軍艦
軍艦(ぐんかん、naval ship, warship)とは、戦闘力を持つ艦艇(軍事力を持つ船舶)の総称。特に、海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)29条に定める船舶を指すことが多い。
一般に、「軍艦」と「戦艦」は混用されることが多い。しかし、厳密には「戦艦」は「軍艦」の一種であって、「軍艦」に包含される。
軍艦の定義
国連海洋法条約の規定
軍艦は、他の船舶と異なる法的取り扱いがなされるため、国連海洋法条約29条で厳密に定義されている。ただし、この定義は同条約の適用上のものであり、各国海軍内部において別箇の定義がなされることもある(条約上の定義は外交関係を踏まえた最広義のものと解される。)。
- 海洋法に関する国際連合条約
- 第二十九条 軍艦の定義
- この条約の適用上、「軍艦」とは、一の国の軍隊に属する船舶であって、当該国の国籍を有するそのような船舶であることを示す外部標識を掲げ、当該国の政府によって正式に任命されてその氏名が軍務に従事する者の適当な名簿又はこれに相当するものに記載されている士官の指揮の下にあり、かつ、正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されているものをいう。
この規定は、従来の慣習国際法上の解釈を明文化して、1958年に締結された公海に関する条約8条2項の定めを踏襲したものである。 この規定は、次の4要件に分析できる。
- 一の国の軍隊に属する船舶であって、
- 当該国の国籍を有するそのような船舶であることを示す外部標識を掲げ、
- 当該国の政府によって正式に任命されてその氏名が軍務に従事する者の適当な名簿又はこれに相当するものに記載されている士官の指揮の下にあり、
- かつ、正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されているもの
これらの要件からは、国際法上、軍艦はその外形や兵装により規定されるものではないことが分かる。また、この規定から以下の解釈が導かれる。
- 海軍のみならず、陸軍・空軍等に属している船舶も軍艦たり得る。また、武器を装備していない船舶(例えば補給艦等)も軍艦たり得る。
- 軍艦旗(自衛艦旗が相当する)等を掲揚している必要がある。
- 将校名簿(幹部自衛官名簿が相当する)に掲載されている士官(艦長又はその代行者)の指揮下にある必要がある。
- 乗組員が海賊や反乱水兵でない必要がある(102条参照)。
軍艦搭載艇たる短艇(日本海軍のそれは装載艇参照)であっても、軍艦旗を掲揚して、艇指揮(士官)の指揮の下にあり、艇員がいるなど、上記の各要件に該当すれば、その時点で軍艦となり、国外にあっては軍艦と同様の扱いを受ける。
旧日本海軍における規定
旧日本海軍では、軍艦外務令(明治31年海軍省達第85号)において、軍艦を定義する。
- 軍艦外務令
- 第二条
- 本令ニ於テ軍艦ト称スルハ海軍旗章条例第十三条第十四条第十八条第十九条ニ依リ旗施ヲ掲クル艦船艇ノ一又ハ二以上ヲ謂ヒ指揮官ト称スルハ軍艦ノ最高指揮官ヲ謂フ
旧日本海軍における在籍船舶の分類には変遷があるが、基本的には、次のように定められた。
- 海軍に籍を置く船舶は「艦船」
- 戦闘用船舶は「艦艇」
- ある程度以上の規模や格式を有する船舶は狭義の「軍艦」
このうち3の狭義の「軍艦」とは、戦艦・練習戦艦・航空母艦・巡洋艦・練習巡洋艦・潜水母艦・敷設艦・砲艦・水上機母艦のみを指す。その他の艦艇(駆逐艦・潜水艦等)は、狭義の「軍艦」には分類しない。船首の菊花紋章は終戦時には狭義の「軍艦」にのみ付された。ただし、例外として日露戦争における武勲艦「三笠」など武勲艦は、現役当時に付された菊花紋章を取外さなかった。
海上自衛隊における規定
現在の海上自衛隊が保有する艦艇は、国際法上「軍艦」として扱われるが、国内法上は「自衛艦」と呼称する。これは、日本国憲法9条2項が「陸海空軍その他の戦力」の不保持と「交戦権」の放棄を定めていることによる。
