◆ 第一章 この度、お飾りの妃に任命されました(8)
セルベス国の貴族制度は、男性のみがその爵位を継ぐことができる。もし嫡男がいない場合は娘の配偶者が継ぐ。それもいない場合、一時的に爵位が国庫預りとなる。その期間は三年で、三年経っても結婚できないと永久に爵位は戻ってこない。
歴史を振り返ると過去に女性の爵位持ちも存在するにはするのだが、その実情は王族からの口添えなどの強力なバックアップがない限りはまず貴族院の議会を通らない。
つまり、現在コーベット伯爵家の跡継ぎはベアトリスしかおらず、そのベアトリスは女なので爵位が継げないのだ。このまま結婚できずにいると、祖父が亡くなったときに爵位は国庫預りとなり、三年後にはベアトリスは貴族ですらなくなる。
ベアトリス自身は翻訳の仕事があるので平民になってもいいと思っているが、祖母や屋敷の使用人達がその巻き添えになって路頭に迷うのは避けたい。つまり、あまり悠長に独身生活を謳歌している暇はないのだ。
「婚活するしかないわね……」
ベアトリスはぼそりと呟く。
「いいわね! じゃあ、今度バトラー公爵家で舞踏会があるから、ベアティにも招待状を送ってもらえるようにサミュエルに伝えておくわ」
「本当? ありがとう!」
サミュエルとはマーガレットの婚約者で、バトラー公爵家の嫡男だ。マーガレットによると、今は複数ある騎士団の統括をする部署にいるらしい。
マーガレットの懇意にしている公爵家で開催される舞踏会なら、身元のはっきりとした人しか参加しないはずだから安心だ。そこでいい出会いがあれば、次の婚約者も見つかるかもしれない。
「さすがマーガレット! 頼りになるわ」
「ふふっ。そうでしょう? もっと褒めてくれてもいいわよ」
マーガレットは得意げに笑う。
(マーガレットったら!)
ベアトリスはマーガレットの、こういう高位の貴族令嬢らしからぬ性格が大好きだ。公爵令嬢で王室とも縁続きの尊い身分でありながら、いつもベアトリスに気さくに接してくれる。
「あ、そうだ。サミュエル様の名前が出て思い出したのだけれど、マーガレットにお願いしたいことがあるの」
「お願い? 何?」
「マーガレットは錦鷹団って知っている? 先日そこに所属している方宛の手紙を拾ったので届けてあげたいのだけれど、貴族年鑑を見てもその方について載っていなくって。『錦鷹団 ジャン=アマール団長閣下』って書いてあったから、全騎士団を統括する部署にいらっしゃるサミュエル様ならご存じかと思うの」
ベアトリスは鞄に入れていた封筒を取り出すと、その宛名の部分を指さした。
「ん? 書いてあるって?」
マーガレットは不思議そうに目を瞬かせる。
「あ、この文字は珍しいけどヒフェル語っていう言語のひとつなの。遠い島国で使われていた、昔の言葉。今どきこんな文字を使う方いるのね」
「ヒフェル語?」
マーガレットはもう一度ベアトリスの差し出した封筒を見て、目を瞬かせる。そして、僅かに眉根を寄せた。
「…………」