コンテンツにスキップ

ヒツジグサ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヒツジグサ
ヒツジグサ
1. ヒツジグサ(群馬県尾瀬ヶ原、2002年8月)
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
: スイレン目 Nymphaeales
: スイレン科 Nymphaeaceae
: スイレン属 Nymphaea
亜属 : Nymphaea subgen. Nymphaea
: ヒツジグサ N. tetragona
学名
Nymphaea tetragona Georgi (1775)
シノニム
  • Castalia acutiloba (DC.) Hand.-Mazz. (1931)[2]
  • Castalia crassifolia Hand.-Mazz. (1931)[2]
  • Castalia pygmaea Salisb. (1806)[2]
  • Castalia rudgeana Tratt. (1822)[2]
  • Castalia tetragona (Georgi) G.Lawson (1888)[2]
  • Leuconymphaea tetragona (Georgi) Kuntze (1891)[2]
  • Nymphaea acutiloba DC. (1824)[2]
  • Nymphaea alba ssp. tetragona (Georgi) Korsh. (1892)[2]
  • Nymphaea crassifolia (Hand.-Mazz.) Nakai (1938)[2]
  • Nymphaea esquirolii H.Lév. & Vaniot (1907)[2]
  • Nymphaea fennica Mela (1897)[2]
  • Nymphaea japono-koreana Nakai (1938)[2]
  • Nymphaea pygmaea (Salisb.) W.T.Aiton (1811)[2]
  • Nymphaea tetragona var. acutiloba (DC.) F.Henkel et al. (1907)[2]
  • Nymphaea tetragona var. angusta Casp. ex Nakai (1914)[2]
  • Nymphaea tetragona var. crassifolia (Hand.-Mazz.) Y.C.Chu (1975)[2]
  • Nymphaea tetragona var. himalayense F.Henkel et al. (1907)[2]
  • Nymphaea tetragona var. indica (Casp.) F.Henkel et al. (1907)[2]
  • Nymphaea tetragona var. lata Casp. (1866)[2]
  • Nymphaea tetragona var. minima (Nakai) W.Lee (1996)[2]
  • Nymphaea tetragona var. orientalis (Casp.) F.Henkel et al. (1907)[2]
  • Nymphaea tetragona var. wenzelii (Maack ex Regel) Vorosch.[3]
  • Nymphaea wenzelii Maack ex Regel (1861)[3]
和名
ヒツジグサ (未草[4])、カメバス (亀蓮[5])、カッパグサ[6]、コレンゲ[6]
英名
pygmy water-lily[2], pygmy waterlily[2], small white water-lily[2], northern small white water-lily[2]

ヒツジグサ(未草、学名: Nymphaea tetragona)は、スイレン科スイレン属に属する多年生水草の1種である。水底にを張った地下茎から長い葉柄を伸ばし、水面に円形の葉を浮かべる (図1)。花期は6月から9月、長い花柄の先についた1個の花が水面上で咲く (図1)。花の大きさは直径3–7センチメートル (cm)、萼片が4枚、多数の白い花弁と黄色い雄しべがらせん状についている。

ヒツジグサの名の由来は、未の刻 (午後2時) 頃にが咲くためとされることが多いが[7]、この頃に花が閉じ始めるためともされる[8][9]。中国名は睡蓮または子午蓮であるが、日本語での睡蓮 (スイレン) はスイレン属の総称として用いられる[10]

特徴

[編集]

ヒツジグサは多年生浮葉植物 (水底にを張り、を水面に浮かべる植物) である[7][11]地下茎は太く短い塊状で直立し、無分枝、ここから葉が生じる[7][11][12][13][14]。地下茎で栄養繁殖することはない[13]。沈水葉 (葉身が水中にある葉) の葉身は矢じり形から楕円形、長さ15センチメートル (cm) 以下であり、薄い[11]。浮水葉の葉柄は長く、葉身が水面に浮かぶ[7]。浮水葉の葉身は卵円形から楕円形、8–19 × 5–12 cm、基部は深く切れ込み (切れ込みの幅はさまざま)、全体は無毛、裏面は赤紫色を帯びる[7][11][12][13][14] (上図1、下図2a, b)。

