第4話 バレンタインも近いのに!

 放課後の時間を使って、三人の好きな人への想いってやつを全部聞いた。


 幸野さん、茉莉野さん、安推さん。


 タイプは違うものの(タイプが違う分厄介)、それぞれにゴリゴリのヤンデレであり、一人を相手にするだけでもげっそりするほどカロリーを消費するのだが、俺は三人分の情報をすべてメモした。


 今後は、彼女らの好きな男子――平岡君たちにも個人的に接近していく必要があるだろう。


 彼らの好きな女の子のタイプを聞いて、それを参考に俺は幸野さんたちを導いていこう。


 ヤンデレを治してまともな女の子になるって言ったって、ただ闇雲じゃ成功像もハッキリしない。


 ただでさえ、好きな人を諦めるという苦行を彼女らは敷いてやってるんだ。そこは辛いだろうから、あんなんだけど、俺だって本気で向き合ってあげないと。


「よし。じゃあ、これ食べたら帰って作戦練りますか――……なんだけど……」




「「「……? 遠慮なさらず食べて……?」」」




 場所を移してファミレス。


 今日は父さんも母さんも仕事が遅くなるから、夕飯は自分で食べて欲しいってことで、俺は一人ファミレスにて夕食を摂ろうとしていた。


 ……が、それなのにも関わらず、なぜか俺を取り囲むようにして座るヤンデレ美少女さんが三人。


 冷や汗が頬を伝った。


 咳払いをして、俺は切り出す。


「……あのー……俺の間違いじゃなければ、三人ともさっき『また明日ねー』って言って別れましたよね……? 何でついて来てるんでしょうか……?」


「奈束先生。先生は、これから来るイベントについてご存じですか?」


 俺の問いかけを無視して、当然のように質問で返してくる幸野さん。


 ちょうど向かい合って座ってるけど、微笑を浮かべてこっちを見つめる目が怖すぎる。蛇か何かに見られてるような気分だ。


「イベントー……イベント……イベントかぁ……うーん……。パッと思い浮かぶのはバレンタインかな? 二月に入るし」


「そうですね。バレンタインです。一月も後半ということで、女の子は皆好きな男の子へ自分の想いを届けようと必死になる季節です」


「う、うん。でも、それが幸野さんたちにどう関係して――」


 と、言いかけていたところで、斜め右前から身を乗り出し、濁った瞳を邪悪に輝かせながら茉莉野さん。


 制服の胸ポケットから見えてるカッターナイフが怖すぎる。それ、刃出てない……? 大丈夫……? 今キラッと光ったけど……?


「ねぇねぇ、ナタバン? 並河はさ、チョコレート、どろっどろに甘みが強くて、味の濃いやつが好きなんだって~」


「へ、へぇ……。そうなんだ……。でも、だからってそれが茉莉野さんにどう関係して――」


「な、奈束様っ……! 拙者、最近香川君がチョコレート嫌いなのを知ったんです……! だ、誰にも言ったことないって友達に言ってましたし……こ、これは強みになりますよね……!? なりますよねっ……!?」


