◆ 第三章 お飾りの妃は手柄をたてる(5)
「それは、別に殿下の浮気の心配をしていたわけではありませんのでご心配なく。被害に遭った女性達の心配をしていたのです。自ら進んでその道に進んだのなら止めませんが、望んでいないのならそういう行為は愛した人としかするべきではありません」
「なるほど。お前の貞操観念はよく理解した」
「それはよかったです。では、この手を放してください」
ベアトリスはアルフレッドに握られたままの左手を引く。しかし、しっかりと握られていてびくともしない。
「その要望は聞けないな」
「なぜ!」
アルフレッドはジトッと見るベアトリスの視線をものともしない涼しい表情のまま、ポケットから何かを取り出した。それを、ベアトリスの指に素早く嵌める。
「え?」
ベアトリスは驚いた。アルフレッドがようやく握る力を緩めたので、急いで左手を引く。
「これは、指輪?」
薬指には見慣れない指輪が嵌まっていた。白金の台座の中央に大粒の宝石が載った指輪は、見ただけでそれなりの値段がするものだとわかる。宝石はピンク色で、部屋の明かりを反射して輝いていた。
「なんですか、これ?」
「愛しい妃への贈り物だ」
「わたくしはお飾りの側妃でしょう? こんな高価なもの、いただけません」
「そう言うな。お前に贈ると言って準備させた」
ベアトリスはぐっと言葉に詰まる。
アルフレッドが『ベアトリスに贈る』と言って準備させたものをベアトリスが受け取らなければ、彼に恥を掻かせることになる。
「いつもつけておけよ」
アルフレッドはにっと笑ってそう言うと、立ち上がる。
「では、元気そうな顔が見られたところで俺は戻る。今日もゆっくり休め」
ぽんっと頭に手が置かれ、くしゃりと撫でられる。
「あ……」
立ち去ろうとしたアルフレッドを見つめ、ベアトリスは片手を伸ばしかける。アルフレッドはすぐにベアトリスの様子に気づき、こちらを振り返った。
「どうした?」
「あの……、ありがとうございます」
アルフレッドがふっと表情を緩める。
「ああ、どういたしまして。熱い視線で見つめるから、今夜はここで過ごしてほしいと可愛くおねだりしてくれるのかと思えば」
「しません。先ほどのわたくしの話、聞いていました?」
ベアトリスは目を据わらせる。
「俺以外の男には抱かれたくないという話だろう?」
「ば、バカじゃないの⁉」
両頬に熱が集まり、顔が赤くなる。
思わず横にあったクッションをアルフレッドに投げつけると、いとも簡単にキャッチされてしまった。アルフレッドは肩を揺らして大笑いしつつ、そのクッションをベアトリスの手元に戻す。
「では、またな」
アルフレッドは軽く片手を上げ、部屋を出て行く。
パタンと閉った扉を、ベアトリスは恨めしげに見つめた。
「何よ。意地悪したり、優しくしたり……」
ベアトリスは手を広げて天井にかざし、今貰ったばかりの指輪を見つめる。思い返せば、元婚約者のブルーノから宝石を贈られることなど、ただの一度もなかった気がする。
「綺麗」
ピンク色の可愛らしい石は、ローズ・クォーツだろうか。昔読んだ外国語の本に、ローズ・クォーツは愛と美の女神に捧げられた宝石だという記載があったことを思い出す。
「あ、そういえば……」
ふと、机の上に先日アルフレッドから贈られた外国語の本が置きっぱなしになっていることを思い出した。その日のうちに全部読んでしまったが、期待通りの素晴らしい作品だった。
「久しぶりに翻訳でもしようかな」
大好きな本をたくさんの人に読んでもらえるのは、とっても嬉しい。
共通の話題が広がるし、何よりも自分が翻訳した本を読んで目を輝かせる人々の顔を見るのが喜びだ。
「よし、頑張ろう!」
ベアトリスは机に向かって座り本を開くと、早速ペンを取ったのだった。