4-2 それぞれの進路
その日の大学の勉強は、どうにも身が入らなかった。原因は、今朝の
「澪ちゃん、忙しすぎじゃない? あんまり無理しちゃダメだよ?」
講堂の地下の学食で、隣に座った
「うん……ありがとう。今日はバイトもないし、五限目が終わったら、家で休むね」
「五限目の古典文学なら、あたしが澪ちゃんの分のノートを取っておくよ?」
「……私、そんなに顔色が悪い?」
「うん。こんな澪ちゃん、見たことないくらい」
茶髪をお団子に結った
「体調管理、気をつけてたんだけどな……」
「仕方ないよ。最近、体調を崩して欠席する子が増えてるもん。暑いのか寒いのかハッキリしなくて、服装を合わせるのが大変だよねえ」
「あっ、まさか澪ちゃん! あたしに大学のズル休みを怒ったときのことを気にしてる? あれは、あたしが悪いんだもん。体調不良の欠席は、仕方ないんだよっ?」
「あ、ありがとう……そのときは、巴菜ちゃんにノートを頼んでもいい?」
「任せて!」
巴菜ちゃんは、真夏に咲く
「
トパーズ色の髪の男の子も、壁際の席に座った私たちに気づいて、
「おはよう、
「何よ、ついでって! むかつく! その煮卵、あたしが食べてやる!」
「おい、やめろ! 代わりに天ぷらを持っていくからな!」
「あーっ! 最後に食べようと思ってたのに! それ、大罪だからね!」
「おはよう、星加くん。二人とも、今日も仲がいいね」
「どこが!」
やんちゃな子どもみたいな二人の抗議が、見事に重なった。星加くんはともかく、巴菜ちゃんはもう少し
週に一度、巴菜ちゃんと学食に行くと決めている日に、最近は
「倉田さん、身体の具合でも悪い?」
「星加くんまで……うん、実は。ゆっくり寝たら良くなると思う」
「一人で帰れる? 俺、今日はもう帰るだけだから、家の近くまで送ろうか?」
「……やっぱり私、そんなに顔色が悪い?」
「あ、いや、なんとなくそう思っただけで」
しゅんとした私を
「そう言う
「ああ、さっきまでキャリアセンターに行ってたからな」
「へえ? 就活の相談をしてきたんだ?」
「まあな。だけど、まだいろいろ考え中」
「いろいろって何よ? 悩みでもあるの?」
「あー、
「大学院?」
今度は、私と巴菜ちゃんの声が重なった。星加くんは、たじろいだ顔で余所見をすると、「こんなチャラい見た目だから、
「倉田さん、前に俺がどうして
「そっか……星加くん、すごいね」
先が分からない未来のことを、星加くんはしっかりと見つめている。私の言葉が、誰かの
「それに、就活を先延ばしにできても、
「あたしも、教員採用試験の対策をしなきゃー。単位も落とせないし、ヤバいよー」
巴菜ちゃんと星加くんは、揃って溜息を
「今のところは……不安はあるけど、大丈夫だよ。就活は、星加くんみたいに企業研究は進めるけど、もうしばらくの間は、英語とフランス語の勉強に専念するつもり」
進路の悩みは、私も他人事ではなかった。だけど、今の私が最優先すべきことは、外国語の習得だと割り切る覚悟を決めたから、就職活動は同級生よりも遅めのスタートになるけれど、目先の勉強を大事にしようと思っている。そうすることで、さっき星加くんが伝えてくれたような自信を持って、進むべき道を定めていけると思うから。二人の友達と話していたら、少しだけ元気が湧いてきた。
「巴菜ちゃんと星加くんのおかげで、気分の悪さが落ち着いてきたかも。星加くん、さっきは気遣ってくれてありがとう。五限目の講義が終わったら、すぐに帰るね」
「こういう日に限って五限か……巴菜、同じ講義を取ってるんだろ? 一緒についててやれよ」
「もちろん」
三人で賑やかに食事を取る時間が、今朝の動揺も
――けれど、あまり大丈夫ではなかったことを知ったのは、五限目の講義を終えて、駅前まで付き添ってくれた巴菜ちゃんと別れて、日が沈んだばかりの街並みを、坂道の
――いつもの
来た道を引き返そうとしたけれど、
――少しだけ、アトリエで休ませてもらおう。そうすれば、ここから一人でアパートを目指す心細さは消えるはずだ。赤い屋根の平屋が見えてくると、私はホッとした。
でも、やがて異常に気づいた。
アトリエに――
とっさに感じたのは、恐怖だった。アトリエの鍵を持っているのは私と彗だけで、この古民家を紹介してくれた
「えっ……彗?」
「澪?」
秋の冷気を
「彗……どうして、ここにいるの? 今日は……
お通夜は、十八時からのはずだ。すでに予定の時刻を、三十分も過ぎている。
彗は――友人のお通夜に、参列しなかった。その事実を
「澪のアパートに行く前に、ここで荷物をまとめていたんだ。一泊分の用意だと、着替えが足りないから」
「彗……?」
「澪。急なお願いで、悪いんだけど」
ひときわ冷たい秋風が、私と彗の髪を
「しばらくの間、澪の家に泊めてほしい」
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