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森島康仁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
森島 康仁
名前
愛称 デカ、デカモリシ、ブタモリシ、ニクマムシ、モリモリ、やすひとさま
カタカナ モリシマ ヤスヒト
ラテン文字 MORISHIMA Yasuhito
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-09-18) 1987年9月18日(37歳)
出身地 兵庫県神戸市[1]
身長 188cm[1]
体重 88kg
選手情報
ポジション FW (CF)(ST)(WG)
利き足 右足
ユース
2000-2002 日本の旗 セレッソ大阪U-15
2003-2005 日本の旗 滝川第二高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2008 日本の旗 セレッソ大阪 44 (7)
2008 日本の旗 大分トリニータ (loan) 15 (2)
2009-2013 日本の旗 大分トリニータ 136 (35)
2014-2015 日本の旗 川崎フロンターレ 12 (2)
2015 日本の旗 ジュビロ磐田 (loan) 26 (3)
2016 日本の旗 ジュビロ磐田 15 (1)
2017 日本の旗 テゲバジャーロ宮崎 17 (19)
2018 日本の旗 栃木ウーヴァFC 18 (17)
2019-2021 日本の旗 藤枝MYFC 62 (21)
通算 345 (107)
代表歴
2007  日本 U-20 3 (2)
2008 日本の旗 日本 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

森島 康仁(もりしま やすひと、1987年9月18日 - )は、兵庫県出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード

経歴

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三浦知良の影響で幼稚園のときにサッカーを始め[2]、当時からポジションはフォワードだった[2]。中学生時代にはセレッソ大阪のジュニアユースに所属。滝川二高3年次の2005年にセレッソ大阪の特別指定選手となり[3]、2同年12月に翌シーズンからの同クラブ加入内定が発表された[4]

プロ入り初年度の2006年シーズンは、9月23日のJ1第23節アビスパ福岡戦にてJリーグ公式戦に初出場。1年目は2試合の出場にとどまったが、2007年は同年途中にC大阪の監督に就任したレヴィー・クルピにスタメンに抜擢され、J2リーグ戦33試合に出場して6得点を記録。2007年のAFC年間最優秀ユースプレイヤーにノミネートされた[5]

2008年は試合出場機会が減少したため、7月に出場機会を求めて大分トリニータに期限付き移籍[6]。大分では8月16日のアルビレックス新潟戦にてJ1初先発および初ゴールを経験した[7]同年のヤマザキナビスコカップに優勝。2009年シーズンから大分に完全移籍[8]。その際大分がC大阪に支払う多額の移籍金が発生し、図らずもこのシーズン中に発覚する大分の財政危機の一つの原因を作ってしまった[9]。翌2010年までは不調の時期が続き、本人によると「ポストに『死ね』『出ていけ』とか書かれ」、転居をすることになったという[10]

2011年に大分の監督に田坂和昭が就任すると生活態度などを改め、心機一転した結果リーグ戦11ゴールと初の2桁得点を達成した。2012年はリーグ戦14得点と前年を上回るゴールを決め、J1昇格プレーオフ準決勝・京都サンガF.C.戦では自身初の1試合4得点を記録[11]。決勝・ジェフユナイテッド千葉戦では林丈統の決勝点をアシストする[10] など大分のPO優勝及び4年振りのJ1昇格に貢献した。2013年シーズンは公式戦11ゴールで3年連続でチーム内得点王となる成績を残したが、スタメンの座を森島と同じくCFをメインポジションとする高松大樹に奪われる形となり途中出場が多かった。

2014年は大分のJ2降格に伴い、川崎フロンターレに完全移籍[12]。川崎では、自身初となるAFCチャンピオンズリーグに出場したが、大久保嘉人からスタメンを奪えずリーグ戦12試合2得点で終えた。

2014年12月29日、翌年よりジュビロ磐田期限付き移籍することが発表された[13]。開幕戦からジェイの控えでベンチになることが多かったが、ジェイが怪我で出場できない場合はスタメンで出場した。試合には出場するものの得点が奪えず5月に入ってからは3試合連続メンバー外を経験したが、5月31日に行われた徳島ヴォルティス戦で移籍後初ゴールを挙げた[14]。その後も、ジェイと川崎時代のチームメイトの大久保の名前を出し「俺は2人にはなれない。チームのためにプレーする」と語り[15]、ジェイの控えではあったが大事な長崎戦などで得点し[16]、2015年シーズンは26試合で3ゴールを挙げ、ジュビロの3年ぶりのJ1復帰に貢献した。同年12月26日に完全移籍する事が発表された[17]