「い、いや、だからあの――」


「「「ね!!!」」」


 三人から詰め寄られ、俺は一人ナイフとフォークを手に持ったまま固まるしかない。


 テーブル上では、鉄板皿に乗っているハンバーグが美味しそうに音をジュウジュウ立てているけど、到底食べられる雰囲気じゃなかった。


 ちょっと待って欲しい。


「……あの、一つ情報を再確認させてもらっていい?」


「いいですよ」

「うん、いいよ、全然いい」

「構いません」


「さっきさ、空き教室で色々聞いてる時、話の中では完全に三人とも好きな人を諦めたうえでまともになろうってことだったよね? 違ったっけ?」


「いえ、違いません。その通りです」

「合ってる合ってる」

「正解です」


「だったら、何でここに来てバレンタインの話……? 好きな人のこと諦めるんだったらチョコも渡さないだろうし、一切関係ないんじゃないかなー……と思うんだけど?」


「「「………………」」」


「あ、あれ……? ……!? ひ、ひぃっ!?」


 三人して下を向きながら黙り込んだと思えば、ズモモと暗黒オーラを漂わせ始める。


 周りの席に座ってる人たちも異変を感じたのか、俺たちの方を一斉に見てきた。


 一発でわかる。これはアカン流れというやつだ。


「……ごめんなさい、奈束先生……。どうか、未練がましい私を許してください……」

「ナタバン……ごめんね……。アタシ……あそこまでナタバンに言われても……並河のこと諦めきれないの……。こういうの……辞めなきゃなのに……」

「奈束様ごめんなさい香川君好きです奈束様ごめんなさい香川君好きです奈束様ごめんなさい香川君好きです奈束様ごめんなさい香川君好きです――」


 ……思わず頬を引きつらせてしまった。


 しくしく泣きながら、三人とも想い人を諦めきれないことを告白してくれる。


 いやまあ、元々簡単に諦めきれるものなのか、という疑問はあったわけなんですが……。うーん……。


「……け、けどさ、三人とも……?」


 俺が問いかけると、三人は濁った目に涙を浮かべて見つめてくるが……。


 それぞれ病んでいても美少女だ。


 その姿はとても絵になっていて、薄幸感がまた容姿の良さに拍車をかけている。怖さもあるけど、助けてあげたくもなるし、これはズルい。


「っ……。あ、あの、本当にごめん。これも再三言うことなんだけど、三木川先生の言いつけもあったじゃん……?」


「……絶対に香川君には想いが届かない……ですか?」


 涙声と上目遣いで言ってくる安推さん。


 俺は頭を縦に振って頷くが……しかし可哀想だ。


 そりゃそうだよ。まともな人からしても、好きな相手を諦めるなんて簡単にできない。


 今さらながら、三木川先生結構えげつないこと言ってたんだなぁ、と思ってしまう。その場で判断できなかった俺も俺だが。


「アプローチを掛けること以前に、怯えられて、逃げられてしまう。そんな相手に対して、純粋な恋愛感情なんて抱かせることは不可能」


「っ……」


 茉莉野さんの体がビクッと震えた。


 み、見ていて苦しい……。


「これは三木川先生の発言だけど、冷静に考えてみても間違いではないと思う。怯えられてる相手に好意を抱かせようなんて、普通は無理だ」


「……っ! で、でも、私たちが変わることができれば、それは――」


「だとしても、簡単に変われる保証なんて無いし、変わったところで平岡君たちへ好意を抱かせるのは確率として低めだと思う。バレンタインまでもう日も無いんだし」


 言うと、幸野さんはしょぼんとし、肩を落として負のオーラをさらに強める。


 いや、幸野さんだけじゃなかった。


 茉莉野さんも、安推さんも同じ。


 嘆きの亡霊とでも表現するべきか。


「……つまり……バレンタインも……好きな人も……やっぱり諦めろ、と……?」


 寂しそうな幸野さんの声。


 心が痛い。


 でも、頷くしかなかった。


「それはね…………心苦しいですけど、『はい』と答えるしか……」


「……しく……しく……ですよね……ですよね……わかってます……わかってるんです……でも……バレンタインが近いし……どうにか奇跡が起こらないか、と思っただけで……」

「ぐすっ……ひっぐ……アタシたちはどうせ重たいだけのおかしい女だもん……知ってる……知ってるから……もう死ぬね……死ぬしかない……」

「バレンタイン……いいな……いいなぁ……拙者も……香川君に一生懸命作ったチョコレートを渡したかった……喜んでもらいたかった……香川君の笑った顔が見たいだけなのに……」