2a. ヒツジグサの浮水葉 (左) と (右)
2b. ヒツジグサの浮水葉と花
2c. ヒツジグサの花

花期は6–9月、地下茎から長い花柄を生じ、水面上で直径 3–7 cmが単生する[7][11][14] (上図2a, c)。萼片は4枚、長さ 2–3.5 cm、外側 (背軸側) は緑色、内側 (向軸側) は緑白色、宿存性で果時にも残る[7][13][14] (上図2c)。萼片基部の花托は上から見て正方形[11][14]花弁は8–17枚、長さ 2–2.5 cm、白色、らせん状につく[7][11][14] (上図2c)。雄蕊 (雄しべ) は多数、花弁から連続的にらせん状につき、外側の雄しべの花糸は扁平で花弁と中間的[11][13][14] (上図2c)。花の中央では多数の心皮が輪生し、合着して1個の雌蕊 (雌しべ) となり、柱頭盤には5–8条の柱頭が放射状に配列している[11][14]。柱頭盤の外側には、偽柱頭とよばれる突起が存在する[7][13][14]。花は2〜3日開閉を繰り返し、1日目は雌しべが成熟 (雌性期)、2日目に雄しべが成熟 (雄性期) する雌性先熟である[11][12][13]。雄性期には偽柱頭が内曲し、柱頭盤を覆う[7][13]。花後、花柄がらせん状に収縮して花は水中に没し、果実は水中で熟する[7][11][12]。果実は漿果、直径 2–2.5 cm、熟すと果皮が崩壊し、種子を放出する[12][13][14]。種子は仮種皮で覆われており、しばらく水面を浮遊するが、やがて水底に沈む[12][13]。種子は卵形で長さ2–3.5ミリメートル (mm)、暗黄褐色、細点紋が縦列している[13][14]染色体数は 2n = 112[7][14]

分布・生態

[編集]

北米北西部、ヨーロッパ東北部、シベリア東アジアインド北部にかけて分布し、海抜0メートル (m) の地域から標高 4,000 m の高地まで報告されている[3][14]。日本では北海道から九州にかけて生育している[7][11][12]

中性から弱酸性貧栄養から中栄養、または腐植栄養 (植物遺骸など有機物が蓄積している) のため池や湖沼、水路などに生育する[11][12][13][15][16]

コイアメリカザリガニの食害に弱い[13]

保全状況評価

[編集]

ヒツジグサは日本全体としては絶滅危惧等に指定されていないが、下記のように地域によっては絶滅危惧種に指定され、また既に絶滅した地域もある[17]。また変種とされるエゾベニヒツジグサ (下記) は絶滅危惧II類に指定されている[17]。絶滅・減少の要因としては、池沼の開発や水質の悪化等があげられる。以下は2020年現在の各都道府県におけるレッドデータブックの統一カテゴリ名での危急度を示している[17] (※埼玉県東京都では、季節や地域によって指定カテゴリが異なるが、下表では埼玉県は全県のカテゴリ、東京都では最も危惧度の高いカテゴリを示している)。

人間との関わり

[編集]

ヒツジグサは観賞用に栽培されることがある[18][19][20]。一般的な観賞用スイレンにくらべると葉や花が小さく、花弁数が少ない[18]。またヒツジグサをもとに、さまざまな園芸品種が作出されている[20] (下図3)。花言葉は「清純な心、純潔、清浄、甘美、信仰、遠ざかった愛」[21]

3. Nymphaea tetragona 'Joanne Pring'[22]

地下茎葉柄を食用とする地域もある[19]。また生薬とし (生薬名は睡蓮)、暑気あたりや酒酔いに対して用いられる[23]

系統と分類

[編集]

北日本へ行くほど葉や花弁が大きい傾向があり、またの基部の湾入が比較的浅いものはエゾノヒツジグサ (エゾヒツジグサ)[24][25] として分けられることがあるが、変異は連続的で明確には分けられない[7]。また北海道北部・東部には、柱頭とその周辺の雄しべが黒紫色で浮水葉がやや大きい (15–30 × 10–22 cm) ものがおり、変種エゾベニヒツジグサ (Nymphaea tetragona var. erythrostigmatica Koji Ito) とされる[7][11]

ヒツジグサは北半球に広く分布するが、の特徴に変異が大きい。北米ヨーロッパの個体は北緯40°以北の亜寒帯域に生育し、背軸側 (裏側) に隆起した葉脈をもつ薄い葉、明瞭に四角形の花托、花の中央部が紫色という特徴をもつ[14]。このような特徴はロシア韓国北海道の個体にも見られる (上記のエゾベニヒツジグサに相当する)[14]。一方、中国南部、日本(大部分)、ベトナムの個体は葉脈部が陥没した厚い葉、四角形があまり明瞭ではない花托、花の中央部が黄色いという特徴をもつ[14]。北米やヨーロッパでは、このような個体は Nymphaea tetragona var. angusta とよばれ栽培されている[14]。しかしこのような個体は、1805年に William Kerr によって中国広東省から送られたものに由来しており、Castalia pygmaea (= Nymphaea pygmaea) とされていたものに相当する[14]。そのため、東アジア温帯域以南に生育するもの (北海道北東部を除く日本のヒツジグサを含む) は、Nymphaea pygmaea として分けるべきであることが示唆されている[14]。また予備的な分子系統学的研究からも、カナダフィンランドの"ヒツジグサ" (Nymphaea tetragona) と東アジアのヒツジグサ ("Nymphaea pygmaea") が系統的に区別できることが示唆されている[26]

