84 カドレア城 5
結局のところ、サフィアお兄様は私を甘やかしていると思う。
私のことを伝説の魔法使いかもしれないと言いながら、その未知の力に期待することなく、自分一人で東星を相手にしようなんて考えるくらいには。
「……お兄様は、過剰に自信家なタイプではないはずなのだけれど」
だから、兄自身と東星との力量の差は十分理解しているはずなのだけれど。
けれど、私を安全な場所に帰すだけではなく、ラカーシュや、ジョシュア師団長、ルイス、コンラートの全員を私の護衛に付けるなんて、この城に残る兄自身のことを考えなさすぎだ。
そもそも私たちは、サフィアお兄様を救うためにこの城に来たというのに。
そして、勿論、兄はそのことを十分理解しているだろうに。
そう考えながら、先ほどまで兄がいた居室に戻る。
「……なるほど、これはまた多くの転移陣があるな」
部屋の中を眺め回しながら、ジョシュア師団長が呆れたように呟いた。
「サフィアが転移陣を使用したため、隠されていた他の陣も反応して、姿を現したというところか」
独り言のように呟く師団長の視線を追うと、部屋のそこここにうっすらと小さな光が見えた。恐らく、あれらが全て転移陣なのだろう。
そして、魔力が大きいジョシュア師団長には、私よりもはっきりとした陣の形が見えているに違いない。
「さて、東星ともあろう者が、自分の城の侵入者に気付かないことはあり得ない。にもかかわらず、私たちが放置されているのは、物の数にも入らないと取り合われていないのだろう。折角なので、この状況を利用させてもらうとするか」
そう言うと、ジョシュア師団長は尋ねるかのように私を見た。
「ルチアーナ嬢、サフィアの一番の関係者はあなただ。そのため、あなたの意見を尊重しようと思うのだが、……この部屋に複数ある転移陣のいずれを使おうか? 東星の現在地から遠く離れた場所に繋がる陣か、あるいはサフィアが使用した東星の真正面に繋がる陣か」
「よければ、東星に一番近い陣でお願いします! どのみち東星がこの城の全てを把握できるのなら、小手先の策など意味がないはずですから」
勢い込んでそう言うと、ジョシュア師団長から可笑しそうに笑われる。
「ふふふ、ルチアーナ嬢は面白いね。深窓の貴族令嬢であるはずなのに、戦闘場面から逃げることなく、正面から立ち向かおうとするなんて。あなたのように勇敢なご令嬢は見たことがないな」
師団長の言葉にラカーシュがぴくりと頬を引きつらせたけれど、何も言わずに沈黙を守る。
コンラートは黙って近付いてくると、私の手をぎゅっと握った。
「では、ルチアーナ嬢の希望通り、東星と対面するとしよう」
ジョシュア師団長は部屋の中央まで歩いて行くと、金の縁取りがしてある洒落た感じの黒手袋を外し、両手を握りしめるようなポーズで床を見つめた。
「補助魔術 <修の1> 術式復元!」
空気を震わせるような綺麗な発声とともに、ジョシュア師団長は両手を勢いよく真下に突き出した。
―――刹那、この城に転移した際に使用したものと同じ陣が、ジョシュア師団長の足元に再現される。
ジョシュア師団長は真上に立った形で陣を見下ろすと、興味深そうに目を細めた。
「……やはりな。陣を再現しただけでは移動しないか。陣の使用を許された者の同行が必要なのだな、……この城に入った時のように」
そう言いながら、意味あり気にコンラートを見つめる。
師団長の視線から、移動にはコンちゃんの存在が必要なのだわと理解した私は、心配になって弟を見つめたけれど、彼は自分の役割に恐れる様子もなく、私の手を握ったまま師団長に近付いて行った。
そんなコンラートを見て、師団長が感心したかのように小さく微笑む。
ラカーシュとルイスも当然のように、コンラートの後に続いた。
そうして、私たちは入城した時と同様、全員がコンラートに触れたまま、ジョシュア師団長が再現した陣の上に立った。
―――瞬間、周りの景色が一変する。
目の前に現れたのは、元々いた兄の居室とは比べ物にならないほど広い広い部屋で、……置かれている家具などから、娯楽室と思われる一室だった。
部屋を見回すと、奥に一段高くなったフロアがあり、その一角を区切るかのように設置されたカーテンが半分ほど引いてあった。
そのスペースにカードテーブルが置いてあることから、カードゲームをするためのフロアだと思われる。
カーテンの開いている部分から中を伺うと、カードテーブルを中心に、サフィアお兄様と東星が向かい合う形でそれぞれ椅子に座っていた。
「……まあ、わたくしがプレイ中だというのに邪魔をしようだなんて、気が利かない者もいたものね☆」
片手に持ったカードから視線を上げることなく、東星が不満そうに呟いた。
一方、兄は私たちにしっかりと視線を合わせてくると、珍しく苛立たし気な様子で呟き返した。
「いや、カドレア。その表現では、彼らを的確に表したことにはならないだろう。『気が利かないうえに、言い付けも守れない者たち』、が正確だろうな」
「お、お兄様……」
緊迫している状況のはずなのに、何を呑気にカードゲームなどしているのかしら、と思いながら呟くと、兄は片手を上げて私の会話を停止させた。
「少しだけ待っていろ、ルチアーナ」
それから、兄は何かを考え込むかの様子で東星に視線を移した。
「……カドレア、ノーリミットゲームに切り替えないか?」
東星は思いもかけない言葉を聞いたとでもいうかのように、片方の眉をつり上げる。
「まあ、賭ける物の制限を解除しようというの? つまり、お前の手札がよっぽどいいということでしょう? お前の申し出を受けるメリットは感じられないわね☆☆」
東星の言葉を聞いたは兄は、無言のまま手持ちのカード5枚を全てテーブルの上に投げ出すと、ストックカードと入れ替えた。
それを見た東星が、理解できないといった様子で顔を顰める。
「サフィア、どういうつもりなの? 時間を掛けて揃えたカードを白紙に戻すなんて★」
……確かに、東星の言う通りだった。
恐らくだけれど、それぞれの手札が5枚で、テーブルの中央にストックカードが積まれていることから、ポーカーをプレイしているのではないかと推測された。
ポーカーは貴族が好む、シンプルでオーソドックスなカードゲームだ。
ルールは単純で、手札をテーブルの上のストックカードと交換してくことで、カードの組み合わせを揃えていき、その強さを競うものだ。
ストックカードの横にカードが何枚も散らばっていることから、既にゲームは進行しており、お兄様と東星は自分のカードを整えるため、何度か手札を交換していると思われた。
つまり、現時点である程度の手札は揃えられていたはずで、そのカードを全て入れ替えることは、通常あり得ないことなのだけれど……
兄の目的が分からず、心配になって見つめていると、兄は新たに引いた5枚のカードに視線を落とすことなく、同じ言葉を口にする。
「ノーリミットゲームの提案だ。カドレア、君が承諾するのであれば、私は、……魔法使いの居場所を賭けよう」
「何ですって!?」
白けたような表情をしていた東星が、姿勢を正して大きく目を見開く。
そんな東星をひたりと正面から見つめると、兄は変わらない口調で続けた。
「……代わりにカドレア、君は私の魔力を賭けてくれ」
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