◆ 第三章 お飾りの妃は手柄をたてる(16)
(え? なんで気付かれたのかしら?)
そして、自分の姿を見てその理由にすぐに気付いた。
(目眩ましのケープが!)
バロー伯爵がぶつかった際に、足を引っかけたのだろう。ケーブが半分ぐらい、体からずり落ちていた。これでは、すぐに見つかってしまうのも当たり前だ。
(ええい。こうなったら、開き直るしかないわ!)
騒がれても、こちらは腐っても王太子の寵妃。
なんとかなる! ……はず。
ベアトリスは全く悪びれる様子を一切見せずにすっくと立ち上がるとコホンと咳払いをする。
明らかにベアトリスが不法侵入した側なのだが、堂々たる態度でビシッと先ほど盗んだ書類をバロー伯爵に突きつけた。
「バロー卿。今さっきあなたの部屋から、アルフレッド王太子殿下が希少動物の輸入を許可したという許可証を発見しました。これ、偽造よね?」
「なっ! 人の部屋に勝手に入り、書類を漁るとはどういうおつもりですか! いくら妃殿下とはいえ、こんなことが許されると思っておられるのですか!」
「今は、わたくしが質問したのよ。これは偽造よね?」
だいぶぶっ飛んだ行動をしている自覚はある。
しかし、ここで「変なこと言って、ごめんなさい……」などとしおらしい態度を取ろうものなら、部屋を追い出されて証拠品を全て捨てられてしまう。
全く悪びれる様子のないベアトリスの様子に、バロー伯爵は不愉快げに眉をひそめる。
「妃殿下は勘違いしていらっしゃる。それは偽造ではありません。私は、アルフレッド殿下から全面的な支援をいただいているのです」
「嘘だわ。そんな話、聞いたことないもの」
「嘘ではありません。そもそも妃殿下がアルフレッド殿下と知り合ってからどれくらい経ちます? 殿下が留学から戻ってこられたあと、せいぜい半年でしょう? 私はそれよりもずっと長く殿下と知り合いなのです」
バロー伯爵はそう言うと、ゆっくりと部屋を移動する。執務机のうしろにあるキャビネットの前に立つと、中から青色のボトルを取りだした。
(飲み物でも飲むのかしら?)
ベアトリスもベアトリスだが、バロー伯爵もだいぶ肝が据わった男だ。
この状況で呑気に飲み物を飲もうと用意し始めるなんて!
ベアトリスはその様子をじっと見守る。
バロー伯爵はボトルを傾けて、グラスに中の液体を注いだ。少しだけ黄色いその液体は、水ではなく酒かもしれない。
「いかがです?」
「結構よ」
ベアトリスは首を横に振る。喉は全く渇いていない。
「それは残念だ」
バロー伯爵は眉尻を下げると、ポケットからハンカチを取り出す。そして、グラスを傾けるとハンカチにそれを垂らした。
「何を──」
何をやっているの?という台詞は最後まで言えなかった。バロー伯爵が突然、勢いよくベアトリスに飛びかかってきたから。
「きゃあ!」
ベアトリスは驚いて叫ぶ。ぐいっと腕を伸ばされ、先ほどの液体を拭ったハンカチで口と鼻を覆われた。
すんと香るのは、刺激のある香りだった。咄嗟に後ろに下がろうとしたベアトリスの足元がふらつく。
(これ、何かの薬?)
──これは非常によくない状況である。
本能的にそう感じた。今嗅がされたのは恐らく、意識を朦朧とさせる薬の一種だ。