テフラ
テフラ(古代ギリシア語: τέφρα、英: tephra、ギリシャ語で「灰」の意)とは、アイスランドの地質学者シグルズール・ソラリンソンによって定義された語で、火山灰・軽石・スコリア・火砕流堆積物・火砕サージ堆積物などの総称。火山灰などの火山噴出物中のケイ素酸化物SiO2 の組成[1][2]や含有する微量元素を分析することで、起源となった火山の特定が行われる[1]。また、層厚と堆積面積によって噴火規模を推定する事が可能になる[3]。
ソラリンソンはヘクラ山での研究を通し、1944年に火山灰による地層の対比や編年を行う方法を提唱した[4]。短期に広範囲の地層に痕跡を残す性質を用い、年代測定で噴出時期を求めた各テフラを編年の基準(鍵層)とし、各地の層序を共通の広域テフラによって結び付けていく研究はテフロクロノロジーに発展した。その成果は、噴出元の火山の噴火史を紐解くだけでなく、考古学・古生物学・地史学といった地質時代の研究に利用されている[5]。
定義
火山砕屑物とほぼ同義であるが、ある程度広く分布するものに用いられることが多い。狭義には降下したものを指す。しかし学者により厳密な定義に差違が生じており[6]、
- テフラは降下物に限られる
- 火砕流堆積物を含むが溶結したものを除く
- 溶結・非溶結を問わずすべてを含む
などとかなり曖昧である、とする指摘がある[6]。
テフラの成因と呼称
火山が噴火して噴煙が上がった場合、その噴煙の中にはいろいろな大きさの粒子が含まれている。通常、噴煙は噴出の勢いで広がったり風に流されたりするので、その中の粒子は広い範囲に降下するが、大きい(重い)粒子は火口の近くに、小さい(軽い)粒子ほど遠くに落ちることになる。日本上空では偏西風が吹いているため、高さ12,000m以上まで噴出した場合の広域テフラは噴出源から東に分布する傾向がある[3]が、実際には5,000m以下の風向きの影響を強く受ける[3]。また、高さ30,000mを越える噴煙柱では、風上側にも堆積する[3]。
粒子の大きさと距離の変化は連続的で、しかも同一の噴火でできたものであるため、粒子の大きさだけで分類することには本質的な意味がない。また、噴煙柱の一部が崩壊して火砕流を発生することがあるが、その場合は同一の噴煙から火砕流堆積物と降下物の両方ができることになる(例:シラスと姶良Tn火山灰)。このように同時にできたいろいろな火山砕屑物はひとまとめに扱った方が火山噴火史や周辺の地質一般を調べる上で合理的であるため、総称してテフラと呼ばれるようになった。
広域テフラ
特に大規模な噴火が起こった場合、日本全国を覆うほどの規模で火山灰~軽石が降下し堆積する。このような降下テフラを広域テフラという。広域テフラは1回の噴火で形成されるため、地質年代の基準として重要である[7]。広域の定義は研究者によって異なる[7]。
広域テフラを形成する噴火
広域テフラを形成する噴火には大別して2種類あると考えられている。
- 陥没カルデラを形成する大噴火
- カルデラ周辺に広く火砕流堆積物が形成されると同時に、細粒物質が上空に吹き上げられ広い範囲に降り積もる。
- 大規模なプリニー式噴火
- カルデラを形成しない場合であっても、噴出物の量が多く上空まで吹き上げられると、偏西風に運ばれて広い範囲に降り積もる。火砕流を伴わないこともある。
日本の代表的な広域テフラ
テフラ名:記号:噴出源:同時噴出の火砕流:年代の順に示す。
- 白頭山-苫小牧:B-Tm:白頭山:10世紀前半(941年頃)
- アカホヤ:K-Ah,AK:鬼界カルデラ:幸屋火砕流:7,300年前
- 姶良Tn:AT:姶良カルデラ:入戸火砕流:2万5千年前
- 支笏第1:支笏カルデラ:支笏火砕流:4万年前
- 大山倉吉軽石:DKP:大山:5万年前
- 阿蘇カルデラ:Aso-4:阿蘇4火砕流:9万年前
- 鬼界カルデラ:喜界葛原(きかいとずらはら)火山灰:KTz:9.5万年前
- 御岳第1:Pm-1:御嶽山:なし:約10万年前
- 阿多カルデラ:Ata:阿多火砕流:約10万年前
- 洞爺カルデラ:Toya:洞爺火砕流:約11万年前
- 白尾(びゃくび)層:Byk-E:古御嶽:約77万4千年前 - 松山‐ブリュンヌ逆転の直下にあり地磁気逆転の証拠を提供する鍵層であることから、チバニアン(774–129 ka)開始の基準となった層[8]。
- アズキ:猪牟田カルデラ:今市火砕流:約90万年前
- ピンク:猪牟田カルデラ:耶馬渓火砕流:約100万年前
- 恵比須峠-福田:Kd38:恵比須峠火砕流:175万年前 - 更新世(第四紀)基底、鮮新世(新第三紀)との境界の基準。
ギャラリー
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火山のテフラ。Brown Bluff、南極大陸
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アイスランドで地層を調べる研究者
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エトナ火山の噴火
脚注
- ^ a b 古澤明、「火山ガラスの屈折率測定および形態分類とその統計的な解析に基づくテフラの識別」『地質学雑誌』 1995年 101巻 2号 p.123-133, doi:10.5575/geosoc.101.123
- ^ 吉川清志、「ICP発光分析を用いたテフラの同定法とその応用」『地学雑誌』 1990年 99巻 7号 p.743-758, doi:10.5026/jgeography.99.7_743
- ^ a b c d 早川由紀夫、「テフラとレスからみた火山の噴火と噴火史」『第四紀研究』 1991年 30巻 5号 p.391-398, doi:10.4116/jaqua.30.391
- ^ 藤則雄『日本先史文化入門』雄山閣出版、1979年、71頁
- ^ 「テフロクロノロジー」、平凡社『百科事典マイペディア』『世界大百科事典 第2版』および小学館『デジタル大辞泉』(コトバンク収録)、2020年11月30日閲覧。
- ^ a b 安井真也, 「浅間前掛火山12世紀以前の噴火履歴復元の手がかり」『火山』 62巻 3号 2017年 p.117-134, 日本火山学会, doi:10.18940/kazan.62.3_117。
- ^ a b 町田洋、新井房夫、広域テフラと考古学 第四紀研究 1983年 22巻 3号 p.133-148, doi:10.4116/jaqua.22.133
- ^ 地質標本館 特別展「祝チバニアン誕生!―国際境界模式層と地磁気の逆転とは?―」ブックレット、p.3、産業技術総合研究所 地質調査総合センター、2020年7月17日改訂版。
参考文献
- 町田洋、新井房夫『新編火山灰アトラス - 日本列島とその周辺』東京大学出版会、2003年9月。ISBN 978-4-13-060745-2。
- 町田洋、「テフラと日本考古学-考古学研究と関係するテフラのカタログ-」『古文化財に関する保存科学と人文 自然科学』-総括報告書-, 865-928, 1984, NAID 10004720284
関連項目
外部リンク
- 群馬大学 早川由紀夫
- 日本のテフラ(Google Map)
- 100万年テフラデータベース