コンテンツにスキップ

市川 (市川市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 関東地方 > 千葉県 > 市川市 > 市川 (市川市)
市川
市川駅北口
市川駅北口
市川の位置(千葉県内)
市川
市川
市川の位置
北緯35度43分45.69秒 東経139度54分29.15秒 / 北緯35.7293583度 東経139.9080972度 / 35.7293583; 139.9080972
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 市川市
人口
(2017年(平成29年)9月30日現在)[1]
 • 合計 11,743人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
272-0034[2]
市外局番 047[3]
ナンバープレート 市川

市川(いちかわ)は、千葉県市川市にある町名。現行行政地名は市川一丁目から市川四丁目。郵便番号は272-0034[2]

地理

[編集]

市川市中部に位置する、江戸川に沿った地域である。市川駅前・市川真間駅に至る通りは商業地、その他は主に住宅地となっており、地域の中央に国道14号千葉街道)と松戸街道、北部に京成電鉄本線、南部にJR総武線が通る。市川の北に隣接する真間には真間川が流れる。

北は真間国府台、東は新田、西は江戸川を挟んで東京都江戸川区北小岩、南は市川南、と接している。

地価

[編集]

駅北口前の地価は、2019年平成31年)1月1日に公表された基準地価によれば、市川1丁目7番地15号の地点で91万円/m2となっている[4]

歴史

[編集]

旧市川町の中心部に当たり、慶長年間には番所が置かれ、江戸川の官渡しの場となっていた。現在はJR総武線市川駅周辺を中心に市街地を形成しているが、かつては市川字上出口(現在の市川二丁目・三丁目の総武線と京成線に囲まれた江戸川沿いの地域)が町の中心地で、1930年代まで市川町役場が置かれた。また、二・三丁目にかけては、大正年間に松の自然林を生かした邸宅街として開発された[5]

地名の由来

[編集]

由来ははっきりしていないが、有力説として、地域の西を流れる江戸川(太日川)が当時東国一の川であったことから一の川が訛ったとする説、江戸川の河岸に定期的に川舟が集まり、市が開かれていたことに由来するという説がある。

沿革

[編集]
  • 1869年(明治2年) 葛飾県葛飾郡市川村となる。
  • 1871年(明治4年) 廃藩置県、県の統合により印旛県葛飾郡市川村となる。
  • 1873年(明治6年) 県の統合及び、郡の分割により千葉県東葛飾郡市川村となる。
  • 1889年(明治22年) 東葛飾郡国府台村、真間村、市川新田、平田村と合併し、東葛飾郡市川町大字市川となる。
  • 1934年(昭和9年)11月3日 八幡町中山町国分村と合併、市制施行。市川市大字市川となる。
  • 1951年(昭和26年)12月1日 市内の大字を町に変更。それに伴い、市川より市川市市川町一丁目 - 五丁目、市川・真間より市川市根本町を新設。
  • 1965年(昭和40年)7月1日 住居表示施行。市川町一丁目 - 五丁目、真間町二丁目、新田町三丁目、根本町の各一部を新町域として丁目を再編し、市川市市川一丁目 - 四丁目を新設。
  • 1970年(昭和45年)9月8日 市川二丁目の総武線ガードに衝突したタンクローリーからフッ化水素が漏出。現場に出動した消防士、地域住民など60人以上が火傷による負傷[6]

町名の変遷

[編集]
実施後 実施年月日 実施前(各町名ともその一部)
市川一丁目 1965年7月1日 市川町
市川二丁目
市川三丁目
市川四丁目 市川町、根本町

小字

[編集]

ここでは、現在の市川一丁目 - 四丁目に存在した小字を現在の町丁順に北から列挙する。

市川一丁目

  • 大字市川
    • 大門向(南部のみ)
    • 砂河原(南部のみ)
    • 八幡前
    • 下出口(北東の一部のみ)
    • 柳下
    • 圦下(北部の一部のみ・市川駅所在地)
    • 宮田(北部の一部のみ)
  • 大字真間
    • 大門(南部のみ)
  • 大字市川新田
    • 市川境(西部のみ)

市川二丁目

  • 大字市川
    • 寒室出口(南部の一部のみ)
    • 第六天前(北西部のみ)
    • 上出口(南部のみ)
    • 下出口(南東の一部を除く)
  • 大字真間
    • 大門(西部の一部のみ)
    • 寒室(南部の一部のみ。飛地)

市川三丁目

  • 大字市川
    • 真間下(東部の一部を除く)
    • 小向(南部の一部のみ)
    • 寒室出口(南部の一部を除く。国府台駅所在地)
    • 上出口(南部の一部を除く。旧市川町役場所在地・旧市川町中心地)
    • 下出口(南東の一部を除く)
  • 大字真間
    • 本田(西部の一部のみ)
    • 寒室(南部の一部を除く・飛地)

市川四丁目(大字市川→根本町→市川四丁目)

  • 大字市川
    • 根本(北部の一部を除く大部分)
    • 小向(北部の一部のみ)
  • 大字真間
    • 本田(西半分)
    • 本寺際(西部の一部のみ)

世帯数と人口

[編集]

2017年(平成29年)9月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
市川一丁目 2,285世帯 3,794人
市川二丁目 1,808世帯 3,071人
市川三丁目 1,910世帯 3,430人
市川四丁目 798世帯 1,448人
6,801世帯 11,743人

小・中学校の学区

[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]

丁目 番地 小学校 中学校
市川一丁目 全域 市川市立市川小学校 市川市立第一中学校
市川二丁目 全域
市川三丁目 1~25番
26~27番 市川市立真間小学校
28~40番 市川市立第二中学校
市川四丁目 全域 市川市立第一中学校

施設

[編集]

交通

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b 町丁別人口(住民基本台帳)”. 市川市 (2017年10月10日). 2017年11月6日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月6日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. ^ 市川市史 四巻
  6. ^ 猛毒フッ化水素、民家襲う 60数人、やけどや炎症『朝日新聞』1970年(昭和45年)9月8日夕刊 3版 11面
  7. ^ 小・中学校の通学区域(学区)”. 市川市 (2017年9月28日). 2017年11月6日閲覧。

関連項目

[編集]