下田村 (新潟県)
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しただむら 下田村 | |||||
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廃止日 | 2005年5月1日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 三条市、下田村、栄町 → 三条市 | ||||
現在の自治体 | 三条市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 |
中部地方、北陸地方 甲信越地方 | ||||
都道府県 | 新潟県 | ||||
郡 | 南蒲原郡 | ||||
市町村コード | 15362-1 | ||||
面積 | 311.00 km2 | ||||
総人口 |
11,040人 (2005年4月1日) | ||||
隣接自治体 |
栄町、三条市、中蒲原郡村松町、東蒲原郡阿賀町、加茂市、見附市、栃尾市、魚沼市 福島県南会津郡只見町 | ||||
村の木 | 五葉松[1] | ||||
村の花 | ヒメサユリ[1] | ||||
下田村役場 | |||||
所在地 |
〒955-0192 新潟県南蒲原郡下田村大字荻堀830-1[1] | ||||
外部リンク | 下田村 公式ウェブサイト(2005年2月14日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project | ||||
ウィキプロジェクト |
下田村(しただむら)は、新潟県の中央部、中越地方に位置していた南蒲原郡の村である。2005年5月1日に三条市、南蒲原郡栄町及び下田村が合併して、三条市が発足する。
三条市(1934年ー2005年)への通勤率は33.6%(平成12年国勢調査)。
地理
[編集]五十嵐川上流盆地に広がる下田郷の山村である[2]。
隣接していた自治体
[編集]歴史
[編集]古くは「下田郷」(しただごう)、「下田保」(しただのほ)と呼ばれ、中世の頃は豪族の五十嵐氏によって支配されていた。近世では村松藩の所領となり、和紙(大谷地紙)や炭(三条金物向けの鍛冶屋炭)の生産のほか、五十嵐川沿いの新田開発が行われた[3][2]。幕末(慶応4年)には西潟為蔵らが下田郷一揆を起こしている[4]。
明治時代までは新潟と福島を結ぶ主要街道、八十里越の玄関口となり物流拠点としても栄えたが、磐越西線が開通すると街道としての機能は消失。さらに1960年代のエネルギー革命で主要産業であった製炭業が衰退すると、住民が豪雪地帯に住み留まる理由は無くなり山間部の過疎が急激に進行した。1970年3月には、八十里越の新潟側最後の宿場であった吉ヶ平が集団離村、800年続いた歴史を閉じている[5]。
沿革
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日:町村制の施行により、南蒲原郡笹岡村、長堀村、大浦村、高島村、四ツ沢村、本下田村、前谷村及び外谷村が発足する。
- 1901年(明治34年)11月1日:南蒲原郡笹岡村、長堀村、大浦村及び高島村が合併して、南蒲原郡長沢村が発足する。南蒲原郡四ツ沢村、本下田村及び前谷村の区域の一部が合併して、南蒲原郡森町村が発足する。南蒲原郡前谷村の区域の一部及び外谷村が合併して、南蒲原郡鹿峠村が発足する。
- 1955年(昭和30年)3月31日:南蒲原郡長沢村、鹿峠村及び森町村が合併して、南蒲原郡下田村が発足する。
- 1961年(昭和36年)11月18日:笠堀ダム竣工
- 1962年(昭和37年):「大漢和辞典」を編纂した文学博士諸橋轍次を下田村名誉村民第1号に推挙
- 1993年(平成5年):大谷ダム竣工
- 2004年(平成16年)
- 2005年(平成17年)5月1日:三条市、南蒲原郡栄町及び下田村が合併して、三条市が発足する。
- 下田村役場庁舎は三条市役所下田庁舎として引き続き利用されている。
行政
[編集]- 村長:佐藤寿一(1994年12月17日 - 2005年4月30日)
経済
[編集]産業
[編集]- 第一次産業 - 米、野菜、山菜の栽培のほか、畜産も盛んで、県の畜産試験場(新潟県農業総合研究所畜産研究センター)が置かれている[6]。
- 第二次産業・第三次産業 - 新潟県企業局が笠堀ダム直下に笠堀発電所を建設し、最大7,200キロワットの水力発電を行っている[7]。また、三条市との合併後ではあるが、三条市発祥のアウトドア用品メーカー・スノーピークが下田地区に本社を移転させている[8]。
教育
[編集]交通
[編集]鉄道
[編集]- かつては国鉄弥彦線が村内の越後長沢駅まで通っていたが、1985年4月1日に東三条駅までの区間が廃止となり、村内から鉄道路線が消滅した。なお、当時の線路跡は現在の国道289号線となっており、村内の公共交通は越後交通県央観光(越後交通の子会社)の路線バスに転換された。
道路
[編集]名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集]- 五十嵐神社 - 五十日足彦命も参照
- 越後長野温泉
- 大谷ダム
- 笠堀ダム
- 国指定天然記念物「笠堀のカモシカ生息地」
- 高城ヒメサユリの小径
- 赤坂古戦場
- 八木ヶ鼻
- 下田城跡
- 漢学の里しただ(道の駅)・諸橋轍次記念館
- ウェルネスしただ・下田郷資料館
- 下田郷のいしぶみ
- 白鳥の郷公苑 - 白鳥がシベリアから越冬のために飛来する。冬期に見られる
- 吉ヶ平
- 吉ヶ平自然体感の郷
- 雨生ヶ池・大池
食べ物
[編集]著名な出身者
[編集]- 西潟為蔵(政治家)
- 諸橋轍次(漢学者)
- 今井誠(弁護士・元新潟県弁護士会長)
- 高井盛雄(元新潟県副知事)
- 小林茂(映画監督)
- 船見啓子(元カネボウキャンペーンガール)
- 滝沢亮(三条市長)
- 目黒泉(ナレーター・声優)
脚注
[編集]- ^ a b c 平成14年度市町村要覧:下田村(新潟県HP) - ウェイバックマシン(2004年2月2日アーカイブ分)
- ^ a b 「下田(新潟県)」『日本大百科全書(ニッポニカ)』 。コトバンクより2020年7月11日閲覧。
- ^ a b 世界大百科事典 第2版「下田[村]」 。コトバンクより2020年7月11日閲覧。
- ^ 「西潟為蔵」『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』 。コトバンクより2020年7月11日閲覧。
- ^ 八百年続いた桃源郷を捨てて 豪雪に敗れ全戸が離村『朝日新聞』昭和45年(1970年)5月23日朝刊、12版、23面
- ^ 「下田」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』 。コトバンクより2020年7月11日閲覧。
- ^ “笠堀発電所【新潟県企業局】”. 新潟県 (2014年4月1日). 2018年3月4日閲覧。
- ^ “スノーピークが来年4月に16万平方メートルの広大なキャンプ場を併設した新社屋へ移転”. ケンオー・ドットコム (2010年7月5日). 2018年3月4日閲覧。
- ^ “三条市下田地区の荒沢小と統合した森町小で新生・森町小学校開校式、児童、教職員ちょうど100人で新たな歴史をスタート”. ケンオー・ドットコム. (2014年4月8日) 2019年9月28日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 行政
- 下田村 公式ウェブサイト(2005年2月14日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- 三条・栄・下田合併協議会(2005年5月19日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- 観光
- その他
- 県央東部合併研究会関連データ ケンオー・ドットコム
- 新潟県南蒲原郡下田村 (15362A1968) | 歴史的行政区域データセットβ版 - Geoshapeリポジトリ