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ヤヌス (衛星)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヤヌス
Janus
カッシーニが2006年に土星を背景にして撮影したヤヌス。
カッシーニが2006年に土星を背景にして撮影したヤヌス。
仮符号・別名 Saturn X, S 10
S/1966 S 2
S/1979 S 2
S/1980 S 1
S/1980 S 2
見かけの等級 (mv) 14.4(平均)
分類 土星の衛星
軌道の種類 F環とG環の間・
エピメテウスとの
共有軌道
発見
発見日 1966年12月15日[1]
発見者 A. ドルフュス
軌道要素と性質
平均公転半径 151,460 ± 10 km[2]
近土点距離 (q) 150,400 km
遠土点距離 (Q) 152,500 km
離心率 (e) 0.0068[2]
公転周期 (P) 0.694660342 日[2]
(16 時間 40 分 18 秒)
軌道傾斜角 (i) 0.163° ± 0.004°[2]
近日点引数 (ω) 16.012°[3]
昇交点黄経 (Ω) 154.175°[3]
平均近点角 (M) 17.342°[3]
土星の衛星
物理的性質
三軸径 203 × 185 × 152.6 km[4]
平均半径 89.5 ± 1.4 km[4]
質量 1.8975 ± 0.0012 ×1018 kg[4]
土星との相対質量 3.36 ×10−9
平均密度 0.63 ± 0.03 g/cm3[4]
表面重力 0.011–0.017 m/s2[4]
自転周期 16 時間 40 分 18 秒
(公転と同期)
アルベド(反射能) 0.71 ± 0.02[5]
赤道傾斜角 0 度
大気圧 0 kPa
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ヤヌス[6][7] (Saturn X Janus) は、土星の第10衛星である。同時期に発見された土星の第11衛星エピメテウスと軌道を共有する特殊な状態にあることが知られている。詳しくはエピメテウスの記事も参照のこと。

発見の経緯

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初期の発見報告

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土星の10番目の衛星は、20世紀初頭にその発見が報告されていながら、長らくその存在が確認されなかった幻の衛星だった。

19世紀末に、アメリカの天文学者ウィリアム・ヘンリー・ピッカリングが第9衛星フェーベを発見したが、程なくしてピッカリングは自分が撮影した写真乾板より新たな衛星を発見したと主張し、テミスと名付けた[8]。ところがその後、誰もテミスを確認することができなかった。そのため、テミスはピッカリングの誤報だったとされている。

テミス騒動より60年後の1966年12月15日になって、フランスの天文学者オドゥワン・ドルフュスによって新たな衛星の発見が報告された[9]。当初テミスの再発見かと思われたが全く別の衛星で、ドルフュスはヤヌスという名称を提案した[10]。これで土星の第10衛星が実在することが確認されたのである。ところがヤヌスもテミス同様、同年のリチャード・ウォーカーらの報告を除いて[11]、その後誰にも確認されることがなく、またも幻の衛星なのか、土星には第10衛星は存在しないのかと悲観的な見方が強まった。

なおウォーカーらが報告したものはヤヌスと公転軌道を共有する別の衛星であったことが後に判明しており、エピメテウスと名づけられている[12]。発見報告当初は同じ軌道に天体は一つしか存在しないと考えられたため同一視されていたが、ドルフュスが発見した天体とウォーカーが発見した天体が同じ軌道を共有する別の天体であった可能性は1978年に Stephen M. Larson と John W. Fountain によって指摘されている[13]

再発見

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問題の解決を見たのは、1979年から1980年にかけての多数の観測によってである。これらには地上からの観測だけではなく、無人探査機パイオニア11号ボイジャー1号による土星探査ミッションも含んでいる。まずはパイオニア11号が撮影した画像の中に衛星と思われる天体が発見され、S/1979 S 1 という仮符号が与えられた[14]。さらにこれとは独立に近くの天体によるエネルギー粒子の吸収が検知され、こちらには S/1979 S 2 という仮符号が与えられた[14]。軌道の位置からこの2つは同じ天体であると考えられ、またドルフュスが発見した天体と軌道が類似していることが指摘された[14]

さらにその後、1980年2月19日にはアメリカ海軍天文台の Dan Pascu が 66 cm 口径の望遠鏡を用いて衛星を発見しており、これには S/1980 S 1 いう仮符号が与えられた[15]。程なくして2月23日には Fountain、Larson、Harold J. Reitsema、Bradford A. Smith によって S/1980 S 2 の発見が報告され、これは Pascu が発見したものと同一の天体である可能性が高く、またドルフュスが発見した天体の軌道とほぼ一致することも分かった[16]

最終的に、ドルフュスが発見した天体とこれらの天体は同じものであることが確認された[16][17][18][19]。なお国際天文学連合の天体の命名に関するワーキンググループでは、ヤヌスを再発見した Pascu もドルフュスと並んで発見者として扱われている[20]

