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斉藤光雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

斉藤 光雄(さいとう みつお、1957年10月19日[1] - )は、兵庫県出身の元オートバイロードレース選手。1983年の全日本ロードレース選手権250ccクラスチャンピオン[2]

経歴

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全日本チャンピオン

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1979年、21歳でロードレースデビューすると同年のノービス250ccクラスでシリーズチャピオンを獲得[3]。1981年国際A級に昇格、金谷秀夫の「チームカナヤ」よりヤマハ・TZで250ccクラスに参戦しトップ選手となっていく。1983年の全日本250ccクラスでは3度の優勝、2位3回の成績を挙げてモリワキ樋渡治、チームの先輩毛利良一を破りシリーズチャンピオンを獲得した。シーズン終了後のインタビューでは、「来年は今年チャンピオンをとったマシンをヨーロッパへ持っていって、世界グランプリを4-5戦走ってみたいです。」と目標を語った[4]。しかし1984年は負傷のため半分ほどしか参戦できず、WGP遠征を実現できなかった[1]。1984年から250ccクラスにホンダが参入したことを機にHY(ホンダ対ヤマハ)ワークス対決が激しくなり[5]、斉藤を含む市販レーサーTZで戦うプライベーターはトップ争いに加わることが減少していくが、1985年9月8日に行われた全日本最終戦鈴鹿(日本GP)では久しぶりとなる優勝争いを展開し、テクニカルスポーツ関東のホンダ・RS250Rを駆るA級ルーキー・清水雅広や、翌年型TZ250の先行開発のため参戦したベテラン糟野雅治らと接戦を繰り広げ、2位表彰台を獲得した。

TT F1クラス参戦

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1986年、ワークスマシンが増加した250ccクラスから、市販車ベースの750ccマシンで争われるTT-F1クラスへと参戦カテゴリーを変更し、引き続きチームカナヤよりFZR750で全日本選手権シリーズに参戦。TT F1初年度でコンスタントに上位の成績を残しランキング5位を獲得[6]。以後F1クラスのトッププライベーターとして着実にポイント圏内の戦いを継続した。1988年の鈴鹿200kmレースでは、一時ワークス勢を抑えてトップを快走。最終結果でも3位表彰台に立つ[7]

鈴鹿8耐の鉄人

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1991年より、大阪のクレバーウルフ・レーシングチームから全日本に参戦。1994年の鈴鹿8時間耐久からは山本隆義とのベテラン・コンビを組んだ。鈴鹿8耐は2009年に大会記録更新となる23年連続出場となり、通算では27回参戦した[8]

レース戦歴

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全日本ロードレース選手権

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チーム マシン 区分 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1979年 神戸スーパースポーツレーシング ノービス 250cc TSU
1
TSU
1
SUZ
1
TSU
1
SUZ
1
SUG
1
TSU
1
SUZ
1位 75 (105)
1980年 チームカナヤ ヤマハ ジュニア 350cc TSU
3
SUZ
SUG
SUZ
TSU
SUZ
TSU
SUG
TSU
SUZ
17位 10
ヤマハ・TZ250 250cc - SUG
SUZ
TSU
- TSU
1
- - SUZ
1
2位 33
1981年 ヤマハ 国際A級 TSU
SUZ
TSU
SUZ
SUZ
TSU
SUG
SUZ
NC 0
1982年 ヤマハ・TZ250 250cc SUZ
3
TSU
SUZ
2
SUG
SUZ
3
TSU
5
TSU
SUG
SUZ
9
3位 43
1983年 ヤマハ・TZ250 TSU
2
SUZ
2
TSU
1
SUG
2
SUZ
1
TSU
1
SUG
SUZ
Ret
1位 81
1984年 ヤマハ・TZ250 TSU
2
SUG
SUZ
TSU
SUG
2
SUZ
1
TSU
SUG
SUZ
TSU
4
7位 67
1985年 ヤマハ・TZ250 TSU
Ret
SUZ
10
TSU
7
SUG
12
SUZ
7
TSU
12
SUG
10
TSU
C
SUG
11
SUZ
2
7位 63
1986年 ヤマハ・FZ750 TT F1 SUZ
7
SUG
4
SUZ
4
SUG
5
SUZ
5
TSU
Ret
TSU
Ret
SUG
5
SUZ
6
5位 76
1987年 ヤマハ・FZR750 TSU
TSU
4
SUG
6
SUZ
9
TSU
8
SUG
5
SUG
9
SUZ
10
TSU
4
6位 78
1988年 ヤマハ・FZR750 SUZ
7
SUZ
3
SUG
Ret
SUZ
7
SUG
6
TSU
7位 43
1989年 ヤマハ・FZR750 SUZ
Ret
SUZ
5
TSU
5
SUZ
Ret
SUG
8
SUZ
6
SUG
10
TSU
10位 46
1990年 ヤマハ・FZR750 SUZ
Ret
SUZ
8
SUZ
12
TSU
9
SUG
8
SUZ
11
SUG
Ret
TSU
11
10位 40
1991年 クレバーウルフレーシング ヤマハ・FZR750 SUZ
10
SUZ
Ret
SUG
14
SUZ
12
TSU
15
SUG
8
MIN
13
SUZ
9
SUG
7
TSU
12 位 40

