第25話 ドキッ!真夏のプールレッスン①
外へ出ると強烈な太陽の光とモワッとしたぬるい空気、蝉の音が俺を襲った。
まだ午前8時を回ったところだというのに酷い暑さだ。
自宅の前の狭い小路。辺りの家々からは生活音が聞こえてきている。
それがいつもより賑やかに感じるのは夏休み中だからだろう。普段この時間には学校に行っている学生達。会社に行っている大人達の中にも、今日は朝から家でのんびりという人がいるはずだ。
小路を歩き始めた俺は、少し進んだ先にある民家の前で立ち止まる。
今日は
休みが明けた後も続く、水泳の授業の練習をするためだ。
水泳の授業だけは、これまでように旭と気軽に練習をする事が出来なかった。何故ならプールが必要になるから。
最寄りのプールへ行くには電車を使わなければならないのだが、旭はまだ小学生だ。簡単に連れ回すわけにはいかず、旭の家のおばさんへの許可取りや、お互い学校もある事を考えると、長期休みでもなければなかなか機会を作る事が出来なかったのだった。
休日に一人で行く事も出来なくはなかったのだが、それはまぁ、あれだ。一人で知らない所とか緊張してしまうし、夏休みにやればいいのだからと先のばしにしていたところもある。
という事で、これまでの授業は全部見学でやり過ごしていた。どうにかこの休み中にそれなりの実力をつけなければ。バイトに加え、これも休み中にやらなければならない事。
家の前で少し待って、チャイムを押そうか迷い始めたところで中から旭が現れる。
「あ、ノボル兄ちゃん。もう来てたんだ」
健康的に日焼けした少しヤンチャな印象の男子小学生に「おう」と手を上げた俺は、その後ろから続けて現れたちょっぴり派手めな女子高校生に「へ?」と声を漏らした。
「ひ、
間の抜けた声を出すと幼なじみの山本日和は、気まずそうに顔を伏せた。
制服姿ではない日和。大人の女の人がするような格好をしていて、いつもと違う人にみえる。
「姉ちゃんも一緒に練習したいんだってさ。姉ちゃんカナヅチだからさ」
「旭!」
声を上げた日和の顔は、みるみると赤くなっていく。
そこでそういえばと思い出す。昔からスポーツが得意な日和であったが、泳ぐ事だけは苦手だった。
とっくに克服したものだと思っていたが、今年の水泳の授業は、俺と同じく見学ばかりしていた。
「か、勘違いしないでよね!別に私はただ泳ぎたい気分だっただけで、アンタに触発されて頑張らないととか思ったわけじゃないんだからっ!」
「お、おう……」
そうして俺達はプールへと向かった。
道中の電車でも日和の態度は相変わらずだったが、間に座った旭のお陰で、それほど悪い空気にはならなった。
「ノボル兄ちゃん、飴食べる?」
「お、おう」
「姉ちゃんは?」
「それじゃなくて、そっちのイチゴみるくのやつがいい」
「あ、うん」
旭はずっとニコニコしている。
「なんかこういうの楽しいね」
「全く、いつまでもガキのままなんだから」
「別にいいだろ。まだ小6なんだし。それに姉ちゃんだって昨日遅くまで着ていく洋服選んでいたくせに」
「うるさい、馬鹿!」
この姉弟のこんなやり取りを目の当たりにするのは随分と久しぶりの事だ。二人の関係はあの頃とまるで変わっていなくて、懐かしいような嬉しいような、くすぐったい気持ちにさせられた。
到着したプールはそれほど有名ではないものの、それなりの広さと設備を揃えた、そこそこのプールだ。
遠くからわざわざ足を運ぶ程ではないが、近くにいい施設がないのならここを選ぶ、といったようなところ。
日和達と来たのは正解だった。一人だったなら、こうもすんなりと入場できていないだろう。何せルールが分からないし、俺は係の人にものを訪ねるにも尻込みしてしまう人間だ。
旭と共に男子用の更衣室へ向かう。