名称

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ヤヌスの名前は、ローマ神話の出入口と扉の双面神ヤーヌスに由来する[1]。先述の通り、発見者のドルフュスが発見後まもない頃に提案した名称である[10]。国際天文学連合によって正式に名称が承認されたのは1983年9月30日だが[12]、それまでの間も使用されていた。名称が承認されると同時に Saturn X という確定番号も与えられているが、この呼び方も正式に付与される以前から慣習的に使用されていた[10][12]。なお、エピメテウスも同時に国際天文学連合より正式に命名されている。

発見の経緯でも述べたようにヤヌスは複数回「発見」されているため、多くの仮符号を持つ。ドルフュスによる初めての発見に伴う仮符号は S/1966 S 2 である。その後のパイオニア11号や地上観測により、S/1979 S 1[14]、S/1979 S 2[14]、S/1980 S 1[15]、S/1980 S 2[16]、S/1980 S 9[18] という仮符号が与えられている。なおパイオニア11号によって発見された S/1979 S 1 に関してはヤヌスではなくエピメテウスと同一とする見解があるものの、確実ではない[19]

エピメテウスとの軌道の共有

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ヤヌスとエピメテウスの軌道の交換。互いに接近する4年ごとにお互いの軌道を入れ替えている。
馬蹄形の軌道 ( Horseshoe orbit )で公転するヤヌスとエピメテウスの動きを描いた2.5次元で描いた図。
馬蹄形の軌道 ( Horseshoe orbit )で公転するヤヌスとエピメテウスの動きを動画で描いた図。
       土星 ·        ヤヌス  ·       エピメテウス

ヤヌスはエピメテウスと公転軌道を共有しており、およそ4年ごとに接近して軌道を「交換」している[21]。これは軌道力学の観点から見ると、ヤヌスとエピメテウスが 1:1 の平均運動共鳴をしているという状態に相当する[22]。そのため、お互いに衝突することなく安定して土星の周りを公転している。このような軌道共有関係にある天体は、ヤヌスとエピメテウスの他には発見されていない[23]

物理的特徴

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ヤヌスの表面は多くのクレーターに覆われており、そのうちいくつかは直径 30 km を超える大きさを持つ。ヤヌスの主要なクレーターには、Castor、Phoebe、Idas、Lynceus という名前が付けられている[1]。また火星の衛星フォボスにも見られるような複数の溝 (groove) も発見されており、かすめるような衝突を経験したことを示唆している。ヤヌスとエピメテウスは共通の母天体の破壊によって形成されたとする考えがある。もしこれが正しい場合、破壊は惑星・衛星形成の初期段階で発生したはずである。これは表面のクレーターから推定されるヤヌスとエピメテウスの表面は非常に古いというのが根拠である[1]

天体の大部分は氷で出来ていると考えられるが、ヤヌスの平均密度は 0.63 g/cm3 であり[4]、これは氷の密度よりも低い。そのためヤヌスは、衝突で発生した破片が重力でゆるく集まって出来たラブルパイル天体であると考えられる[1]。アルベドが非常に高い値であることも、この天体の主成分が氷であることを支持している[5]

土星の環との関係

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2006年の土星探査機カッシーニによる前方散乱光の観測で、ヤヌスとエピメテウスが公転している領域に薄い塵の環が存在することが判明した。この環はヤヌス/エピメテウス環と呼ばれており、半径方向に 5,000 km ほどの広がりを持っている[24]。この環は、ヤヌスとエピメテウス表面への隕石衝突によって発生した塵が公転軌道周辺にばらまかれた結果として形成されていると考えられる[25][26]

また、ヤヌスはエピメテウスと共に土星の環A環の維持に関与していることが分かっている。両者は共にA環からはやや離れているが、7:6 の軌道共鳴によってA環の明瞭な縁を形作っていると考えられている[27]。共鳴を起こす軌道は「内側の軌道」であり、質量の大きいヤヌスが内側の軌道にいる時の方がこの影響が顕著である[23]

