「倫理上の決断だと感じるようになり、移ることを決めました」
アメリカ東部、ニューハンプシャー州のポール・ルブランクさんは、去年11月、およそ1万人を超えるフォロワーがいた、X(旧ツイッター)のアカウントを削除し、代わりに新興のSNS、「Bluesky」(ブルースカイ)を使い始めました。
半年ほど前まで、アメリカの大学で学長を務めていたルブランクさん。
Xで情報を集めたり、学生や職員とコミュニケーションをとったりするなど積極的に活用していましたが、イーロン・マスク氏がXを所有したころから、流れてくる投稿の雰囲気が変わったと感じるようになりました。
Xから“移住”? 新興、国産… 2025年 SNSの現在地は
災害や選挙が相次いだ2024年。Xでは、偽情報の拡散や「インプレゾンビ」など、さまざまな問題が顕在化しました。
年が明け、フェイスブックやインスタグラムを運営するIT大手メタが「第三者によるファクトチェック」を取りやめると発表。
そんな中で新しいSNSに“移住”する動きも出ています。2025年、揺れるSNSの現在地は。
Xから「移住」した先は…
ルブランクさん
「不適切な内容のコンテンツが表示されるようになりました。X上の議論が粗野なものに変わりました。最近では、マスク氏は自身の政治的な活動のプラットフォームとして利用するようになりました」
ルブランクさんは1年以上迷ったすえに、Xのアカウント削除を決めました。
そして、ブルースカイでの最初の発信では「私の新しいソーシャル空間にようこそ。マスク氏によってストレスがたまるものに変わってしまったツイッターとは、お別れした」と投稿しました。
世界に広がるSNS疲れ?
Xの日本の利用者は6700万人、世界では5億7000万人に上ります。(1か月に1度以上利用する人)
ツイッター時代から使う人も多く、情報インフラの1つとなってきました。そのXで「X離れ」とも言われる動きが出ています。
お笑いコンビ「EXIT」の兼近大樹さんは、フォロワーが70万人以上いたアカウントを6月に削除しました。
海外でも、イギリスの有力紙「ガーディアン」やスペインの有力紙「バンガルディア」などのメディアや……
世界3大映画祭の1つ「ベルリン国際映画祭」やドイツのサッカー1部リーグのチーム「ザンクト・パウリ」などが相次いで、Xへの投稿を辞めたり、アカウントを削除したりしました。理由はさまざまです。
「有害なメディアプラットフォームで、イーロン・マスク氏が政治的な言説を形づくるのに利用している」(ガーディアン)
「人種差別や陰謀論が抑制されることなく拡散している」(ザンクト・パウリ)
街の人々からも。アメリカ・ニューヨークで聞いてみると…。
「いまは政治の話が多くてストレスがたまるので、1~2年前から距離をおいています」(20代男性)
「Xはアカウントを持っていますが、政治の話が多くて関わりたくないと思っています。見るのは月1回くらいでしょうか」(20代女性)
「ほとんど使わなくなったと思います。意見が極端になり少し荒れてしまって、楽しい場所ではなくなってしまった」(50代女性)
また、東京・渋谷では。
「Xって名前変わったころから興味ないことも表示されるようになりました。最近はけんかも多くて、またこれかとうんざりする」(20代女性)
「過激な動画が流れてくる。疲れることもあります。見る頻度はだいぶ減りました」(30代男性)
「見ていて疲れることあります。率直な意見すぎるものがあってちょっと嫌になる」(20代女性)
【配信はこちら】サタデーウオッチ9「SNSの現在地は」
1月18日(土) 午後10時まで配信
Xは「対戦型SNS」に…
もともとツイッターだったX。
実業家のイーロン・マスク氏が2022年に買収して以降、大きく変容しました。
マスク氏は、“表現の自由を守る”として、暴力をあおるなどとして停止されていたアカウントを復活させたほか、偽情報や誤情報、それにひぼう中傷の対策など、コンテンツ管理にかかわる人員を削減。
「対戦型SNS」であると標ぼうし、活発な議論を促すようになりました。
また、ユーザーにあわせて投稿を自動的に表示する「アルゴリズム」が強化され、注目を集めている投稿が「おすすめ」として表示されやすくなりました。
有料ユーザーがインプレッション=閲覧数を集めると収益を受けられるようにもしました。
このなかで、災害や選挙など、注目を集めるできごとが相次いだ2024年には、偽情報が多く拡散し、閲覧数稼ぎを目的に無意味なコメントをつける「インプレゾンビ」、報道機関の災害情報を装ってアダルトサイトに誘導する「スパム」が急増しました。
桜美林大学の平和博教授はXの現状について、こう指摘しています。
平教授
「コンテンツ管理の後退や広告目的ユーザーによる有害情報の拡散、ブロック機能の変更などが続いていて、ユーザーは社会の分断をあおるような声高で極端な主張や偽情報の氾濫を目にするようになっています。そのような状況に対して疲れや不安を感じるユーザーが増えているのではないでしょうか」
新たな「移住先」が出現?
