特別定額給付金
特別定額給付金(とくべつていがくきゅうふきん)は、日本における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経済的影響への緊急経済対策の一施策として、2020年(令和2年)の安倍政権下で実施された日本に住民基本台帳がある世帯主に一人10万円の現金を給付する制度、またはその給付金である。自民党が連立を組む公明党の要求に配慮した施策であり、支給対象は全国民となり、財源の約12兆8800億円は国が全額負担した[1]。給付に関する事務は、居住する市区町村が担った。
背景
編集新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経済的影響への不安が広がる中、2020年3月18日に国民民主党代表玉木雄一郎が「全国民への現金10万円一律給付」を盛り込んだ経済政策を発表した[2]のを皮切りに、自由民主党議員若手グループが現金一律給付を含む政策提言を3月30日に発表[3]したほか、連立を組む公明党も3月31日に現金給付を求める提言を発表する[4]など全国民への現金一律給付案が議論となった。麻生太郎財務大臣が一律給付に反対する一方で[5]、自民党の二階俊博幹事長は一律給付を要求し[6][7]、与党・閣内でも意見が分かれた。また、水面下では3月17日に岸田文雄政調会長が安倍晋三首相に対して「最も必要なのは現金。国民の安心につながる。」と提案し、一律現金給付の流れを作っていた[8]。しかし、首相は3月28日の会見で一律給付に否定的な見解を示し、政策責任者である岸田もこれに従って党内の取りまとめにあたった[8]。
国民民主党と統一会派を組む立憲民主党は当初現金一律給付案に消極的であり[9]、立憲民主党所属の逢坂誠二も対象者等の制限のない給付は反対者が多いとしていたが[10]、後に野党統一会派の提案として社会民主党と共に10万円一律給付を主張することとなり[11]、最終的に反対派の主張は影を潜めることとなった。
2020年(令和2年)4月3日、安倍晋三首相が緊急経済対策として新型コロナウイルス等の影響に寄り収入が大きく減少した世帯に対して一世帯あたり30万円の現金を給付することを表明[12]。その後、給付金の仮称が生活支援臨時給付金となり、総務省が準備などを進めていたが、首相が4月17日の記者会見[13]で、当初予定していた給付金制度を撤回し、一律に1人あたり現金10万円を給付することに切り替えることを表明。4月20日、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の一施策として閣議決定された[14]。予算総額約12兆円。4月30日、国会において所要の補正予算が成立[15]。
生活支援臨時給付金
編集新型コロナウイルス感染症の影響を受けた者に対する給付金については、当初は下記の条件が検討されており、1世帯あたり30万円を給付し、市区町村へ自己申請することが想定されていた。
世帯主の2020年2月から6月の収入が以下の状況であること。
- 新型コロナウイルス感染症発生前に比べて所得が減少し、年間の所得が住民税非課税水準となる低所得世帯
- 新型コロナウイルス感染症発生前に比べて所得が半分以下になった世帯。年間の所得が住民税非課税水準の2倍以下となる世帯。
- ただし、世帯主(給与所得者)の月間収入が下記の基準額以下であれば、住民税非課税水準であるとみなす。
- 扶養親族等なし(単身世帯) 10万円
- 扶養親族等1人 15万円 以下、扶養親族が1人増える毎に5万円を加算
対象者・給付額
編集給付対象者は、基準日の2020年(令和2年)4月27日において、日本の住民基本台帳に記録されている者で給付対象者1人につき10万円。受給権者は、その者の属する世帯の世帯主。国内に住む日本国民と3か月を超える在留資格などを持ち、住民票を作成している外国人が対象となる。同年4月28日以降に死亡した場合も、対象となる。ただし、世帯の構成員が全員死亡した場合(主に、単身世帯において、その構成者が死亡した場合)は、給付の対象世帯が消滅することから、支給されない[16][17][注釈 1]。戸籍がなく住民基本台帳に登録されていなくても、要件を満たせば対象となる[20]。一定の基準日において住民基本台帳に記録されている者等とした条件が、憲法14条に定める法の下の平等の規定に違反するのか否かが争そわれた裁判の判決によれば、これに違反しない。[21]
申請の開始日と支給の開始日は、市区町村が定めることとなり、郵送での受付開始日から3ヵ月以内に申請する必要がある。市区町村からの郵送による申請方式とオンライン申請方式(マイナポータル)がある。2020年5月1日時点で679市区町村がマイナポータルによる申請受付を開始した[22]。銀行口座を所有できないなどやむを得ない事情の場合のみ市区町村窓口での申請・受け取りも可能。
ドメスティックバイオレンス、虐待、性暴力、貧困などの特別規定