鈴鹿8時間耐久ロードレース

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チーム ペアライダー 車番 マシン 予選順位 決勝順位 周回数
1979 神戸スーパースポーツ 多田喜代一 48 カワサキ・ 29位 18位 178
1985 チームカナヤ 田村圭二 92 ヤマハ・FZ750 22位 13位 185
1987 鈴木了 90 ヤマハ・FZ750 27位 8位 190
1988 チームカナヤ&テクノモーター 渡辺光昭 54 ヤマハ・FZR750 16位 10位 195
1989 チームカナヤ&SP忠男 永井康友 46 ヤマハ・FZR750R 12位 Ret 107
1990 チームカナヤ&クレバーウルフ 近藤靖典 48 ヤマハ・FZR750R 18位 36位 186
1991 クレバーウルフ・レーシングチーム 近藤靖典 34 ヤマハ・FZR750R 28位 25位 176
1992 近藤靖典 85 ヤマハ・FZR750R 27位 20位 196
1993 山本隆義 35 ヤマハ・YZF750R 35位 21位 195
1994 山本隆義 221 ヤマハ・YZF750R 33位 35位 164
1995 山本隆義 221 ヤマハ・YZF750 SP 34位 42位 177
1996 山本孝義 221 ヤマハ・YZF750 SP 26位 28位 200
1997 竹見升吾 38 ヤマハ・YZF750 SP 37位 32位 164
1998 竹見升吾 39 ヤマハ・YZF750 SP 33位 14位 202
1999 深見貴広 39 ヤマハ・YZF750 SP 41位 Ret 38
2000 深見貴広 39 ヤマハ・YZF-R7 24位 11位 204
2001 深見貴広
青柳幸広
29 ヤマハ・YZF-R7 34位 12位 206
2002 深見貴広 29 ヤマハ・YZF-R17 35位 14位 207
2003 深見貴広 29 ヤマハ・YZF-R17 26位 6位 206
2004 深見貴広 29 ヤマハ・YZF-R1 31位 NC 198
2005 深見貴広 248 ヤマハ・YZF-R1 55位 21位 188
2006 深見貴広 248 ヤマハ・YZF-R1 32位 Ret 75
2007 深見貴広 248 ヤマハ・YZF-R1 26位 59位 168
2008 深見貴広
南川耕蔵
221 ヤマハ・YZF-R1 38位 22位 198
2009 深見貴広
マガリー・ラングロス(FRA)
221 ヤマハ・YZF-R1 28位 22位 170
2016 アレックス・プロンカサニエ (FRA)
谷誠士郎
24 ヤマハ・YZF-R1 35位 26位 204
2017 クレバーウルフ & 3ART アレックス・プロンカサニエ (FRA)
アンソニー・ドス・サントス(FRA)
24 ヤマハ・YZF-R1 42位 28位 201

脚注

[編集]
  1. ^ a b 「Data File 250cc 斉藤光雄」『サイクルワールド11月号増刊 GRAND PRIX SCENE 1985』CBS・ソニー出版 1985年11月5日 185頁。
  2. ^ 歴代チャンピオン1983年国際A級250cc MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会
  3. ^ 全日本選手権歴代チャンピオンリスト1979年ノービス250cc MFJ.jp (PDF)
  4. ^ 1983ロードレース全記録・250斉藤光雄『ライディング No.163』MFJ 1984年1月1日 18頁。
  5. ^ 「1984をふり返って」『ライディングスポーツ YEAR BOOK1984-85』武集書房 1985年4月1日 76-77頁。
  6. ^ 「国際A級TT-F1 5位斉藤光雄」『サイクルワールド11月号増刊 GRAND PRIX SCENE 1986』CBS・ソニー出版 1986年11月20日 193頁。
  7. ^ 「トッププライベーター チームカナヤ 54.斉藤光雄」『FIM世界耐久選手権シリーズ第2戦 コカ・コーラ鈴鹿8時間耐久ロードレース公式プログラム』FIM/鈴鹿サーキットランド 1988年7月 54頁。
  8. ^ CWRライダー紹介・斉藤光雄 クレバーウルフ
タイトル
先代
福田照男
全日本選手権250cc チャンピオン
1983
次代
小林大