一方でここ数年、Xの代替にもなる、新たなSNSも相次いで登場しています。
2023年には、フェイスブックやインスタグラムを運営するメタの「Threads」(スレッズ)や、ツイッターを創設した1人が立ち上げた「Bluesky」(ブルースカイ)、そして先月、2024年12月には、国産の「mixi2」(ミクシィ2)が登場しました。
SNSに詳しいブロガーの徳力基彦さんによると、これらの新興SNSはいずれもフォローしたアカウントの投稿が流れてくる「タイムライン型」という共通点があります。
その一方で、利用者の情報に応じた投稿を判断して「おすすめ」などとして表示する「アルゴリズム」を重視しているか、利用者がフォローしている人の投稿を優先的に表示する「関係性」を重視しているかという違いがあるといいます。
Xを離れたユーザーの受け皿になったスレッズは、去年のアメリカ大統領選挙のあと、11月に利用者が1500万人以上増え、3億人を超えました。
また、ブルースカイは、11月上旬の1週間で300万人以上が登録。利用者は2500万人を超えています。
かつてのツイッターのように、主なタイムラインにはフォローした人の投稿が時系列で表示されます。
ブルースカイは去年11月、NHKの取材に対して、特にアメリカやカナダなどの利用者が増えているとしたうえで、「ユーザーはオープンで透明性の高いソーシャルネットワークを求めている」とコメントしています。
- 注目
国産SNS 「やさしいことばで…」
こうした状況の中、日本で登場したのがmixi2(ミクシィ2)です。友人などとのつながりを大事にするというのが特徴です。
およそ20年前にSNSの事業を立ち上げ、今回のプロジェクトも主導したのが、取締役ファウンダーの笠原健治さん。ねらいを次のように話しています。
笠原さん
「SNSの本来的な価値は、つながった人との関係性を深めることができることですが、いまそこからずれていて、よりおもしろいコンテンツやバズっているものを見せて、ユーザーの滞在時間を延ばしていこうという戦略に変わってきています。逆に言うと、友達とのコミュニケーションという部分に空きが生まれて、ある意味チャンスでもあるなと思いました」
完全招待制で、自分が選んだ人の投稿を閲覧できる形を基本としています。利用者も18歳以上に限りました。
ギスギスしたやりとりにならないよう、コメントの画面では「やさしいことばで返信しよう」と呼びかけています。
こうした仕組みを導入しても、笠原さんは、偽情報やひぼう中傷を完全には防ぐことができないとして、AIなども活用してチェックする体制を築きたいと言います。
笠原さん
「SNSができて20年たち、SNSが成熟しつつも変わってきている部分もあると思います。原点回帰というか、つながった人との関係性を深められるところを愚直に手がけていくことに存在意義があると思っています」
2025年は「分散」や「分断」進む?
「群雄割拠」の時代に入ったともいえるSNS。
SNSに詳しいブロガー、徳力基彦さんは、それぞれの利用者が場面に応じたSNSを選ぶようになり、「分散」が進んでいくのではないかと指摘します。
徳力さん
「コミュニティの雰囲気がサービスによって違うのが明確になったと思います。平和な街がいいか、出世することができても攻撃されやすい街がいいか……。ユーザーがそれぞれ自分たちにとって安全なコミュニティを選ぶというのが、この1、2年明確になりました。2025年はSNSの分散化が進む年になるかもしれません」
一方で、桜美林大学の平和博教授は、社会の分断にもつながるおそれもあるとしています。
平教授
「SNSは社会のインフラとして、選挙などにも大きな影響力を持つようになりました。多様な使われ方が広がっていく一方で、SNS間の情報の行き来、意見の流通が遮断されていけば、それぞれのユーザーの見ている世界が異なるなかで議論がかみ合わず、社会の分断が進んでいってしまうのではないかという懸念もあります」
メタの決定 広がる衝撃
さらに、今年に入ってからも大きな動きが。
2021年のアメリカ連邦議会への乱入事件のあと、主要なSNSで一時アカウントを停止されていたトランプ氏が、まもなく大統領に再び就任します。
トランプ氏との関係の修復を図ってきたメタのザッカーバーグCEOは1月8日、フェイスブックやインスタグラムなどで行ってきた第三者による投稿内容の事実確認、ファクトチェックを廃止すると発表しました。
ザッカーバーグ氏は不適切な投稿への対策が複雑化し、検閲が行き過ぎたと説明したうえで「表現の自由を回復することに集中する」として、偽情報に対してはXと同様の「コミュニティノート」で対応する考えを示しました。
これに対して、ファクトチェック団体などからは批判の声が噴出しています。
「ファクトチェックを検閲と結び付ける発言を強く非難する」(欧州ファクトチェック基準ネットワーク)
「正確で信頼できる情報を探すSNS利用者にとって打撃となる。ファクトチェックのジャーナリズムでは検閲したことはないし、投稿を削除したこともない」(国際ファクトチェックネットワークのディレクター、アンジー・ドロブニック氏)
これからの向き合い方は
SNSをめぐる状況がめまぐるしく変化してきているいま。私たちはどう向き合っていけばいいのか。最後に、SNSに詳しい2人に聞きました。
徳力さん
「会社の同僚がいる場所での会話と、同窓会での会話、会社の偉い人がいる飲み会だと会話のしかたも全然変わりますよね。このSNSはこういうコミュニケーションに使うもので、自分はそこではこういう姿を見せるというように、現実社会と同じように考えるべきだと思うんですよね」
平教授
「利用者みずからがバランスのとれた情報を取得し、判断していくことが重要になるのではないでしょうか。それぞれのSNSの仕組みや特徴、そこに流れている情報の信頼性についての“物差し”を、個々人が持っていくことが求められていくのかもしれません」
(経済部 三好朋花、アメリカ総局 田辺幹夫、機動展開プロジェクト 籏智広太)
【配信はこちら】サタデーウオッチ9「SNSの現在地は」
1月18日(土) 午後10時まで配信