コンテンツにスキップ

放射能汚染対策

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
チェルノブイリ近郊の無人の町プリピャチ
1996年のチェルノブイリ周辺の汚染状況、濃赤:閉鎖区域、赤:常時管理区域、薄赤:定期管理区域
NNSAによる福島第一周辺の汚染状況 2011-3-17
NNSAによる福島第一周辺の一年間の被曝推定
人気のない浪江町 2011-4-12

原子力事故放射性物質を広範な地域に拡散し地域住民の健康に影響を与えかねない。放射能汚染から住民および災害復旧作業者などを守るために初期の汚染予測および引き続く地域の放射線量の実測やサンプル調査をもとに住民の避難・移住や食料・飲料水などの摂取制限を実施する必要が出てくる。災害復旧作業者については個人の健康に対するリスクと公衆や重要な社会資産(例えば発電所)の保護・保全とを考慮した被曝上限値の設定と、被曝環境下での作業における総被曝量の計測が必要になる。各国の行政機関では国際放射線防護委員会(ICRP)などの勧告に従い災害時の対応マニュアルを制定している。

過去の事故と教訓

[編集]

20世紀半ばから開発・運用の始まった核兵器原子力発電では過去何度か重大な事故を起こしてきた。事故が起きれば広範囲にわたる放射能汚染をおこし社会に甚大な被害を及ぼすため、事故を起こさない為の最大限の努力がされてきた。それが故に原発の安全神話が広まり事故が起きた際の対応の策定がなおざりにされてきた。しかし事故は起きており、また起きるであろう事故に対する体制を過去の教訓から学び準備する必要がある。

チェルノブイリ原発事故

[編集]
  • 事故の隠匿
  • 避難の遅れ
  • 復旧作業者の不十分な防護器具

福島原発事故

[編集]
  • 初期の汚染予測の失敗
  • 二転三転した避難地域指定
  • 不十分だった屋内退避住民への支援。
  • 事故に直面してからの被曝しきい値の変更
  • 災害復旧装備・装置・機器類の不備
  • 十分でなかった汚染地区の把握と農作物の管理
  • 重大事故を想定した住民の避難、救助、除染訓練

日本における体制

[編集]

住民の対汚染指針

[編集]

復旧作業者の被曝限度

[編集]

「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」では放射線業務従事者に係る平時および災害時の線量限度を以下のように規定している。

放射線業務従事者に係る線量限度
実効線量限度(mSv) 期間 μSv/時 対象
注5
等価線量限度 mSv
(組織荷重係数= )
備考
皮膚 (=0.01) 目の水晶体
(=0.05)
通常作業時
1注1 8か月注2 約0.17注3 妊婦 500
/年
150
/年
腹部表面の等価線量限度は2 mSv
電離放射線障害防止規則第5条および第6条
東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則第4条
参考(生殖腺の組織荷重係数=0.08 ICRP103勧告)
5 3ヶ月 10注4 20 mSv/年、100 mSv/5年、結果的に通期で妊娠していなかった場合
電離放射線障害防止規則第4条第2項および第5条
東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則第3条第2項
50 1年 25注4 単年で最大50 mSv、ただしその前後5年間で100 mSvを超えてはならない。平均20 mSv/年
電離放射線障害防止規則第4条第1項および第5条
東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則第3条第1項
100 5年 10注4
緊急災害復旧作業(民間の臨時復旧作業者も含む)
100 累計 33注6 1000 300 原子炉の冷却や放射性物質放出抑制設備の機能維持のための作業者
電離放射線障害防止規則第7条第2項
出典)日本原子力研究開発機構 「放射線業務従事者に係る線量限度」より 閲覧2011-7-15
高度情報科学技術研究機構ATOMICA「緊急作業に係る線量限度2002年2月」閲覧2011-7-17
  • 注1) 内部被曝
  • 注2) 本人の申出等により使用者等が妊娠の事実を知ったときから出産までの期間につき
  • 注3) 仮に8か月、240日として
  • 注4) 年間250日実働で1日8時間として(内部被曝はゼロの場合)
  • 注5) 妊娠不能と診断された女子、および妊娠の意思のない旨を使用者使用許諾書等に書面で申し出た女子は当表では男に含む。
  • 注6) 仮に復旧作業1年で上限に達するとして年間250日実働で1日12時間(内部被曝はゼロの場合)

アメリカでの体制

[編集]

アメリカではエネルギー省連邦緊急事態管理庁(FEMA)、環境保護庁(EPA)などで災害時の対策を策定している。

FEMAの放射線災害マニュアル

[編集]

連邦緊急事態管理庁(FEMA)は「Planning Guidance for Protection and Recovery Following Radiological Dispersal Device (RDD) and Improvised Nuclear Device (IND) incidents[1]」を2008年8月1日に関連各機関に通達した。 この文書は核兵器テロに対するマニュアルであり原子力事故に対処するものとはされていない。これは組織(国土安全保障省)の性格によるものであるが対放射能汚染という意味では原発事故や核兵器事故への対策と同様の内容である。(エネルギー省(DOE)では原子力事故全般に対応した指針を出している。次節参照) 行動指針は初期、過渡期、恒久的の3段階で住民と災害復旧作業者とでそれぞれ定義されている。ここで明記するべき点は初期対応で、汚染が将来予測される地域からの予防的避難の段階から行動指針を示している事である。

福島原発事故に対する米国の過剰ともとれる同国人への80キロ圏外への避難勧告は日米両国の事故の深刻度の認識の差と同時に以下に記述する避難ガイドによるものである。米核安全保障局が2011年4月9日に作成した事故後一年間の推定被曝総量の汚染地図(右のNNSA2枚目の図)では福島第一原発より約50キロのところに米基準で居住不適格地(20mSv/年)となる地域が出ている。

