1‐8 その一中で、私の右目を撃ち抜いて
何度も目当ての白いテディベアの購入ページを開いてはサイトごと閉じて、何十分もその繰り返しだった。部屋でこっそり作業していればいいのに、まるで決定打を待っているかのようにめじろは頬と肘に丸い赤い跡がつくほど長い時間頬杖をついて長いため息を吐いていた。
カメラが引かれていき、画面外から待ち人がやってきて「可愛いじゃん。買わないの?」と言ってくれるのをどこかで期待しているのだ。
だからわざとらしくリビングで声を掛けてもらいやすいように自室にあるデスクトップPCでもなければスマホのサイトでもなくノートPCを開き、困っている素振りを一瞬たりとも辞められない。どうせ、多々良が帰ってきたら彼女が次にどんな顔をしてどんな言葉を吐こうとも、めじろは注文カートに入れっぱなしになっているものを頭を空っぽにして購入するというのに。これはただの儀式で、私の願いには少しの迷いのない。
多々良は帰ってきた。疲れている彼女は「ただいま」と言ってソファーの前にトートバッグを立てかけると、そのままベルトコンベアに乗って風呂場に流れていった。めじろはパタリと倒れてしまったトートバッグをソファーにもたれ掛からせ、購入ボタンを押した。
「なにしてんの? 目悪くなるよ」
「あ、ええちょっと買い物」
「ふーん、何買ったの?」
嘘、買い物なんかしていない。めじろが今開いている画面は多々良と二人仲良く大吉を引いた時の何の変哲もないいつものデスクトップ画面だ。シャワーの隙間からかすかに聞こえてくる鼻歌をBGMにしながら浸っていたなんて気持ち悪いこと彼女には絶対に知られたくない。
何事にも才能が必要とよくいうが、めじろの体は突然の対応で嘘を吐くような才能は持っていない。ゆっくり後ろを振り返える動作一つにもぎこちない関節の動きが頭を素早く降ってしまう。
多々良の目がすっと値踏みするように細められ、そして嘘の底にある真実を掬いとった。垂れ落ちた前髪を一房耳にかけるとふんわりとしたローズの香りが鼻先を擽る。一瞬腕を組んで考え込んだ多々良は短く息を吐き、一度は両手いっぱいに掬い取った真実をあっけなく指の隙間からさらさらと零していく。最後になにも残らないとしても、彼女はあえて沈黙することを選んだ。
「明日一限なんじゃないの?」
めじろは椅子を引いて多々良の方に向き直り、両足を揃え、膝の上に手を乗せた。
「うん、朝ご飯当番よろしくね」
多々良は大きなあくびを噛み殺した。
「今日はもう寝るわ、おやすみ」
「おやすみなさい」
多々良が自室に入っていくのを見届けてからめじろはノートパソコンをシャットダウンする。フローリングを擦らないように椅子を少し持ち上げて立ち上がり、リビングの間接照明を消すと多々良の部屋の向かいにある自室に引っ込んでいく。
この家のルールで自分の部屋の掃除は自分でするというものがある。誰にだってプライベートなところは見られたくないから。掃除当番に関係なく自分の部屋のことは自分でする。つまり、めじろの部屋は褒められたものではないということになる。
今日出しそこねた靴下。床に置かれた授業ノートが入ったままのリュック、死角にはホコリが溜まっているし空気も少し淀んでいる気がする。
ノートパソコンを机のプリント用紙が散乱している上に置き、ベッドに倒れ込むととろんとした眠気が勝手にやってくる。垂れ下がってくる二重まぶたは規則的な体の予定外の夜ふかしに抗えるはずもなくあっけなく敗北し、めじろを夢の世界に招待する。
瞼の裏で燃え上がった炎が多々良の体を左から食い尽くす。黒煙の中から白いテディベアが現れ、紺青が立ち上る煙の向こう側でめじろをじっと見つめている。
『多々良夕に幸せになってほしい』
そう願うつもりだ。今回も。
願いが叶う確率が百発百中なんて、上手いことあるはずがない。叶ったものだけを見せているのだから外れなくて当たり前だ。多々良はただ、めじろの強欲さをなにも知らないだけで、この部屋のクローゼットから果ては貸し倉庫に至るまで、その奥に詰め込まれた片目の骸たちが、めじろが外した百中がその時をただ静かに待っているのを知らないだけだ。
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