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|事業内容 = 定期旅客船の運航 |
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|資本金 = 3,000万円 |
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'''芸予汽船株式会社'''(げいよきせん)は、[[愛媛県]]の[[今治市|今治]]~土生([[因島市|因島]])を結ぶ[[フェリー]]と[[快速船]]を運航する会社。 |
'''芸予汽船株式会社'''(げいよきせん)は、[[愛媛県]]の[[今治市|今治]]~土生([[因島市|因島]])を結ぶ[[フェリー]]と[[快速船]]を運航する会社。 |
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==概要== |
== 概要 == |
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[[伯方・大島大橋]]開通前年の[[1987年]]([[昭和]]62年)に航路を運航してきた愛媛汽船・因島汽船、周辺地方自治体 |
[[伯方・大島大橋]]開通前年の[[1987年]]([[昭和]]62年)に、それまで航路を運航してきた愛媛汽船・因島汽船、周辺地方自治体の出資により'''芸予観光フェリー株式会社'''が設立された。 |
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[[1988年]] |
[[1988年]](昭和63年)、撤退する愛媛汽船と因島汽船から航路を継承、[[今治港|今治]]~友浦([[大島 (愛媛県今治市)|大島]])~木浦([[伯方島]])〜[[岩城島|岩城]]〜[[佐島 (上島諸島)|佐島]]〜[[弓削島|弓削]]〜[[生名島|生名]]〜[[土生港|土生]]のフェリー航路と、今治~早川(大島)~熊口(伯方島)~瀬戸(大三島)の快速船の運航を開始した。 |
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[[1999年]](平成11年)に[[しまなみ海道]]が全通し、今治~瀬戸の快速船航路を廃止、今治高速船が運航していた高速船航路の因島以南を快速船で代替・継承する一方、従来のフェリー便は大幅に縮小された。 |
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開業当初は業績が上向き、3年後の[[1991年]]([[平成]]3年)には旅客が33万人、車が8万8000台とピークに達した<ref name="gaiyo">[http://tabisanpo.com/MENU/sannichi2008/20080710b.htm 芸予観光フェリー 存続に正念場] - 山陽日日新聞(2008年7月10日)、2014年5月17日閲覧。</ref>。 以後、順調に推移し黒字の経営が続き累積剰余金を積み重ねてきたが、[[1999年]]に[[しまなみ海道]]が全線開通すると利用客が落ち込み、特にフェリーの車は1万8000台とピーク時の2割に激減した<ref name="gaiyo"></ref>。 |
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この間、開業当初は業績が上向き、3年後の[[1991年]]([[平成]]3年)には旅客が33万人、車が8万8000台とピークに達するなど順調に推移していたが、しまなみ海道の開通以降は利用客が落ち込み、特にフェリーの航送車両は1万8000台とピーク時の2割に激減した<ref name="gaiyo">{{Cite news |title=芸予観光フェリー 存続に正念場|newspaper=山陽日日新聞|date=2008-7-10|url=http://tabisanpo.com/MENU/sannichi2008/20080710b.htm|accessdate=2014-05-17}}</ref>。 |
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== 航路 == |
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: 距離37.2km |
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===廃止航路=== |
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: 今治 - 友浦 - 木浦 - 岩城 - 佐島 - 弓削 - 生名 - 土生 |
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: [[2008年]](平成20年)[[6月1日]]木浦 - 岩城 - 佐島 - 弓削 - 生名 - 土生廃止。 |
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: 今治 - 早川 - 熊口 - 瀬戸 |
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: 継承以前はフェリーと高速船(今治高速船)が運航されていた。 |
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: 距離20.5km |
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: [[1999年]](平成11年)[[5月2日]]廃止。 |
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== 就航船 == |
== 就航船 == |
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===現在の就航船=== |