2016年シーズンもジェイの控えでなかなか試合に出場する事が出来なかったり、怪我の影響もありリーグ戦15試合1得点でシーズンを終えた。同年11月10日に契約満了により退団する事が発表された[18]

2017年3月3日、九州サッカーリーグテゲバジャーロ宮崎移籍が発表された[19]。2017年シーズンの九州サッカーリーグで17試合19得点を挙げて、チームの九州リーグ初優勝に貢献[20]、森島はリーグ得点王とMVPを獲得した[21]。しかし、12月24日に契約満了により一年で退団する事が発表された[22]

2018年、関東サッカーリーグ栃木ウーヴァFCへ移籍[23]。栃木ではリーグ戦に18試合出場し、17得点を挙げてVONDS市原レナチーニョと共に得点ランク1位に輝いた[24]

2019年シーズンよりJ3藤枝MYFCに完全移籍加入[25]。4月には4試合で3得点を記録しチームの首位浮上に貢献。同月度の月間MVPを受賞した[26]

2021年11月18日、2021年シーズン限りで現役を引退することが発表された[27]

2022年5月、UUUM所属のYouTubeチャンネルの「AJUNITED」に出演している。

日本代表

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2004年度の全国高校選手権における活躍により、2005年に2007 FIFA U-20ワールドカップ出場を目指す年代別日本代表に選出される[2]2006年のアジアユース選手権では3得点をあげ、日本の準優勝及び翌年のU-20ワールドカップ出場権獲得に貢献した[2]。2007年6月から7月にかけて開催されたU-20ワールドカップでも2得点を記録しチームのベスト16入りに貢献。

その後北京オリンピックのアジア予選を戦うu22日本代表に招集されていたものの本大会のメンバーに入ることはできなかった。

2008年9月にはUAE戦と2010 FIFAワールドカップ・アジア予選ウズベキスタン戦に臨む日本代表に初選出されたが[28]、出場機会はなかった。

人物

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父の清司はPL学園高校を経てデュプロ硬式野球部で投手としてプレーしたアマチュア野球選手だった[29]

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006 C大阪 25 J1 2 0 0 0 0 0 2 0
2007 20 J2 33 6 - 2 2 35 8
2008 9 1 - - 9 1
大分 9 J1 15 2 4 0 1 0 20 2
2009 9 1 1 0 1 0 11 1
2010 J2 25 2 - 1 0 26 2
2011 20 35 11 - 2 0 37 11
2012 37 14 - 0 0 37 14
2013 J1 30 7 5 1 3 3 38 11
2014 川崎 9 12 2 2 0 2 1 16 3
2015 磐田 20 J2 26 3 - 2 0 28 3
2016 J1 15 1 3 0 2 1 20 2
2017 宮崎 31 九州 17 19 - - 17 19
2018 栃木U 20 関東1部 18 17 - - 18 17
2019 藤枝 J3 32 16 - - 32 16
2020 26 5 - 0 0 26 5
2021 4 0 - - 4 0
通算 日本 J1 83 13 15 1 9 5 107 19
日本 J2 165 37 - 7 2 172 39
日本 J3 62 21 - 0 0 62 21
日本 九州 17 19 - - 17 19
日本 関東1部 18 17 - - 18 17
総通算 345 107 15 1 16 7 376 115
  • 2005年 特別指定選手としての公式戦出場は無し
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2014 川崎 9 3 1
通算 AFC 3 1

その他の公式戦

タイトル

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クラブ

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大分トリニータ
テゲバジャーロ宮崎
栃木ウーヴァFC

個人

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  • J3リーグ月間MVP:1回(2019年4月)
  • 九州サッカーリーグ MVP:1回(2017年)
  • 九州サッカーリーグ 得点王:1回(2017年)
  • 関東サッカーリーグ 得点王:1回(2018年)
  • 関東サッカーリーグ ベストイレブン:1回(2018年)

