一流に選ばれる人は何をしているか? ~シルク・ドゥ・ソレイユ出演者の日常から~

バックステージの様子

シルク・ドゥ・ソレイユのバックステージ(Photo by 粕尾将一)

リクナビNEXTジャーナルをご覧の皆さま、はじめまして。

「シルク・ドゥ・ソレイユ」というサーカス団体で縄跳びのアーティスト(パフォーマー)をしております、粕尾将一と申します。

皆さんは「サーカス」と聞いて、どんなものをイメージしますか?

サーカスと聞くと「空中ブランコ」「綱渡り」「象」……あるいは「超人技の数々」「才能がすべて」……など、さまざまな印象をお持ちかと思います。

確かに我々は毎日1000人規模の観客の前で、技術と才能の粋を集めた演技で「非日常な世界」を表現しています。時に空中ブランコ、時にジャグリング、時に超人的な技によって。

当然、お客様に喜んでいただく以上、アーティストには高い技術力、才能が求められます。しかし、アーティストという職業は「技術」や「才能」だけでは続けることはできません。世界各国から集まった同僚を見ていると、「技術」でも「才能」でもない“何か”を持っている人が集まっているんだと感じるのです。

たとえば、身体が資本と言われる中、40歳を過ぎて20年以上も現役でいるアーティストや、過去に10以上のショーを渡り歩いた強者アーティストなどは、技術や才能だけでは乗り越えられない“何か”を持っているのです。

今回は世界の舞台で演技をするシルク・ドゥ・ソレイユのアーティストがもつ“何か”について考えることにしました。そしてその“何か”を、10の特徴にまとめたいと思います。

練習中の様子
練習中の様子

練習中の様子(Photo by 粕尾将一)

▼ 1. 「自分のやるべきこと」を知っている

この職場は強い自己管理の求められる職場です。

しばしば「1日にどのぐらい練習するのですか?」という質問をされます。機材の制約や安全面の関係上、ステージを利用するときや大掛かりな装置を利用する場合は許可を取ります。しかし厳密に言えば、ショーに出るための練習は強制されていません。個々人が必要と思うだけトレーニングをするのが基本です。

たとえばジャグリングのアーティストは、ショーのある日は必ず2時間の練習をすると言います。しかも練習中はほとんど休憩せず、ひたすらに道具を投げ続けるのです。彼によると、この2時間はステージで自信を持って演技をするためには不可欠な時間だといいます。

一方でトランポリンのアーティストは週に一度の合同練習しかしません。なぜならこのアクトは身体への負担が大きく、これ以上の練習は怪我のリスクが高くなるためです。替わりに関節や腰を守るための筋トレやマッサージを入念に行い、メンテナンスに細心の注意を払います。

1週間でも1ヶ月でも、まったく練習無しでショーに出演することだって、できてしまいます。しかし、当然そんなアーティストはいません。上記のように、各自がショーに向かって必要なスケジュールを作成し、身体やコンディションを自己責任で維持・管理しています。

シルク・ドゥ・ソレイユのアーティストは、「何が求められているか?」「(それに応えるために)自らに何が必要か?」を考え、実行している人々なのです。

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▼ 2. 必要以上の練習はしないが、必要最低限は見極める

我々アーティストは、毎日のショー本番で技や演技の成功が求められます。サーカス特有の危険と隣り合わせの演技も多く、常に緊張感を持ちながらステージに立っています。

ところが、アーティストたちは必要以上に練習をしません。なぜなら我々はほぼ例外なく「これで大丈夫だ、ステージに立てる」という明確な基準を個々人で持っているのです。基準を満たせばそれ以上の練習は必要ない。いたってシンプルな判断です。

人は不安なとき、必要以上に準備や練習をしてしまう生き物。つまり、アーティストとは誰よりも自分自身を信頼している人間なのです。

とは言っても、中途半端なレベルで練習を終えるというわけではありません。我々とて一瞬のミスが大怪我や生死に関わりますから、不安があれば練習を重ねます。そして意地でも「ステージで自分を信頼できるレベル」まで持ち上げます

自分は縄跳び以外に「バンジー」という役割をしています。これは20メートル上空にある空中ブランコから飛び降りて再び戻ってくるモノ。危険な高所ゆえに練習の有無を慎重に決定しています。

たとえば気温・湿度が変化することで、バンジーの伸び方が変わります。すると思ったよりも跳ね返りが弱く、うまく20メートルまで上昇できない可能性があります。跳ね返りが不十分で空中ブランコをつかみ損ねれば、怪我につながる恐れもあります。一度、無理な体制で落下したことで左肩靭帯を損傷したことがありました。幸い大事には至りませんでしたが、高所の恐怖を痛感した出来事です。

あれ以降、連休明けや急激に気温が変化したときに必ず練習をさせてもらい、常に万全できる体勢を整えるようにしています。

「自らを信頼できる基準を持つ」と言うのは簡単。でも背後には膨大な量の練習、成功と失敗に裏打ちされた自信があるのです。

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▼ 3. 必要であると考えたら、納得するまでトコトンやりこむ

