タイトルマッチにおいて、挑戦者の安川惡斗が王者の世IV虎に対してパンチを繰り出したことからノーガードの殴り合いに発展し、激昂した世IV虎が安川の顔面に執拗にパンチを見舞う一方的な展開となり7分45秒に安川側セコンドの木村響子和田京平レフェリーの求めに応じてタオルを投入したことでTKOで世IV虎の防衛となった。だが、流血してもなおマウントを取り攻撃を加えるという世IV虎の常軌を逸した行為およびタイトルマッチにもかかわらず一切の組み合い・技の出し合いすらないままに試合が終わるというプロレスらしからぬ決着に批判が続出した。安川は頬骨骨折などの重傷を負ったこともあり、2月25日に世IV虎の勝利を取り消しての無効試合と世IV虎の王座剥奪が発表された。
  • 2014年1月3日IBF世界スーパーフェザー級タイトルマッチは、挑戦者ランセス・バルテレミーが王者アルヘニス・メンデスを2回KOで破ったが、フィニッシュブローがラウンド終了後にヒットしたため、メンデス側が猛抗議。ビデオ判定の結果、ミネソタ州アスレチックコミッションは1月30日に「バルテレミーのパンチは2ラウンド終了ゴング後」と発表し、無効試合に改めた[3]
  • 2013年5月17日モスクワ州クラスノゴルスク市で行われたWBA世界クルーザー級王座統一戦は休養王者ギレルモ・ジョーンズが正規王者のデニス・レベデフに11回2分4秒KO勝ちを収め王座統一に成功し正規復帰を果たしたのだが、試合後にジョーンズから禁止薬物のフロセミドに対する陽性反応を示したため同年10月18日にジョーンズから王座を剥奪しレベデフに王座を差し戻す判断がなされ、2年後の2015年6月11日に公式記録がジョーンズの勝利から無効試合に変更となった[4]
  • 2010年6月20日SRC13大澤茂樹VS戸井田カツヤ戦において、戸井田の蹴りが大澤の股間に当たりローブローとなり、戸井田の反則負けとなっていたが、戸井田が不服として提訴した。協議の結果、股間に当たっていたかどうかの判断が難しいため無効試合となった。
  • 2010年6月5日ハワイ州ブレーズデル・アリーナで行われたX-1 WORLD EVENTS石井慧VSマイルス・ティナナス戦で石井は1回反則負けを喫したが、石井がダウンを奪っており、その後はレフェリーの動きや判断を考慮した上で無効試合となった。
  • 2009年7月9日オーストラリアシドニーで行われたWBOアジア太平洋フェザー級暫定王座決定戦の山口賢一VSビリー・ディブ戦で山口は1回TKO負けを喫したが、ディブの2度のダウンのうち1度目をスリップと判断され、逆に山口がスリップ気味にダウンしたところを加撃されたのに反則を取らずレフリーストップとなった。このため山口陣営は試合直後に猛抗議し、8月4日にビデオ判定の結果、無効試合となった。
  • UEFA EURO 2008予選で、アルメニアアゼルバイジャンが政治的・治安上の理由から行われないこととなった。勝ち点の付与はなく、無効試合の1種といえる。
  • 2007年12月31日やれんのか! 大晦日! 2007三崎和雄に1RKO負けを喫した秋山成勲が試合後に「四点ポイント中に顔面を蹴られたからルール違反である」と抗議文を提出した。秋山側の抗議が認められる形で2008年1月22日に無効試合となった。
  • 2007年12月15日メキシコカンクンにて行われたWBC世界フェザー級王座挑戦者決定戦の松田直樹VSルディ・ロペス戦が、一時的に松田の8回TKO勝利と発表されたものが、規定どおりならば負傷判定に至るものであったことがわかり無効試合となった。
  • 2007年9月8日、メキシコで行われたアマチュアボクシング大会グアンテス・デ・オロバンタム級少年の部の3回戦に出場した亀田和毅が現地の13歳ギゼルモ・トレロに判定1-2で敗れたが、試合後に判定を不服とした亀田サイドが猛抗議し、一転して無効試合となった。アマチュアでこのような措置が行われるのは極めて異例である。
  • 2006年12月31日K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!桜庭和志と対戦した秋山成勲がスキンクリームを全身に塗布するルール違反を犯した。桜庭サイドの猛抗議により、試合後秋山は失格とファイトマネーの全額没収となった。
  • 2006年11月4日、ラスベガスマンダレイベイ・イベントセンターで行われたIBF世界フェザー級タイトルマッチのロバート・ゲレーロVSオルランド・サリド戦、3-0の判定勝ちでサリドが王座を奪取したが、試合後のドーピング検査で陽性反応が出たため無効試合となり王座剥奪に至った。
  • 2006年10月23日、「XFS II」で坂井澄江エイミー・デイビスからタップを奪い勝利したが、タイムキーパーのミスがあったため無効試合となった。
  • 2005年12月31日K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!において、ヒース・ヒーリングがゴング前に中尾芳広を殴り反則負けとなったが、後に挑発行為を行った中尾芳広にも原因があるとし両者失格の無効試合となった。
  • 2003年12月31日K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!で行われたアレクセイ・イグナショフVS中邑真輔戦は、レフリーストップによりイグナショフの3回KO勝ちと宣告されたが、中邑はダウン後に立ち上がっていたなどを理由に大会後に中邑及び上井文彦新日本プロレス執行役員が猛抗議した。協議の結果、無効試合となりその後K-1 ROMANEXで再戦が行われ中邑が勝利した。
  • 2001年3月17日、「K-1 GRADIATORS 2001」で行われたジェロム・レ・バンナVSマイク・ベルナルド戦で、ベルナルドが1回KO勝ちしたが、大歓声で1R終了のゴングが聞こえなかったこと、さらにKOしたパンチがゴング後であったとして後日無効試合となった。
  • 1995年12月9日、IBF世界ヘビー級王座決定戦でフランソワ・ボタアクセル・シュルツに12回判定で勝利し王座を獲得したが、試合後の尿検査でボタのドーピング反応が出たため、当事者のボタは王座剥奪と罰金5万ドルの処罰を受けた。
  • 1986年4月29日新日本プロレスにおける前田日明VSアンドレ・ザ・ジャイアント戦で不穏なムードの中、アンドレが唐突に前田の怪我を狙った「プロレスの限度を超えた」攻撃を仕掛ける。これに対し前田も膝を狙ったローキックで応戦し完全にガチンコでの応酬となり、最終的には無効試合の裁定となった。
  • 1972年11月27日国際プロレス愛知県体育館大会にて日本初の金網タッグデスマッチとして、WWA世界タッグ王座戦ディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーVSストロング小林&グレート草津が行われたが、ルールを完全には理解できていなかった外国人組が日本人組とレフェリーの阿部脩をノックアウトし、サブレフェリーの前溝隆男にも暴行を加えた上で金網の出入口から脱出する暴挙を働き、無効試合となったが、これに納得がいかない観客の暴動に発展した。
  • 1968年10月25日、WBA・WBC世界ミドル級タイトルマッチのサンドロ・マジンギVSフレディ・リトル戦で、マジンギが劣勢にあった8回にレフェリーが突如無効試合を宣告した。これはその後「地元判定」(ホームタウンディシジョン)と判断され、マジンギは王座を剥奪された。
  • 1947年4月18日、ニューヨーク州聖ニコラスアリーナでマリオ・ラモンVSボビー・ウィリアムズの4回戦にて1回途中でレフェリーのベニー・レナードが心臓発作で倒れ死亡したため、無効試合となった。

脚注

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関連項目

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