第4話
♢
涼宮澄玲が次に目を覚ましたのは翌日の午後3時だった。
太陽はとうの昔に頭上を通過し、西陽が部屋に降り注いでいる。季節はもう6月下旬の梅雨入り目前。世間一般にいわれる温暖化の影響も相まって、澄玲の部屋は蒸し暑さを感じさせる熱がこもっていた。
「う、う〜ん。」
机に突っ伏している変質者が1人。
ご存知の通り澄玲のことなのだが、いかんせん寝汗でベタついた髪が貞子を彷彿とさせるように主張しているものだから、見苦しくてしょうがない。
黒く染まった絹を思わせるロングストレートのいつもの美しい髪が崩れまくっているのだから、彼女にとって昨日の出来事は大層精神を抉るものだったに違いない。
そんな彼女の部屋に近づく女が1人。
コン、コン、コン。
部屋にノックの音が響く。
それでも澄玲は何の反応も示さず、ただ何かに魘されていると感じさせる呻き声をあげるのみ。
「起きてるかあああぁ!」
突然の女の喧しいロックボイスが目覚ましとなったのか、澄玲はゆらりと上体を起こし、ドアへと向かった。
「起きたかああああああ!」
「うるせえ、黙れくそババア!」
そう言って彼女は部屋に入ろうとしてきた母親をアッパーでダウンさせた。
子どもの顔面偏差値は親の顔面による遺伝で決まるというものだが、凛と澄玲の親であるこの女の顔は言ってしまえば系統が違った。
凛と澄玲がいわゆる綺麗系なのに対し、この母親はなんと可愛い系、言ってしまえば
その上身長も低いもので、見た目は完全に中学生である。
この御仁と娘達は側から見れば、姉妹のように見えるらしい。
また、性格のクセの強さで言えば、澄玲が彼女の遺伝をしかと受け継いだのははっきりしているが、いかんせんこの女は、何かと我が強かった。
「浮かない顔してどうしたんだい。何か良いことでもあったのかい?」
この破天荒な母親、名を水樹というが、彼女は痛かったであろうアッパーを食らった顎をさすりながら腕を組み、澄玲の乱れた髪の毛を見つめながら煽る。
そう、この女何かと察しがいいので、凛の恋愛云々もそれに対する澄玲の反応もだいたいわかっているのだ。さすが、面白いことには目がない厄介な大人である。
「ああ、凛が…私の凛が…私から離れていってしまう夢を見たんだ」
なんとこの女現実逃避がしたくて、昨夜の出来事は夢だった、ということにするらしい。
本当に可哀想な奴である。彼女が報われる時は果たして来るのだろうか。まあ、来ることを少なからず祈っておこうではないか。
「くくっ。それは夢じゃないだろう、会長さん」
「そうだ、あれだろう?凛に好きな女の子でもできたんだろう?」
いや、なんで知ってるんだよ、怖えよ。やはりこの母親は侮れん。ほら見ろ、澄玲が驚きすぎて鳩に豆鉄砲どころじゃないぞ。あれだ、「コチ」という魚が、自分の口に入りきらない獲物を無理やり食べようとして喉に詰まり、窒息死してしまったときの阿保面だ。
「っ!いや、夢に決まってるんだ!なんだよ、女の子って。野郎じゃないんだから手を出したらアウトじゃないか…。女の子をぶん殴るなんてそんなのできないよ、できるわけないよっ!」
こいつ野郎だったら殴る気満々だったのか。一応こいつパンチングマシーンを壊せるほどの怪力を持っているからな、死人が出るところだった。そう思えば凛の想い人が女の子っていうのは何かと都合がよさそうである。
「まあいいじゃないか、恋愛も学生の本分である勉強の内に含まれるのだからな。寛大な心で許してやれよ。…ま、お前が持ってるのは寛大な心じゃなくて無駄にでけえメロンだけだけどな。」
「あ、羨ましいか?ロ●ババア」
「お?やるか?相手してやるよ」
こうして始まった醜い争いは何故かくすぐり合いの対決となった。いかんせんこの澄玲という筋肉の化身が暴れ出したら収拾がつかないからである。見てる分には結構面白いので実況解説でもさせてもらおうじゃないか。
さあ始まりました、涼宮家恒例のくすぐり合い対決!今回の会場は澄玲の部屋であります。いつものリビング会場とは違った白熱した試合を見せてくれるでしょう。
ではまず、選手紹介から行きましょう!
右に見えますは、この部屋に長く住み着いてきた貞子の風貌を思わせるス・ミ・レ〜‼︎地の利を活かして奇想天外な攻撃をしてくると予想します!
対して左にいらっしゃいますのは、澄玲の母親であるが見た目がまさしくメ●ガキの見た目をしたミ・ズ・キ〜‼︎こちらは小柄な身を活かしてカウンターを狙ってくるスタイルを見せてくれるでしょう!
さあ序盤は睨み合いからです。どちらが先に動くかでこの先の展開が決まってきます。ふむふむなるほど頭の中の解説の田中さんが言うには、水樹が陽動作戦で澄玲の不意をついて一本勝ち、と。いや〜流石にそんな安直な結果にはならないでしょう。
「…澄玲、お前が隠していたあれ、私見たことあるんだよな」
「…何だよ、あれって」
「凛のパンt「うわあああああ!!!」
クリティカルヒットである。にしても澄玲のことは今後ド変態と呼ぶしかあるまい。そうこうしているうちに、顔を真っ赤にして冷静さを失って暴れる澄玲の後ろに回り込んだ水樹が、彼女の脇下に手を差し込み、脇をくすぐり始めた。
…解説の予想が上手くハマりましたね。すごいな田中。
「ひゃっ、やめt、あんっ、まじっでやめろぉー!!」
こちょこちょこちょこちょ。
「そんな卑猥な声を出すなよ、興奮するじゃないか」
こちょこちょこちょこちょ。
水樹が、大人の嬌笑の欠片も感じさせないニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべている。もう決着はついたみたいだね。よし私はここで退出させてもらおう。晩御飯の準備をしないといけないからね。
「今日は赤飯でも炊いておこうかな〜」
部屋のドアの外から父の声が響いた。
♢
30分後。
「お父さん、なんか2階が騒がしくない?」
「気のせいだよ、気のせい。それより、明日のデートの準備はできた?」
「デ、デートじゃないわよ、お買い物に行くだけよ」
キッチンでは料理を作っている父親とそれを手伝う凛の姿があった。
今日も涼宮家は賑やかであった。
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