編集受給権者が世帯主であることから、世帯主よりドメスティックバイオレンス、虐待、性暴力を受けている、貧困などにより給付金が行き届かない懸念がされていた。それを受け総務省は対象者が「現在住んでいる、避難をしている自治体」に住基支援措置の申請、警察署、福祉事務所、児童相談所でDV被害相談、虐待被害の申告を行ったときに発行されるDV被害証明、虐待被害証明などの必要書類を添付し申請することで給付金の受け取りを可能にしかつ受給権者への支給を差し止める特例を設けた[14]。
課税の取扱い・生活保護などにおける取扱い
編集特別定額給付金については、所得税及び住民税は非課税である[注釈 2]。給付金は所得としてみなされないので、確定申告の必要はない[23]。[24]また趣旨・目的に鑑み、生活保護受給者における収入や資産として認定しない[25][14]。
特別定額給付金も生活保護、児童扶養手当、刑務作業報奨金、犯罪被害者給付金などと同様に民事執行法、国税徴収法、破産法の差押禁止財産である。
また、児童相談所一時保護所、児童養護施設、児童自立支援施設、少年鑑別所、少年院、少年刑務所、刑務所、拘置所、代用刑事施設に収容されている被疑者、被告人、入所者、死刑囚、受刑者、被収容者も支給対象であった。
自治体の対応
編集国の予算が成立する前に申請に向けた動きを行っている自治体もある。熊本県産山村では4月27日に申請書類を送付し、5月1日には給付を開始する見込み[26]。茨城県笠間市では、4月28日13時から(申請書の発送は5月中旬を予定)マイナポータルを活用した申請の受付を開始している[27]。郵送等による申請は原則として自治体からの案内をもって受け付けることとなっているが、千葉県市川市ではホームページからのダウンロードによる申請書での受付を4月27日から開始している(郵送による案内は6月上旬を予定)[28]。京都府井手町は4月27日、国と同時に2万円を給付すると発表[29]。東京都荒川区ではホームページからのダウンロード、および区役所・区民事務所配布による申請書での受付を5月7日から開始した[30]。
郵送の申請書で「特別給付金の受け取りを希望しない」の欄に間違ってチェックを記入し、意図せず受給を辞退するケースが発生しているため、自治体では注意を呼びかけている[31]。秋田県秋田市、東京都荒川区など一部の自治体では、「特別給付金の受け取りを希望しない」という欄を設けていない申請書を郵送している[32][33]。
また、東京都新宿区は感染により仕事などに影響が出る人がいるとして、感染が確認された区民に1人当たり10万円の見舞い金を支給することを2020年7月9日に決めた[34]。
受給資格の対象となる基準日4月27日に住民基本台帳に登録されていれば原則として受給資格があるが、申請書が届かないうちに死亡し、受給できなくなるケースが各地に出ている。総務省や市によると、定額給付金は世帯単位で申請することで受給できる仕組み。複数人の構成員がいる世帯では申請書が届く前に死亡しても世帯主が死亡した者の分も請求できるので受給可能である。しかし、単身世帯の場合申請書が届く前に死亡すると世帯が消滅するので受給できず、名古屋市の場合、申請書の郵便発送開始は5月25日、発送を終えたのは6月20日と他都市と比べ遅れ、その間に単身世帯の構成者が死亡すると基準日に生存していても郵送で申請できないので事前にオンライン申請を行っていなかった場合は受給できない。独自の救済策を打ち出した長崎県大村市は4月27日から同市の申請期限の8月18日までに亡くなった単身世帯の市民に対し、市独自の財源で相続人に各10万円を給付している。名城大学都市情報学部教授(行政学)の昇秀樹は、個人ではなく世帯に対して給付する従来の行政の考え方が、今回の問題を招いた背景にある。国民1人1人に給付すべき。国民が申請しなくては給付を受けられない行政の考え方も特別給付金にそぐわない。今後はマイナンバーと関連した銀行口座を国民が1つ所有するなど、行政が個人に対して迅速に給付できる仕組みづくりを急ぐべきとしている[16][17]。基準日後に死亡した単身世帯のお年寄りらが給付対象外になる問題で、名古屋市長の河村たかしは、2020年7月16日「不公平な制度だ。今後、市として制度改正を要望していく」と述べ、国に改善を求める意向。制度設計について河村は「単身世帯の人が亡くなっても、遺族に相続権があるはず。それを奪うことはできないのでは」と指摘した[35]。
愛知県大府市など、2020年4月28日以降に生まれた新生児に対しても、独自の給付金支給制度を設けている自治体も存在する[36]。
オンライン申請の中止
編集オンライン申請については、受給権者ではない世帯主以外からの申請や入力ミス等があり、自治体側の確認作業が負担となるため、途中から受付を中止する事例が発生した[37]。東京都荒川区では、混乱防止のためsalesforceによる独自システムを構築し、郵送申請とオンライン申請を一括で管理できるようにした[38]。香川県高松市、東京都八王子市など一部自治体では申請の不備が多く確認に手間がかかる事からオンライン申請の受付を中止すると発表した[39][40]。