シルク・ドゥ・ソレイユでは、しばしば演技の模様替えを行います。一部振り付けを変更したり、音楽を変更したり、技の組み合わせを入れ替えたり。お客様から見ると気づきにくいですが、少なくとも2年に一度は大規模な模様替えが実施されているのです。

これは「ショーは進化するもの」という会社の信念によるものです。

常に変化し、より良いショーにするべく模索を続けているのです。

当然、アーティストもショーと共に変化することが求められます。我々は必要以上の練習はしません。しかし必要と思えば自らが納得するまでトコトン練習をするのです。

足の運びひとつにも振り付けがありタイミングがあります。たとえ些細なズレでも客席には伝わってしまうもの。たった1人の乱れがショー全体に影響を及ぼしてしまうことをアーティストたちはよく知っています。

だからこそ身勝手な妥協は許されない

1人1人がショーを構成する重要な役割ゆえに、必要とあらばトコトンやりこむ姿勢が求められるのです。

バックステージの様子

シルク・ドゥ・ソレイユのバックステージ(Photo by 粕尾将一)

▼ 4. 納得できないことは躊躇なく、臆することなく質問する

自分の出演するショーには、12の国と地域から55名のアーティストが出演しています。皆、文化も風習も違うアスリートばかり。しかし技術や能力がいくら高くとも、お互いのコミュニケーションが潤滑に行えないと、良いショーにはできません。

その第一歩に、疑問点をアヤフヤにしない姿勢が求められます。

前述の振付や構成の変更時は、信じられないほどのスピードで現場が流れていきます。

ホンの数分前まで使っていた動きがボツになり、かと思えば別の振付が始まる。他方で音楽との合わせが行われ、ディレクターからは動きのイメージを注文される。時には舞台監督と演出家の怒号が飛び交う。まるで戦場にいるかのように、目まぐるしく状況が変化していきます。

このとき、アーティストはどんな細かい疑問も飲み込まず、直球で質問をぶつけることをいといません。

なぜなら、ここは指示を待つだけの場所ではなく、共にショーを創り上げていく現場なのです。アーティストからの質問や意見、提案がそのままショーに採用されることもしばしば。そのため、上からの指示で動くだけの人間は取り残されてしまいます。ディレクターや振付家と同じく、アーティストも常に考えながらリハーサルに臨むことが求められるのです。

▼ 5. 遊びゴコロを忘れない

ショーが常に進化を続けるためには、新しいアイディアや発想が不可欠。不思議と、爆発力のあるアイディアは「遊び」の中から生まれることが多いです。

たとえば自分の出演する「ラヌーバ」には、トランポリンと壁を使ったアクトがあります。本来なら真っ直ぐ跳び上がり宙返りをするのがトランポリン。そんなある日、アーティストが壁に向かって宙返りをしている光景をディレクターが目撃しました。本人たちは遊び半分でやっていたのですが、この動きが突破口となり、新しいアクト「トランポウォール」が誕生しました。

今ではサーカスの定番になっているアクトですが、キッカケはアーティストの遊びから始まったのです。

「トランポウォール」の事例に限らず、いくつものアクトが、普段の遊びから誕生しています。

身体を使って遊ぶためには豊かな発想力が求められます。単調な動きではすぐに飽きてしまうからです。それはちょうど子供が危ない場所でスリルを味わいながら遊んでいるのと似ています。

本人たちが楽しめることには、きっと観客にも伝わる楽しさが内包されているのだと思います。

▼ 6. できること・できないこと、やりたいこと・やりたくないことについて、ハッキリとした意思を持つ

この仕事には無茶振りがつきもの。ディレクターから突拍子もない提案が出ることが日常茶飯事です。自分は「頑張ろう」という目測のもとにOKを出してしまうのですが、ほとんどのアーティストは明確に「Yes」か「No」を返します。

ここには「あいまいに頑張ってみる」などという考えは含まれません。やるか、やらないか、を驚くほどにハッキリと伝えるのです。

あいまいな返事をしてしまうのは、自分でも悪い癖であると反省しています。なぜなら「やること」が増えれば「できること」が減っていくからです。

ショーで求められる最優先事項は安全。次に技の成功や良い演技です。これらの基準に照ら合わせたとき、無茶振りを受け入れても優先事項がきちんと完遂できるかどうかを、アーティストは瞬時に判断しています。もし優先事項に支障があると判断すれば、ディレクター相手であっても容赦なくNoを突きつけます。

このとき、ディレクターはわりとスンナリ受け入れてくれます。どうしても引けない重要案件の場合を除き、アーティストの意思を尊重してくれるのです。たとえ立場が上のディレクターであっても、ここでは上下関係なく、対等に、仕事へ責任を持つ同僚として扱ってくれるのです。

「Yes」には相応の結果が求められ、責任を果たすための「No」は尊重してくれる。明確な意思を持つことは、自身の仕事への責任感にも繋がるのです。

▼ 7. お互いのスペシャリティに敬意を払う

ひとつのショーにも、さまざまなアクトがあります。綱渡り、ジャグリング、空中ブランコ、そして縄跳び。複数のアクトを合体させ、ひとつのショーが成り立ちます。

どれほどの天才であっても、ショーにあるすべてのアクトができるアーティストは存在しません。なぜなら、すべてのアクトは世界レベル。1人がすべてを習得することなんて到底できないのです。