「うお!ノボル兄ちゃんすげぇ。ボーボーじゃん!」
「よせ!そんなにじろじろ見るんじゃねぇ!」
そうして着替えを済ませてプールデッキへ出ると、外にいる時から気がついてはいたが、開店直後だというのに、施設中は中々の混雑だった。
建物の中にあるのは、この施設の目玉とも言える海岸を模した波の立つプール。それから競技用のプールが2つあって、子供用の浅いプールが1つある。
一際賑やかな声に誘われて目を向けると、高く長い階段に行列できていて、その先はウォータースライダーに続いている。
幸い、競技用のプールの方はそれ程混んでいなかった。これなら練習に集中できるだろ。
「ほえぇ」と室内を見回していると、ペチペチと近づいてくる足音。
やはり男と女では着替えの時間が違う。などと思いながらやって来た日和に目を向けた俺は、思わず驚いて声を上げた。
「うおっ!」
水色のビキニだった。ビックリしたのは、同級生のビキニ姿なんかを見るのは初めてだったのと、幼なじみの日和が、いつの間にか大人の体になっていたから。
主張する柔らかそうな2つの膨らみ。そこから流れるように続くクビレ。縦に長い小さなヘソ。そして真っ直ぐと伸びたみずみずしい生足。
大事なところだけを、薄っぺらな布で隠しているだけの装備は、防御力は皆無だが、極めて高い攻撃力を有している。
というか、こんなものは殆んど裸も変わりないじゃないか!
日和は俺の視線から自分の体を手で隠すようにすると、こちらをキリッと睨み付ける。
「な、なによ!」
「な、なによってお前、そんな破廉恥な格好……」
「はぁ!?べ、別に普通でしょ、これぐらい!アンタこそ恥ずかくないの?高校の水着なんかで」
「しょうがねぇだろ!これしか持っていねぇんだから。てか、高校の水着じゃ駄目なら先に言っておいてくれよ」
昔両親と来た時もスクール水着だったから、これでいいのだと思っていたのだが。
そんな調子でお互い顔を真っ赤にして言い争っていると、旭が呆れた様子で口にする。
「いいから早く行こうよ。のんびりしてると混んで来ちゃうよ」
言われて俺達は黙り込んだ。旭は本当にしっかりした奴に育ったなぁと、しみじみと思う。
競技用の50メートルプールへ移動した俺は旭先生に泳ぎを見てもらう。
「なんだ。普通に泳げるじゃん」
と、言われた事は意外だったが、確かに俺はカナヅチというわけではない。高校2年の今まで、特に苦手意識もなく水泳の授業をこなしてきたのだ。
俺が体育を苦手に思っていたのは、多分バスケやサッカーが出来ないせいだったのだろう。他のクラスメイト達のように友達とやる機会がなかったものだから、その経験値の違いが如実に感じてしまっていたのだ。
その点、水泳や陸上競技は友達がいようと、放課後や休日にやる事が少ないため、経験値の違いが現れにくい。
加えて、今日まで体力作りに励んできたし、ここ数日は泳ぎ方のレッスン動画を見つつイメージトレーニングもしていた。以前に比べて泳ぎもマシになっているのかもしれない。
「それだけ泳げるなら十分だよ。あとはフォームとかに気をつけて、とにかく沢山泳いで慣れていけば上手くなれると思うよ」
「そ、そうか!」
「それより問題は……」
と言って、旭は傍らで泳いでいる日和へ目を向けた。
泳いでいる、のだろうか?あれは……
水中で自分の姿が隠れてしまう程豪快に飛沫上げている日和。しかしその体は一向に前へは進んでいかない。
「と、とりあえず俺はあっちを見ないといけないと思うから、悪いけどノボル兄ちゃんは一人で泳いでいてよ」
「お、おう」
自分の姉を見て顔を引きつらせている少年へ力強く頷いた俺は、隣のレーンを泳ぎ始める。
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