代表歴

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脚注

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  1. ^ a b 川崎フロンターレプロフィール
  2. ^ a b c d F-スポット - ピックアッププレイヤー”. 川崎フロンターレ. 2018年7月20日閲覧。
  3. ^ 滝川第二高校 森島康仁選手特別指定選手承認のお知らせ』(プレスリリース)セレッソ大阪、2005年9月14日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000237912018年7月20日閲覧 
  4. ^ 滝川第二高等学校 森島 康仁選手加入内定のお知らせ』(プレスリリース)セレッソ大阪、2005年12月28日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000279342018年7月20日閲覧 
  5. ^ “ヤセル・アル・カフタニがアジア年間MVPに”. ゲキサカ. (2007年11月28日). https://web.gekisaka.jp/news/detail/?30543-11187-fl 2018年7月20日閲覧。 
  6. ^ 森島康仁選手 期限付き移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)大分トリニータ、2008年7月15日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000681412018年7月20日閲覧 
  7. ^ “デカモリシ1号で大分8戦負けなし/J1”. 日刊スポーツ. (2008年8月17日). https://www.nikkansports.com/soccer/news/p-sc-tp0-20080817-397483.html 2018年7月20日閲覧。 
  8. ^ 森島康仁選手 大分トリニータ 完全移籍のお知らせ』(プレスリリース)大分トリニータ、2009年1月16日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000765512018年7月20日閲覧 
  9. ^ 金谷元気 【コラム】引退も考えた『デカモリシ』と呼ばれた男・森島康仁の現在地 - ウェイバックマシン(2017年3月6日アーカイブ分) SOCCERNOW 2012.11.11付記事
  10. ^ a b 決勝アシストの森島はサポーターに感謝、「自分を再生させてくれた」 ゲキサカ(講談社) 2012年11月23日
  11. ^ “大分森島「楽しかった」/昇格PO”. 日刊スポーツ. (2012年11月18日). https://www.nikkansports.com/soccer/news/f-sc-tp1-20121118-1048628.html 2018年7月20日閲覧。 
  12. ^ 森島康仁選手加入のお知らせ 川崎フロンターレ公式HP 2014年1月5日
  13. ^ 森島康仁選手が期限付き移籍加入 ジュビロ磐田公式サイト 2014.12.29付ニュースリリース
  14. ^ 移籍後初ゴールも反省の磐田FW森島「あそこで喜んでしまった」 ゲキサカ 2015年5月31日
  15. ^ 磐田森島、ジェイに代わり先発へ 14日横浜FC戦 日刊スポーツ 2015年11月13日
  16. ^ 磐田、今季初4連勝 次節にも2年ぶりJ1復帰 日刊スポーツ 2015年11月19日
  17. ^ 森島 康仁選手が完全移籍加入 ジュビロ磐田公式サイト 2015年12月26日付ニュースリリース
  18. ^ 森島 康仁選手 契約満了のお知らせ ジュビロ磐田公式サイト 2016年11月10日付ニュースリリース
  19. ^ 森島 康仁選手 加入のお知らせ テゲバジャーロ宮崎 2017年3月3日
  20. ^ テゲバ初優勝、全国地域CL出場へ 九州サッカーリーグ 宮崎日日新聞 2017年9月19日
  21. ^ 第45回九州サッカーリーグ表彰式』(プレスリリース)テゲバジャーロ宮崎、2017年12月2日http://www.tegevajaro.com/news/results/13605.html2018年7月20日閲覧 
  22. ^ 森島康仁選手契約満了のお知らせ テゲバジャーロ宮崎 2017年12月24日
  23. ^ 森島 康仁選手 栃木ウーヴァFCへ完全移籍のお知らせ テゲバジャーロ宮崎 2018年1月22日
  24. ^ 関東サッカーリーグ - 2018年度試合結果”. 関東サッカーリーグ. 2019年4月22日閲覧。
  25. ^ 森島康仁選手 栃木シティフットボールクラブより完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)藤枝MYFC、2018年12月21日http://myfc.co.jp/news/20181221/26961/2018年12月21日閲覧 
  26. ^ J3受賞者 藤枝MYFC FW20森島 康仁”. 日本プロサッカーリーグ (2019年5月10日). 2019年5月10日閲覧。
  27. ^ 森島康仁選手 現役引退のお知らせ”. 藤枝MYFC (2021年11月18日). 2021年11月18日閲覧。
  28. ^ 日本代表KIRIN CHALLENG CUP 2008(10/9 UAE代表)・日本代表2010FIFAワールドカップ南アフリカアジア最終予選(10/15 ウズベキスタン代表)メンバーに大分トリニータ 森重真人選手・森島康仁選手 選出のお知らせ』(プレスリリース)大分トリニータ、2008年9月29日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000718242018年7月20日閲覧 
  29. ^ “五輪切符へサウジ戦切り札にFW森島”. 日刊スポーツ. (2007年11月20日). https://www.nikkansports.com/soccer/japan/p-sc-tp2-20071120-285439.html 2018年7月20日閲覧。 
  30. ^ AFCユース選手権大会2006(U-18)予選グループN(11/23〜27@熊本)U-18日本代表チームメンバー』(プレスリリース)日本サッカー協会、2005年11月22日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000264802018年7月20日閲覧 

関連項目

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外部リンク

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