帰宅後の一幕
ミナが帰宅したそのあと。
アルバは綺麗に平らげてもらった料理のあと片付けをし、入浴を済ませて一人ソファーでボーッとしていた。
その時、風呂上がりのシェリアがアルバの前へと顔を覗き込む。
「お疲れですか、アル?」
やはりメインヒロインと言うべきか。
眼前に迫った愛苦しくも可愛らしい端麗な顔立ち、ほんのりと赤くなった頬がどこか色っぽく、少し胸元がはだけた姿は転生する前に見た女性とは比べ物にならないほど男の心をくすぐってくる。
ただ、それも何年も一緒に住めば慣れてしまうもので、アルバはシェリアへ目の前に座るよう促すとそのまま櫛を片手にした。
「まぁ、あんな人数の料理を作るのも久しぶりだったしな。っていうか、校外学習の時点でめちゃくちゃ疲れた」
「ふふっ、そういえばそうでしたね」
シェリアは大人しく目の前へ腰を下ろし、アルバへ頭を預ける。
サラりとしたプラチナブロンドの長髪を手ですくい、アルバは慣れた手つきで梳き始めた。
「んで、どうだったよミナは? いい子だったろ?」
「はいっ、すっごくいい人でした! こうしてお話できてとても嬉しかったです! お店の話とか、お化粧のことはとても勉強になりました……!」
「ならよかったよ。変な人を紹介して首飛ばないかなーって心配だったんだ」
「首が飛ぶ? そんなことありませんよ?」
「そんなことがあるんだよ」
アルバの脳裏に顔も知らない教皇閣下の姿が過ぎる。
下手なことでもすればシェリア溺愛のあの人であれば本気で首を獲りに来かねんと、アルバは遠い目を浮かべた。
その時───
「……ありがとうございます、アルバ」
「ん? 何が?」
「今日、私達を助けてくれて……いえ、今までのことも全部、です」
唐突に語り出したその言葉。
アルバはいきなりの感謝に思わず首を傾げてしまった。
「どったの、急に?」
「いえ、感謝しなければいけないなーっと」
モジモジと、少し気恥ずかしそうにシェリアが言葉を続ける。
「アルバが紹介してくれなければミナさんにも出会わなかったですし、今日だって私を含めて色んな人を助けるために動いてくれました。それに……私のために学園に来てくださいましたし」
よき友人がほしかったシェリアにとって、ミナという存在は嬉しいものであった。
イレイナ然り、ミナ然り、二人共いい人だというのは話してよく分かった。初めこそ「女狐!?」と警戒していたものの、今となってはその疑念も消え去ってしまっている。
校外学習では、アルバはわざわざ危険な場所にまで赴いて魔獣を倒してくれた。
力があったとしても、死ぬ危険がある場所だったはず。それでも、自分を含めて多くの生徒が傷つかないよう拳を握ってくれた。
そもそも、こうした感謝をしなければならないのもシェリア自身の我儘のせいだ。
アルバが元公爵家の令息だということを知っていてもなお、自分の感情を優先してしまった。
───感謝しないわけがない。
己の
「その、ありがとうございます……アルバ」
ペコリ、と。髪を梳かれながら頭を下げる。
すると、急に気持ちよい梳く手が止まった感覚が訪れた。どうしたんだろう? そう思った時───
「水臭いこと言うなって」
シェリアの頭の上に、温かくて大きな感触が現れた。
「なんかそんなことを言われたら距離を置かれてる感じがするんだけど。何? 今生の別れ演出でも始まるわけ?」
「ち、違いますよ!? 私はただ……」
「なら、今更そんなこと言うなって。前にも言ったかもしれんが、あの時助けた責任ぐらいは取るつもりだ」
アルバは小さく笑ってシェリアの小さな頭を撫で始める。
本当は関わりたくなかったというのが本音だ。いつどこで死亡フラグが立つかも分からないし、いつ立ってもおかしくない表舞台に立たされてしまった。
それでも、助けた女の子を「はい、それじゃあ好きに生きて」なんて言いたくはない。
もう充分帰る場所があるのだとしても、本人が望むのであれば一緒にいてあげたかった。
(もちろん、こんな俺でも一緒にいてくれたシェリアだからこそなんだろうけどな……)
シェリアだから今日の校外学習で魔獣と戦ったと言っても、正直過言ではなかった。
目の前の女の子が無事にイベントを乗り切れるのだと分かっていても、危険な目に遭うことを想像して我慢ができなかった。
それぐらい、アルバはすでにシェリアという
まぁ、
「今更だろ、今更。シェリアだって、俺になんかあったら一目散に駆けつけてくれるだろ?」
「もちろんです! 何があってもアルの下へ駆けつけます!」
「それと一緒だって、俺も。結局、俺の世界っていうのはそんな大きくないし、目の前の女の子しかあんまり考えられないわけよ。きっと、ミナやイレイナにも何かあれば拳を握るかもしれん。ただ、その中でも過ごした時間が多いシェリアだけは少し別なんだろうさ」
シェリアがゆっくりと自分の方へと向いてきた。
故に、アルバはにっこりと笑う。
「だから、お前のことを考えるのは当たり前なんだよ。こんな当たり前にいちいち感謝してると疲れちゃうぞ?」
アルバはその当たり前のことを口にした。
しかし、それはアルバの中での当たり前の話だ。
シェリアはその当たり前ではない言葉を聞いて、徐々に顔を真っ赤に染めていく。
やがて堪えきれなくなったからか、アルバの胸元へと抱き着いた。
「なんだ? 甘えん坊の特大セールか?」
「……ちょっとだけ、お願いします。あとで膝枕をして差し上げますので」
「それを言われちゃ、断れないわな」
アルバは胸元に抱き着いてきたシェリアの頭を微笑ましそうに撫で続ける。
平和な日常の一幕。ここが表舞台だということも、目の前にいる少女が己を殺すかもしれない
それがなんとも心地よく、アルバは天井を仰いでしまった。
(しかし……)
ふと、見上げながら思い出す。
(ミナのやつ、大丈夫なのかね……?)
なんか苦しそうだったが、と。
アルバは一人そんな疑問を抱いた。
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