一般住民への対応

[編集]
以下放射線量はシーベルト(Sv)で表示。出典にレム(rem)とある場合は(1 rem = 0.01 Sv = 10 mSv)で換算。

線量に関して特に記述のない場合は実効線量。等価線量と実効線量の関連は放射線線量を参照。

地域住民の保護
対処 実効線量
しきい値
注釈
初期段階
屋内退避または避難 10 mSva - 50 mSv 被曝予測値が10mSv以上の地域から避難開始、それ以下の予測線量の場合でも可能であれば避難。
薬剤予防投与 50 mSv
(等価線量)
これは子供の甲状腺への放射性ヨードによる予測される被曝に対してのみ。
第二段階
避難先の住民の定住地への移住 20 mSva 初年度は年間20mSva、以降の年は5mSva
食料摂取制限および禁止 5 mSv 初年度における累計被曝量、または各器官への個別の等価線量では50mSvのいずれか制限が早い方を適用。
飲料水禁止 5 mSv 初年度の予想被曝限度
(a) Total Effective Dose Equivalent (TEDE); 外部および内部有効被曝等量の合計.

注)エネルギー省では避難のしきい値を「毎時10ミリRemの被曝」と異なった切り口で定義している。次の節を参照。

初期段階における災害復旧作業者へのガイドライン
総合被曝量 上限 作業内容 条件
<50 mSv 全ての職業(作業)被曝 Aあらゆる可能な被曝低減措置をとること。
<100 mSv 公共の利益に関わる重要な資産(例えば発電所)を守る為の作業 あらゆる対策を実施したが50mSvを超えてしまう事が避けられない場合。
  • 作業者は被曝のリスクを完全に理解していること。(例えばタバコは吸えない等)
  • 50mSv以上の被曝作業は任意であること。
  • 防護マスクを含む全ての防護装備を着用すること。
  • 線量モニターを携帯すること。
<250 mSv 人命または多数の人口を守る為の活動 全ての低線量での条件を満たすこと。
<500 mSv 人命に関わる緊急事態 全ての低線量の条件を満たすこと。
  • 作業者は急性放射線障害のリスクも理解していること。

エネルギー省放射線管理局の指針

[編集]

エネルギー省の放射線管理局(Federal Radiological Monitoring and Assessment Center:FRMAC)では全ての原子力事故を想定した対策書「Assessment Manual Vol. 2 Pre-assessed default scenarios SAND2010-2575P[2]」を2010年2月に発行した。

当マニュアルでは原発事故、核兵器事故、核燃料事故、核廃棄物の事故など放射性物質に関する事故を想定した対策を明記している。

その第二章では原子力発電所の事故を想定したシナリオで以下のように対策が述べられている。

以下の項目は概ね優先順のリストであるが、汚染予測、実地測定およびサンプル計測の結果等により変更が加えられる。
  • 放射性物質の拡散が予測される地域からの避難
  • 移動に困難が伴う人口の避難(病院、刑務所など)
  • 一般大衆の避難
  • 避難先の確保・運営
  • 被曝による影響の初期診断とその治療(例、予防的避難に間に合わず被曝した人々)
  • 予測される汚染地域に残る住民の移動
  • 農産物の生産出荷停止
  • 食料の隔離

その他の指針として

  • 災害復旧作業者の被曝管理
  • 放射線量の計測地の選定と実施
  • 汚染地域への訪問及び帰還の基準
  • 汚染遅延の為の対策

予測される放射能汚染からの避難

[編集]
被曝線量しきい値と行動指針
対処 被曝 しきい値 感応性、非確定性、密度、仮定など
EPAの対汚染対応ガイド[3] (避難) 0.1 mSv/時 (放射性ヨードを含まず)
0.02 mSv/時 (放射性ヨードを含む)
環境保護庁の防災ガイドに従い避難もしくは放射線遮断効果の高い建屋への屋内退避。予測される総被曝量は10mSv
初年度の移住 0.05 mSv/時 避難住民は新定住地へ移住しなければならない
経口摂取制限 0.005マイクロSv/時

復旧作業者の被曝上限

[編集]
作業内容 被曝限度(mSv)
ヨウ化カリウム
未摂取
ヨウ化カリウム
の事前摂取
吸入による被曝が回避出来る場合a
通常管理作業
調査業務 0.75 3 15
管理業務 1.25 5 25
緊急作業
All 全ての業務 2.5 10 50
重要資産の保護 5 20 100
人命の保護または多数の人口の保護 12.5 50 250
人命の保護または多数の人口の保護b 12.5 50 250
  • a 吸入による被曝は無い。1)原子炉の損傷は無い。または 2) 空気中への放射性物質の拡散はない。 または 3)万全の吸引防護体制がとれる。
  • b作業の実施は全て任意であり作業者は急性被曝の危険を理解していること。

除染作業

[編集]

汚染地域の除染に関してはアメリカ陸軍工兵隊FUSRAP活動として担当している。除染目標は「一般大衆の被曝をできる限り低く抑える事」としており、目標値は残留汚染による被曝を年間1mSv以下にすることである。

脚注

[編集]
  1. ^ 米連邦緊急事態管理庁 "Planning Guidance for Protection and Recovery Following RDD and IND incidents" Archived 2011年5月18日, at the Wayback Machine.閲覧2011-7-6
  2. ^ エネルギー省放射線管理局 "Assessment Manual Vol. 2 Feb. 2010" 閲覧2011-7-6
  3. ^ 米環境保護庁 "Protective Action Guides" 閲覧2011-7-7

関連項目

[編集]