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ Nymphaea tetragona”. IUCN 2022. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2022-1. 2022年8月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y GBIF Secretariat (2021年). “Nymphaea tetragona Georgi”. GBIF Backbone Taxonomy. 2021年4月27日閲覧。
  3. ^ a b c Nymphaea tetragona”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2021年4月20日閲覧。
  4. ^ 未草https://kotobank.jp/word/%E6%9C%AA%E8%8D%89コトバンクより2022年4月5日閲覧 
  5. ^ 亀蓮https://kotobank.jp/word/%E4%BA%80%E8%93%AEコトバンクより2022年4月5日閲覧 
  6. ^ a b ヒツジグサ”. 植物図鑑. 筑波実験植物園. 2022年4月5日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 志賀隆 (2015). “スイレン科”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. pp. 46–48. ISBN 978-4582535310 
  8. ^ 吉野政治 (2012). “ひつじ草 (睡蓮):「日花 (ゾンネブルーム)」について”. 同志社女子大学大学院文学研究科紀要 12: 1-12. NAID 120005651667. 
  9. ^ スイレンの別名も持つヒツジグサ”. [1]. 養命酒製造株式会社 (2017年7月). 2021年4月30日閲覧。
  10. ^ エゾベニヒツジグサ”. 十勝の川の生き物たち. 帯広開発建設部 治水課 
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n 角野康郎 (1994). “ヒツジグサ”. 日本水草図鑑. 文一総合出版. pp. 109–112. ISBN 978-4829930342 
  12. ^ a b c d e f g h 浜島繁隆・須賀瑛文 (2005). “ヒツジグサ”. ため池と水田の生き物図鑑 植物編. トンボ出版. pp. 58–59. ISBN 978-4887161504 
  13. ^ a b c d e f g h i j k l m 松岡成久 (2014年2月27日). “ヒツジグサ”. 西宮の湿生・水生植物. 2021年4月23日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s Flora of China Editorial Committee (2018年). “Nymphaea tetragona”. Flora of China. Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2021年4月27日閲覧。
  15. ^ 角野康郎 (1982). “水草と pH (2)”. 水草研究会報 8: 8-10. NAID 10030093944. 
  16. ^ 下田路子 & 橋本卓三 (1993). “ため池の水草の分布と水質”. 水草研会報 25: 13-15. NAID 10024286902. 
  17. ^ a b c ヒツジグサ”. 日本のレッドデータ 検索システム. 2022年7月20日閲覧。
  18. ^ a b kurumi (2020年2月2日). “ヒツジグサ(未草)とは?特徴やスイレンとの違い・見分け方をご紹介!”. BOTANICA. 2021年4月30日閲覧。
  19. ^ a b Nymphaea tetragona Georgi”. Flora & Fauna Web. 2021年4月30日閲覧。
  20. ^ a b Nymphaea tetragona - Pygmy Waterlily, Chinese Waterlily”. Water Garden Plants. 2021年4月30日閲覧。
  21. ^ ヒツジグサ(羊草)の花言葉”. 花言葉の手帖|はなこと. 2021年4月30日閲覧。
  22. ^ Nymphaea tetragona 'Joanne Pring'”. LONGWOOD GARDENS. 2021年4月30日閲覧。
  23. ^ ヒツジグサ”. 熊本大学薬学部 薬草園 植物データベース. 2021年4月30日閲覧。
  24. ^ 米倉浩司・梶田忠. “植物和名ー学名インデックスYList”. 2021年6月30日閲覧。
  25. ^ 角野康郎 (2014). “ヒツジグサ”. 日本の水草. 文一総合出版. pp. 50–51. ISBN 978-4829984017 
  26. ^ Borsch, T., Wiersema, J. H., Hellquist, C. B., Löhne, C. & Govers, K. (2014). “Speciation in North American water lilies: evidence for the hybrid origin of the newly discovered Canadian endemic Nymphaea loriana sp. nov.(Nymphaeaceae) in a past contact zone”. Botany 92 (12): 867-882. doi:10.1139/cjb-2014-0060. 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]