 圧 倒 的 絶 望。


 この席だけじゃない。


 三人の負のオーラがファミレス全体を無意識のうちに包んでる。


 周りの人たちはざわついていた。何かがおかしい。雰囲気が変だ、と。


 俺も思う。


 ヤバい。


 どうにかして三人に元気を出してもらわないといけない。


「あっっっ! げ、元気出して、三人とも! たとえ好きな人を諦めないといけない状況だったとしても、それは今辛いだけであって、脱ヤンデレできた未来にはカッコよくて性格の良い彼氏が絶対できてるからさ! な、何を隠そう、俺、実は未来が見えるんだよ! う、うーむ、見えた! 皆イケメン彼氏作って幸せそうにしてるなぁ!」


「「「ぐすっ……ひっぐ……えぐっ……」」」


「そ、そうだ! このハンバーグとドリアも食べていいよ! ちょっと冷めたけど、ここの料理はどれも最高に美味しくてさ! 俺のおすすめなんだよ!」


「「「……ハンバーグにはチーズが入ってないとヤだ……」」」


 いや、そこにはこだわりがあるんですね。


 しかも三人揃ってとか。


「じゃ、じゃあ、今日は傷心慰め会にでもしよう! 何でも食べていいよ! 全部俺の奢りだ!」


「……どうしてそんなにお金があるんですか、奈束先生……?」


 痛い所を突いてくる幸野さん。


 一瞬ドキッとする。


配信で稼いでるから、なんて言えるはずもないので、適当に小遣い貯めてるからとか言っておいた。


 たばニャンやってることがバレたら、それこそ俺が首吊りものだ。社会的に終わる。


「と、とにかく! 今日は本当に慰め会だから! 俺、三人の気持ちに気付いてあげられてなかったよ。ごめん。そりゃ悲しいに決まってるよな。好きな人を急に諦めろ、何て言われて」


「……はい。三木川先生は控えめに言って鬼だと思います……。どうせなら、告白して振られた方がマシでした」


 ぐすぐす涙を浮かべたまま、注文用のタブレットをポチポチ遠慮なく押し始める幸野さん。


 軽く2、3商品ほど注文してるように見えたけど、まあいい。何でも食べていいって言ったのは俺だから。


「ほんとそれ……聖ちゃん鬼すぎ……。バレンタインも近いのに……アレ絶対妬みも入ってるよ……。本人、高校時代は青春できなかったって言ってたし……」


 今度は茉莉野さん。


 こちらも涙声で、目を袖で抑えながら、幸野さんから渡されたタブレットでドンドン商品を注文していく。


 待って? 今のはさすがに待って?


 2、3どころじゃない。5個くらい商品項目があった。食べきれるんですか、それ?


「……そうだとしても……三木川先生が頼りになるのは拙者もわかってます……。先生がああ言って、奈束様を派遣したなら……拙者たちはそれを信じていくしかないわけで……」


 安推さんは二人に対して大人しく一つの商品だった。


 俺にタブレットを渡してくれるものの、注文確定がまだできていない。


 頼んでたのは……。




 ――キッズミニポテト、チーズトッピング。




「……っ」


 こんなので足りるのか、と思って彼女の方を見やると、遠慮がちにチラチラと俺のことを見てきていた。


 ぐぅぅ、というお腹の音も聴こえてくる。


 問答無用だ。


 さりげなくチーズinハンバーグを注文してあげた。


 もしも足りなかったら、注文し過ぎな二人から分けてもらえばいい。安推さん小柄だし、たぶん足りると思うんだけど。


「……まあ、色々辛いこともあるけど、三人が変われたらそれでいいから。明るい未来のためにも頑張ろうよ。俺も尽力するからさ……」


 疲れ切ったようにして言うと、幸野さんが無言で俺のことをジーッと見つめてくる。


「……? どうかした……?」


 疑問符を浮かべると、彼女は一言。「いえ」と口にし、


「奈束先生は優しいな、と思いまして。どうしてそんなに私たちのために? と」


 そりゃ決まってる。


 三木川先生に脅されてるからだ。


 ……けど、そんなことを正直に言えるはずもなく。


「……まあ、俺も三木川先生には逆らえないから」


 なんて、苦笑いを浮かべながら返した。


 ほんと、逆らえないんですよ。


 何だかんだ尊敬してる部分はあるしな。

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