混乱の背景には、2008年3月6日の「住基ネット最高裁判決」により、[41]住民の氏名・住所・性別・生年月日(「基本4情報」)を送信してはならないとされた、情報提供ネットワークシステムの運用ルールの存在が指摘されている[42]。
独自のオンラインサービスの展開
編集兵庫県加古川市はネットを活用した独自のサービスを次々に打ち出し、申請処理状況を市のホームページで確認できるようにしたほか、5月27日からマイナンバーカードがなくても郵送された申請書に記載された「照会番号」を用いたオンライン申請を導入した。[43]
支給の遅れ
編集多くの市町村では5月末日までに申請書の配布がされたが、給付金の支給については、大都市圏と地方では給付率の差異が見られた。令和2年6月24日時点で全国平均で67.2%の給付がなされているにもかかわらず、同時期の給付率は、大阪市は3%、千葉市8%、名古屋市9%に留まった。ただし大都市であっても、札幌市は92%、神戸市は78%、福岡市は53%であった[44]。
総務省が公表している給付率の推移は以下の通り[45]。
日付 | 給付額 | 給付率 |
---|---|---|
令和2年6月 | 5日3.85兆円 | 30.2% |
6月10日 | 4.91兆円 | 38.5% |
6月12日 | 5.96兆円 | 46.8% |
6月17日 | 6.94兆円 | 54.5% |
6月19日 | 7.73兆円 | 60.7% |
6月24日 | 8.56兆円 | 67.2% |
6月26日 | 9.12兆円 | 71.6% |
令和2年7月 | 1日9.73兆円 | 76.4% |
7月 | 3日10.34兆円 | 81.2% |
7月 | 8日10.87兆円 | 85.4% |
7月10日 | 11.19兆円 | 87.8% |
7月15日 | 11.58兆円 | 90.9% |
7月17日 | 11.85兆円 | 93.0% |
7月22日 | 12.12兆円 | 95.2% |
7月29日 | 12.26兆円 | 96.3% |
7月31日 | 12.32兆円 | 96.8% |
令和2年8月 | 7日12.44兆円 | 97.7% |
8月14日 | 12.52兆円 | 98.3% |
8月21日 | 12.55兆円 | 98.5% |
8月28日 | 12.59兆円 | 98.9% |
令和2年9月 | 4日12.62兆円 | 99.1% |
9月11日 | 12.65兆円 | 99.3% |
9月18日 | 12.65兆円 | 99.4% |
9月25日 | 12.66兆円 | 99.4% |
令和3年3月31日 | 12.67兆円 | 99.7% |
問題点
編集この事業費総額は12兆8802億円であり、約1458億円のコストをかけて日本の居住者に配布された。審査や給付の迅速化を図るために、無条件で全ての日本の居住者に配布されることとなった。
議会での立法を避けて閣議決定で支給を決めたのは財政民主主義に反し[46]、法令に基づかない内部規則のみによる支給は法律による行政の原理、とりわけ法律の留保の原則を逸脱しているという批判がありうる[47]。結果として支給されない者が支給を求めて抗告訴訟を起こすことができなくなった[48]。
公金受取口座制度の未導入の弊害
編集しかし、日本では他の先進国とは異なり口座とマイナンバー制度の紐づけ(個々人の公金受取口座の登録)が未導入だったこと、対象者が世帯主に一括支給なっていること、前回に実施した定額給付金とは異なり準備期間等がほとんどなかったことで、前述のように結果的に給付が大幅に遅れる自治体も存在した。現金給付のために、市区町村が基本的に事務を担い、申請書の印刷・発送や住民からの問い合わせ用コールセンター業務、申請書のチェック作業など、自治体職員外部委託業者と分担して行われた。膨大な数の給付作業の中でいちばん手間どったのは、紙の申請書による口座情報の入力であり、入金希望口座が書いて送り返されてきた申請書の内容を職員等が1件ずつ確認を行った。国民一人当たり10万円の現金支給のために1200円前後ずつかかっているため、口座とマイナンバー制度の紐付けを義務化していれば、給付の迅速化・事務コストの削減が可能であったと指摘されている[49]。
逆にアメリカや台湾、韓国など他の先進国では、個人認証システムと銀行口座の情報が紐付けられているため、登録情報から即座の現金給付が可能である[50]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ “自公合意「10万円」給付 厳しい世論の視線 大半が貯蓄 効果の議論なく(北海道新聞)”. Yahoo!ニュース. 2021年11月13日閲覧。 “いずれも選挙協力を念頭に、自民党が連立を組む公明党の要求に配慮した側面があった”