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* 第1ちどり |
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* 第 |
*''' 第一ちどり'''(快速船) |
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: 49総トン、旅客定員97名、主機出力1,632ps、航海速力21.8ノット<ref name="公式船">[https://geiyokisen.com/#aboutship] 船の紹介</ref><ref name="ガイド2006">フェリー・旅客船ガイド2006年春季号 p.265 日刊海事通信社 2006</ref> |
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* '''つばめ'''(快速船) |
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: 50総トン、旅客定員97名、航海速力21.8ノット<ref name="公式船"/> |
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* '''第十一かもめ'''(快速船)<ref name="明細書1999">日本船舶明細書 1999Ⅱ (日本海運集会所 1998)</ref> |
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: 1992年7月竣工、[[三保造船所 (大阪府)|三保造船所]]建造、39総トン、登録長20.41m、型幅4.65m、型深さ1.99m。もと今治高速船。予備船。 |
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===過去の就航船=== |
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* '''ニューはなぐり'''(快速船)<ref name="明細書1999"/> |
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: 1988年1月竣工、三保造船所建造、35総トン、登録長19.21m、型幅4.65m、型深さ1.85m。今治~瀬戸航路の快速船。航路廃止で引退。 |
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* '''第二ちどり'''(快速船) |
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: 1977年8月就航、松浦鉄工造船所建造、197.83総トン、全長35.00m、型幅8.30m、型深さ2.90m、主機出力850ps、航海速力11.5ノット、旅客定員90名、8tトラック4台、乗用車2台。愛媛汽船から現物出資。引退後、[[江崎海陸運送]]に売船、貨物フェリー「フェリー第八江崎」に改造<ref name="内航1993">内航船舶明細書 1993 (日本海運集会所 1992)</ref>。 |
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: 芸予観光フェリー時代に建造された唯一のフェリーで、1999年のフェリー便縮小後、廃止まではこの一隻で運航された。引退後、[[今治大島フェリーボート]]に売船。 |
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* '''第七芸予'''(フェリー)<ref name="明細書1997">日本船舶明細書 1997 (日本海運集会所 1996)</ref> |
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: 1984年8月竣工、1994年6月就航(買船)、内海造船田熊工場建造、243総トン、旅客定員250名、トラック8台、主機出力950ps、航海速力11ノット、もと[[大三島フェリー]]第五おおみしま。1999年[[土生商船]]に売船<ref name="世艦別冊"/>。 |
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== 脚注 == |
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==関連項目== |
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*[[大三島ブルーライン]] |
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== 外部リンク == |
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2024年11月11日 (月) 13:15時点における最新版
今治港に停泊する快速船「つばめ」 | |
種類 | 株式会社 |
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市場情報 | 非上場 |
本社所在地 |
日本 〒794-0013 愛媛県今治市片原町1丁目100番地3 |
設立 | 1987年(昭和62年)7月21日 |
業種 | 海運業 |
法人番号 | 8500001011517 |
事業内容 | 定期旅客船の運航 |
資本金 | 3,000万円 |
主要株主 |
愛媛汽船 今治市 尾道市 上島町 |
外部リンク | https://geiyokisen.com |
芸予汽船株式会社(げいよきせん)は、愛媛県の今治~土生(因島)を結ぶフェリーと快速船を運航する会社。
概要
