矢吹健
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その他
デビュー当初から、森進一との類似性を指摘されているが、矢吹の歌唱法は藤本卓也に指導を受けたものであり本質は異なる。因みに森は鹿児島県育ちであるが、出生地は矢吹と同じ山梨県甲府市である。初期の藤本作品は矢吹の絶唱を強いるように、矢吹の声域に対してかなり高めのキーを用い作曲されている。そのため「あなたのブルース」についてはデビュー当初よりリサイタルやテレビ出演等は原曲よりも1音低いキーで歌っている。1970年頃より発表作品のキーを下げ、テクニックで泣き歌いの絶唱を聴かせる歌唱スタイルに転換した。
デビューシングルの当初のジャケットは手にタバコを持っている写真が使われているが、当時の公式プロフィールでは19歳となっている。
初期のマネージャーは岡田朝光(GSヴァンドッグスの元リーダー)が務めた。
デビュー直後に日活映画「夜の最前線 女(スケ)狩り」(1969年公開、井田探監督・和田浩治主演)に流しの役で出演している。作品の中で「うしろ姿」「あなたのブルース」を歌うシーンがある。「うしろ姿」はレコードと別バージョンで、レコードと異なり「あたし」ではなく「わたし」と歌っている(矢吹は「夜の最前線」続編にも出演している)。
「うしろ姿」は日高隼人(正人)、「私にだって」は香田晋がカバーシングルを発表している。
アルバム「有線ベストヒッツ」収録の「憎い夜」は、曲調・作詞作曲者のクレジットから昭和30年代の楽曲と思われるが、過去に発表された記録が見当たらないことからオリジナル作品とした。
真木ひでとが演歌転向後に発表したアルバム「夢よもういちど」(1975年)では山口洋子が全曲作詞をしており、声質が似ているためか過去に矢吹に提供した「許してあなた」「むらさきブルース」「あなたが憎い」「水のようなあなた」「そんなあなたが」がカバーされている(編曲は全て竜崎孝路)。
シングル「女の爪あと」は水原弘のカバー。
シングル「女ですもの」(作詞・作曲:東洋介)のオリジナル盤は1968年の西城健の作品。1969年に渚一郎とルナ・ジェーナがカバー後に、1973年に矢吹健が同曲を発表。他にも藤圭子、黒木憲、三条魔子、名取忠彦とグリーングラス、細川たかし等多くの歌手がレコーディングしている。矢吹は1970年代後半の「蒸発のブルース」再発時にC/W曲として再録音(オケは1973年と同じもの)。ユニオン系とその他のレコード会社では2コーラス目のサビの部分の歌詞が異なる。
作曲家として日高隼人、沢こうじ、ジョージ榊、清水弘(ベガー清水)、西川学、MASAKAZU等に作品を提供している。作曲者名は、ユニオン時代は本名の「金子勝孝」名義を使用。その後は「みやびはじめ」「矢吹健」を使用している。
過去に本人出演ビデオカラオケソフトが発売されていた(あなたのブルース、うしろ姿、女の爪あとに出演)。
アルバム「嘆愁夢想~ぶるうす~」は矢吹最後のレコーディング作品で、1980年代以降の矢吹作品の編曲を手掛けた近藤浩章(いずみたくの助手出身)率いるCオーグメントの企画シリーズ第6弾(全9作品)にあたる。
長男の雅一は1997年にシンガーソングライターとして活動を開始。1999年7月に父子ユニット「ELECTRIC & PLANCTON」名義で共演アルバムを発表。しかし、発表記念ステージを控えた同年12月に雅一は小腸破裂による腹膜炎のため急逝。その後、矢吹も脳梗塞を患い山梨県で再起に向けリハビリに励んでいたが、2003年に妻が相模湖で水死(自殺と見られる)している。(出典:読売新聞、週刊新潮)
晩年まで毎年発行される演歌歌手名鑑には氏名と顔写真(オリエント時代のスキンヘッドにサングラス姿)の掲載が継続され、個人事務所であるKEN音楽事務所の住所と電話番号が明記されていた。
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