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- ^ 消費税5%に下げ、自民若手が声明 全国民に10万円も
- ^ “公明党が経済提言 収入減に10万円給付を”. 日本経済新聞 (2020年3月31日). 2020年6月28日閲覧。
- ^ 麻生氏「同じ失敗したくない」 現金給付、一律では実施せず
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- ^ “「全国民に10万円」めぐる自公連立21年目の大喧嘩!安倍×山口×二階・岸田…緊迫48時間の舞台裏”. FNN (2020年4月21日). 2020年8月7日閲覧。
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- ^ 日曜討論ダイジェスト「経済対策 現金給付は?」-NHK
- ^ 国民1人10万円以上の現金給付 野党が緊急対策を提案-朝日新聞
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- ^ (大阪地裁 2021)
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- ^ 徳永 2024; 吉良 2024
- ^ 「給付行政においても、給付をしない決定がしばしば行われるのであり、利益状況という点から見ても、要件と効果という体裁をとって当該行政作用の内容自体を規律する「根拠規定」による「統制」の必要があろう。」(稲葉 他 2018, p. 30)「実施要領が内部規則であるならば、その要件を充足しても給付を受ける地位にあるとはいえないのではないかという点で、(確認の利益を認めたのは)腑に落ちないような気も」する(藤原 & 古田 2023, p. 7)。
- ^ 最高裁 2022
- ^ “「1人10万円」定額給付金をめぐり大混乱した訳 | コロナ後を生き抜く”. 東洋経済オンライン (2020年7月12日). 2021年10月14日閲覧。
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参考文献
編集国会議事録
編集- 参議院事務局 編「徳永エリの発言」『第213回国会参議院決算委員会議事録』8号、2024(令和06)-05-27 。
- 参議院事務局 編「吉良よし子の発言」『第213回国会参議院決算委員会議事録』8号、2024(令和06)-05-27 。
判例
編集- 最高裁 (2008(平成20)-03-06), 損害賠償請求事件, 判決 , " 住民基本台帳ネットワークシステムにより行政機関が住民の本人確認情報を収集,管理又は利用する行為は,当該住民がこれに同意していないとしても,憲法13条の保障する個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を侵害するものではない。", 民集 62 (3): 665.
- 最高裁 (2022(令和04)-06-07), 決定
- 上記の原審:大阪高裁 (2022(令和04)-01-18), 特別定額給付金の支給義務付け等請求控訴事件, 判決
- 上記の原審:大阪地裁 (2021(令和03)-04-27), 特別定額給付金の支給義務付け等請求事件, 判決 , "総務大臣が発出した「特別定額給付金給付事業費補助金交付要綱について」の定めのうち特別定額給付金の給付対象者を一定の基準日において住民基本台帳に記録されている者等と定めた部分は,憲法14条1項に違反しない。"
- 上記の評釈:藤原孝洋; 古田隆 (2023(令和05)-09). “住民基本台帳に記録されていない居住者への給付金不支給は違法か:本件実施要領給付基準に違憲性等は認められない―裁判所”. 判例地方自治 (501): 4 - 7.
- 同:板垣勝彦 (2024(令和06)-03). “ホームレスへの特別定額給付金の支給義務付け等請求事件:国・大阪市”. 判例地方自治 (508(増刊)): 56 - 60.
- 上記の原審:大阪地裁 (2021(令和03)-04-27), 特別定額給付金の支給義務付け等請求事件, 判決 , "総務大臣が発出した「特別定額給付金給付事業費補助金交付要綱について」の定めのうち特別定額給付金の給付対象者を一定の基準日において住民基本台帳に記録されている者等と定めた部分は,憲法14条1項に違反しない。"
- 上記の原審:大阪高裁 (2022(令和04)-01-18), 特別定額給付金の支給義務付け等請求控訴事件, 判決
書籍
編集関連項目
編集外部リンク
編集- 総務省|特別定額給付金(2020/10/01アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- 特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連) - 総務省