- 木村篤太郎国務大臣(保安庁長官)「お答えいたします。日本の持つている自衛隊における船をいわゆる軍艦として取扱うかどうか、これは主として第三国との関係でありますが、実際におきましては、第三国は軍艦として取扱うものと考えております。現にイギリスでも、アメリカにおきましても、日本のフリゲートに対しては軍艦としての儀礼を尽してやつております。その点から見ましても、第三国は、将来日本の自衛隊の船に対しては軍艦として取扱うのではなかろうかと考えております。ただそこで制約があるというのは、例の憲法第九条第二項の交戦権の放棄であります。この点においていわゆる純粋な意味における軍艦として取扱うことは、日本としては禁止しておるわけでありますから、その点において相違がある、普通並の軍艦として第三国は取扱うものと考えております。」
軍艦の地位と扱い
軍艦は、他国から主権に伴う尊敬と礼遇を受ける慣例があり、国際法上も他の船舶と異なる法的地位にある。この軍艦の特別な扱いは、軍艦が国家の威厳と主権を象徴すると考えられ、主権免除または治外法権と、不可侵権の特権を受けるためとされる。
公海上の軍艦
公海上の軍艦は、旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除され(国連海洋法条約 第95条)、この免除は他国の排他的経済水域においても認められる(同58条)。軍艦が公海または自国領水にある場合、臨検・拿捕・追跡の権限を行使できる(同107条、110条、111条等)。また、軍艦が公海(排他的経済水域を含む)または自国領水にある場合、亡命者等の庇護を求める外国人を庇護する権限を有する。これは、国際法上認められた領域内庇護の一種と解される。なお、軍艦が外国領海にある場合、亡命者等の庇護は外交的庇護と解され、国際法上認められていない(ただし、暴徒から避難する者を一時的に保護することは認められる。)。
公海上の軍艦は、他の船舶と同様、公海の自由を享受し(条約87条)、遭難に対する援助の義務を負う(同98条)。
外国領海の軍艦
外国領海の軍艦は、沿岸国の管轄権からの免除を受ける(条約32条)。
外国領海の軍艦は、他の船舶と同様、無害通航権(一切の武力行使・挑発行為をせずして通過する権利)を行使しうる(同17条)。なお、軍艦の無害通航権の行使に際しては、沿岸国政府への許可申請や事前通告を要求する例が多い。中国は政府許可の取得を、韓国は政府への事前通告を要求する。アメリカとロシアは、許可も事前通告も要求していない。
軍艦が外国領海を通航する場合には、無害通航に関する沿岸国の法令や国際法を遵守しなければならない。軍艦が領海の通航に係る沿岸国の法令を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行われた当該法令の遵守の要請を無視した場合には、当該沿岸国は、その軍艦に対し当該領海から直ちに退去することを要求することができる(30条)。 また、軍艦が通行するに際してこれらの法令を遵守せず、その結果として沿岸国に損失・損害を与えた場合には、当該軍艦の旗国が国際的責任を負う。
潜水艦やDSRV等の水中航行機器は、外国領海において海面上を航行し、所属国の旗を掲げなければならないとされている(同20条)。 従って、潜航したまま外国領海を航行することは認められていない。 なお、国際海峡における継続的な潜航による通過は、通過通航権によってこれが認められている。
外国港の軍艦
軍艦の外国港への入港と、外国港における特権や義務に関する規則は、条約として明文化されておらず、慣習国際法による。
まず、外国港へ軍艦が入港する場合、旗国政府は事前に外交ルートから訪問国政府へ、入港の許可を求めることを要する。この場合、友好関係にあれば、入港を許可するのが国際的な慣行となっている。この際、滞在日数や入港隻数などの条件を付することもできる。また、事前に入港の許可を得ていない場合や不開港であっても、不可抗力や遭難など、緊急の場合には入港することができる。ただし、この場合、速やかに事後承認を得ることを要する。
外国港の軍艦は、領海の軍艦と同じく、受入国の主権からの免除を受ける。軍艦は、受入国の裁判権、警察権、捜査権、臨検捜索権等、一切の管轄権に服さない。また、軍艦は受入国に対し納税の義務を負わない。日本の法令においても、外国軍艦には艦長の請求がなければ犯罪捜査のため立ち入ることはできず(犯罪捜査規範228条、229条)、関税法上の入港届の提出を要さないことなどが定められている。ただ、軍艦は受入国の検疫規則などの法令を遵守しなければならず、これに反した場合には受入国は退去を要求することができる。
また、軍艦が外国港に入港する場合には、礼砲等の外交儀礼が行われる。