そのため、アーティストは自然と同僚の技や演技に感動し、敬意を払うようになります。「○○の宙返りは世界でもトップクラスの美しさ」「□□のダンスは人を釘付けにする」といったように、自身がアーティストであると同時に、最も間近で同僚のスペシャリティに感動する観客にもなるのです。

バックステージの様子

シルク・ドゥ・ソレイユのバックステージ(Photo by 粕尾将一)

▼ 8. 経験アリ・ナシに関係なく、興味のあることに全力を尽くし没頭する

アーティストは幼いころからひとつの事に情熱を注いだ人がほとんど。結果として世界レベルの技を身に付け、このステージに立っています。そのためか「物事に没頭すること」が得意な人がとても多い。時間を忘れるほどに熱中することができる人々ばかりなのです。

それは何も運動に限りません。学問や芸術など、アーティストの興味分野は実に多岐にわたります。先日もシアター近郊の大学で芸術修士号を取得し、自身の絵画個展を開催したアーティストがいました。本人に聞くと、最初は筆すら握ったことがなかったが、6年間で絵画の楽しさにのめり込んだと言います。

経験のアリ・ナシは関係ない。過去になければ今から経験すればいい。個展を開催した彼のような気概を持つアーティストは、他にもたくさんいます。

▼ 9. 常に次のステージを見据えている

我々の仕事はとても流動的。新しいショーが開幕したと思えば、別の場所でショーが幕を下ろす。シルク・ドゥ・ソレイユにおいても早いものでは3年足らずで閉幕してしまったショーもありました。そのため、デビューからずっと同じショーに出演し続けるアーティストは、とても稀な存在です。

しかし、アーティストは最初からずーっと同じショーに出演し続けようとは考えていません。むしろ積極的に別のショーやステージに移動して、キャリアアップする人種なのです。ここに会社の大小や国境は関係ありません。

たとえば元同僚アーティストは3年足らずでラヌーバを辞め、新作ショーでより重要なポジションで活躍しています。つまり、多くのアーティストにとって今いる場所は通過点であり、常に次のステップアップを目指しているのです。

次のステージを目指すために、新しいことに挑戦するアーティストも珍しくありません。サーカス市場で自身の価値をどのように高めるかを考え、新たな技術を吸収するのです。

ただ、まったくのゼロから始めるワケではありません。既に自身が持っているスペシャリティにどのような付加価値を付けるか、という視点で新しい挑戦をします。「持っている武器をいかに活かすか?」と言い換えることができるでしょう。

▼ 10. 小さなミスを笑う寛大さがある

アーティストの生活には、常に「本番ステージ」が横たわります。今日のショーが終われば、また明日も。こんな生活を何年も続けています。そのためか「本番でのミス」にも次第に寛容になっていくんです。

怪我の恐れがある危険ミスは許されません。しかし「照明が遅かった」「右足と右手が一緒に出ていた」程度の細かなミスは、仲間同士で笑い飛ばして、翌日のショーで修正するだけ。誰ひとりとして、細かなミスを責めたり叱ったりはしません。

「そんなショーにお金を払わせるのか!?」と申し訳ない思いもありますが、我々にとって本番のステージは人生の一部。毎回、完璧な演技などありえません。一定以上の水準を保つ責任はありますが、逐一、細かいミスまで気にしていては息が詰まってしまう。それが何年もとなれば、とても気持ちが続きません。

世界レベルの演技を披露します。ほとんどは成功します。でも、たまには失敗します。

ミクロで見れば、ミスはしないほうが良い。しかし長い目で見て良いショーを続けていくためには、小さなミスを笑い飛ばして酒の肴にするぐらいの寛大さが必要なのかもしれません。

▼ まとめ

サーカスの世界は、世間一般からすると遠い場所かもしません。

しかし、その中で生きるアーティストたちとて同じ人間。職業として自らのスペシャリティを活かしているに過ぎません。

シルク・ドゥ・ソレイユに入った当初、アーティストたちを見て、身体能力や技の素晴らしさに目を見張るのはもちろんでしたが、同時に彼らは自身をビジネスとしてどう活かすかを常に考えている人たちなのだ、という印象を持ちました。

技術でもなく、才能でもない。そんな“何か”とは、自分自身を客観的に「商品」として見極めることができ、そしてそれを売りこむことができる力だったんです。

この力は、多くのビジネスパーソンに求められている力だと思います。今回の記事で、その力の大切さが皆さんにお伝えできれば幸いです。

著者:粕尾将一 (id:shoichikasuo)

いぬじん (id:inujin)

シルク・ドゥ・ソレイユアーティスト/なわとびパフォーマー/元アジアチャンピオン

縄跳び競技引退後、2010年より米フロリダ州オーランドのシルクドゥソレイユ常設ショーで縄跳びアーティストとして出演中。

2012年よりはてなブログで「なわとび1本で何でもできるのだ」を書き始める。ステージと違うようで、どこか似ている文字の表現にハマり中。

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