[編集]伯方・大島大橋開通前年の1987年(昭和62年)に、それまで航路を運航してきた愛媛汽船・因島汽船、周辺地方自治体の出資により芸予観光フェリー株式会社が設立された。
1988年(昭和63年)、撤退する愛媛汽船と因島汽船から航路を継承、今治~友浦(大島)~木浦(伯方島)〜岩城〜佐島〜弓削〜生名〜土生のフェリー航路と、今治~早川(大島)~熊口(伯方島)~瀬戸(大三島)の快速船の運航を開始した。
1999年(平成11年)にしまなみ海道が全通し、今治~瀬戸の快速船航路を廃止、今治高速船が運航していた高速船航路の因島以南を快速船で代替・継承する一方、従来のフェリー便は大幅に縮小された。
この間、開業当初は業績が上向き、3年後の1991年(平成3年)には旅客が33万人、車が8万8000台とピークに達するなど順調に推移していたが、しまなみ海道の開通以降は利用客が落ち込み、特にフェリーの航送車両は1万8000台とピーク時の2割に激減した[1]。
さらに原油高も加わり、2006年5月1日から今治〜木浦間でのフェリーの運航を廃止。2008年5月末には残る木浦〜土生間のフェリー航路も廃止した[2]。
2009年6月1日に芸予汽船株式会社へ社名変更。現在は快速船のみを運航している。
航路
[編集]現在の航路
[編集]- 快速船
廃止された航路
[編集]- フェリー
- 今治 - 友浦 - 木浦 - 岩城 - 佐島 - 弓削 - 生名 - 土生
- 2006年(平成18年)5月1日今治 - 友浦 - 木浦廃止。
- 2008年(平成20年)6月1日木浦 - 岩城 - 佐島 - 弓削 - 生名 - 土生廃止。
- 快速船
就航船
[編集]現在の就航船
[編集]- 第一ちどり(快速船)
- つばめ(快速船)
- 50総トン、旅客定員97名、航海速力21.8ノット[3]
- 第十一かもめ(快速船)[5]
- 1992年7月竣工、三保造船所建造、39総トン、登録長20.41m、型幅4.65m、型深さ1.99m。もと今治高速船。予備船。
-
第一ちどり
-
第十一かもめ
過去の就航船
[編集]- ニューはなぐり(快速船)[5]
- 1988年1月竣工、三保造船所建造、35総トン、登録長19.21m、型幅4.65m、型深さ1.85m。今治~瀬戸航路の快速船。航路廃止で引退。
- 第二ちどり(快速船)
- 49総トン、旅客定員97名、主機出力1.632ps、航海速力22ノット[4]、第一ちどりの同型船。
- 第十愛媛(フェリー)[6]
- 1977年8月就航、松浦鉄工造船所建造、197.83総トン、全長35.00m、型幅8.30m、型深さ2.90m、主機出力850ps、航海速力11.5ノット、旅客定員90名、8tトラック4台、乗用車2台。愛媛汽船から現物出資。引退後、江崎海陸運送に売船、貨物フェリー「フェリー第八江崎」に改造[7]。
- 第十二はぶ丸(フェリー)[6]
- 1978年1月就航、川本造船所建造、203.10総トン、全長38.50m、型幅8.60m、型深さ3.00m、主機出力800ps、航海速力11.0ノット、旅客定員162名、乗用車30台、因島汽船から現物出資、1994年日本船舶明細書より削除[8]。
- 第三愛媛(フェリー)[6]
- 1980年12月就航、中谷造船建造、269.99総トン、全長42.55m、型幅9.10m、型深さ3.09m、主機出力950ps、航海速力11.3ノット、旅客定員155名、乗用車30台、愛媛汽船から現物出資、2000年海外売船[8]。
- 第二愛媛(フェリー)[6]
- 1981年11月就航、神原造船建造、274.47総トン、全長42.20m、型幅9.10m、型深さ3.09m、主機出力950ps、航海速力11.3ノット、旅客定員250名、乗用車30台、愛媛汽船から現物出資、2001年日本船舶明細書より削除[8]。
- 第十五はぶ丸(フェリー)[6]
- 1982年2月就航、川本造船所建造、200.61総トン、全長40.80m、型幅8.60m、型深さ2.99m、主機出力900ps、航海速力11.3ノット、旅客定員172名、乗用車30台、因島汽船から現物出資、2000年売船[8]。
- 第五愛媛(フェリー)[9]
- 1990年7月竣工、同8月就航、内海造船田熊工場建造、253.00総トン、全長42.70m、型幅9.10m、型深さ3.10m、主機出力950ps、航海速力11.2ノット、旅客定員230名、8tトラック6台。
- 芸予観光フェリー時代に建造された唯一のフェリーで、1999年のフェリー便縮小後、廃止まではこの一隻で運航された。引退後、今治大島フェリーボートに売船。
- 第七芸予(フェリー)[10]
- 1984年8月竣工、1994年6月就航(買船)、内海造船田熊工場建造、243総トン、旅客定員250名、トラック8台、主機出力950ps、航海速力11ノット、もと大三島フェリー第五おおみしま。1999年土生商船に売船[8]。
-
ニューはなぐり
-
第二ちどり
-
第三愛媛
-
第五愛媛(右)
脚注
[編集]- ^ “芸予観光フェリー 存続に正念場”. 山陽日日新聞. (2008年7月10日) 2014年5月17日閲覧。
- ^ “芸予観光フェリー因島-伯方 5月末で廃航”. せとうちタイムズ. (2008年5月31日) 2014年5月17日閲覧。
- ^ a b [1] 船の紹介
- ^ a b フェリー・旅客船ガイド2006年春季号 p.265 日刊海事通信社 2006
- ^ a b 日本船舶明細書 1999Ⅱ (日本海運集会所 1998)
- ^ a b c d e 日本船舶明細書 1990 (日本海運集会所 1990)
- ^ 内航船舶明細書 1993 (日本海運集会所 1992)
- ^ a b c d e 世界の艦船別冊 日本のカーフェリー -その揺籃から今日まで- pp.225-226 海人社 2009
- ^ 日本船舶明細書 1993 (日本海運集会所 1992)
- ^ 日本船舶明細書 1997 (日本海運集会所 1996)
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 芸予汽船株式会社 (@gkferry) - X(旧Twitter)
- 芸予汽船株式会社 - YouTubeチャンネル