出典

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  1. ^ a b c d e NASA (2017年12月5日). “In Depth | Janus – Solar System Exploration: NASA Science”. アメリカ航空宇宙局. 2018年11月24日閲覧。
  2. ^ a b c d Spitale, J. N.; Jacobson, R. A.; Porco, C. C.; Owen, W. M., Jr. (2006). “The orbits of Saturn's small satellites derived from combined historic and Cassini imaging observations”. The Astronomical Journal 132 (2): 692–710. Bibcode2006AJ....132..692S. doi:10.1086/505206. https://iopscience.iop.org/1538-3881/132/2/692/pdf/1538-3881_132_2_692.pdf. 
  3. ^ a b c Jet Propulsion Laboratory (2013年8月23日). “Planetary Satellite Mean Orbital Parameters”. Jet Propulsion Laboratory Solar System Dynamics. ジェット推進研究所. 2018年11月24日閲覧。
  4. ^ a b c d e f Thomas, P. C. (2010-07). “Sizes, shapes, and derived properties of the saturnian satellites after the Cassini nominal mission”. Icarus 208 (1): 395–401. Bibcode2010Icar..208..395T. doi:10.1016/j.icarus.2010.01.025. http://www.ciclops.org/media/sp/2011/6794_16344_0.pdf. 
  5. ^ a b Verbiscer, A.; French, R.; Showalter, M.; Helfenstein, P. (2007-02-09). “Enceladus: Cosmic Graffiti Artist Caught in the Act”. Science 315 (5813): 815. Bibcode2007Sci...315..815V. doi:10.1126/science.1134681. PMID 17289992. http://www.sciencemag.org/content/315/5813/815.abstract 2011年12月20日閲覧。. 
  6. ^ 『オックスフォード天文学辞典』(初版第1刷)朝倉書店、415頁。ISBN 4-254-15017-2 
  7. ^ 衛星日本語表記索引”. 日本惑星協会. 2019年3月9日閲覧。
  8. ^ Pickering, William H. (1905). “The ninth and tenth satellites of Saturn”. Annals of Harvard College Observatory 53: 173-185. Bibcode1905AnHar..53..173P. 
  9. ^ Owen Gingerich (1967年1月3日). “IAUC 1987: Prob. NEW Sat OF SATURN; 1966e; 1965d”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  10. ^ a b c Owen Gingerich (1967年2月1日). “IAUC 1995: SATURN X (JANUS); DEFINITIVE ORBITS OF COMETS; 1967a”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  11. ^ Owen Gingerich (1967年1月6日). “IAUC 1991: 1967a; Poss. NEW Sat OF SATURN”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  12. ^ a b c Brian G. Marsden (1983年9月30日). “IAUC 3872: GX 1+4; Sats OF JUPITER AND SATURN”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  13. ^ Fountain, J. W.; Larson, S. M. (1978). “Saturn's ring and nearby faint satellites”. Icarus 36: 92–106. Bibcode1978Icar...36...92F. doi:10.1016/0019-1035(78)90076-3. 
  14. ^ a b c d e Brian G. Marsden (1979年10月25日). “IAUC 3417: NEW RING AND Sats OF SATURN; 1979j; 1979i”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  15. ^ a b Brian G. Marsden (1980年2月25日). “IAUC 3454: SATURN; EDITORIAL NOTICE”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  16. ^ a b c Brian G. Marsden (1980年2月29日). “IAUC 3456: SNe; 1979l; 1980 S 2”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  17. ^ Brian G. Marsden (1980年3月6日). “IAUC 3457: SATURN”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  18. ^ a b Brian G. Marsden (1980年3月31日). “IAUC 3463: Sats OF SATURN”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  19. ^ a b Brian G. Marsden (1980年6月6日). “IAUC 3483: Sats OF SATURN”. Central Bureau for Astronomical Telegrams. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  20. ^ Planet and Satellite Names and Discoverers”. Planetary Names. 国際天文学連合. 2018年11月25日閲覧。
  21. ^ The Dancing Moons”. Cassini Solstice Mission. ジェット推進研究所 (2006年5月3日). 2011年12月29日閲覧。
  22. ^ 暦Wiki/共鳴 - 国立天文台暦計算室”. 暦計算室. 国立天文台. 2018年11月25日閲覧。
  23. ^ a b El Moutamid, Maryame; Nicholson, Philip D.; French, Richard G.; Tiscareno, Matthew S.; Murray, Carl D.; Evans, Michael W.; French, Colleen McGhee; Hedman, Matthew M. et al. (2016). “How Janus’ orbital swap affects the edge of Saturn’s A ring?”. Icarus 279: 125–140. doi:10.1016/j.icarus.2015.10.025. ISSN 00191035. 
  24. ^ PIA08328: Moon-Made Rings”. Photojournal. ジェット推進研究所 (2006年10月11日). 2011年12月29日閲覧。
  25. ^ Cassini-Huygens press release NASA Finds Saturn's Moons May Be Creating New Rings Archived 2006-10-16 at the Wayback Machine.、2006年10月11日
  26. ^ 「カッシーニ」、土星の環をかすめるコースの飛行を開始 - アストロアーツ”. アストロアーツ (2016年12月8日). 2018年11月25日閲覧。
  27. ^ Lakdawalla, Emily (2007年6月13日). “Funny little Atlas”. The Planetary Society weblog. 2011年12月30日閲覧。

外部リンク

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