青森市(あおもりし)は、青森県津軽地方[1]東青地域にある。青森県の県庁所在地及び人口が最多の都市であり、中核市に指定されている。青森湾に臨む交通の要地。江戸初期に港町として発展。三内丸山遺跡青森ねぶた祭が知られる。

あおもりし ウィキデータを編集
青森市
青森市旗 青森市章
青森市旗
2005年5月12日制定
青森市章
2005年4月27日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
市町村コード 02201-2
法人番号 4000020022012 ウィキデータを編集
面積 824.61km2
総人口 260,554[編集]
推計人口、2024年10月1日)
人口密度 316人/km2
隣接自治体 黒石市五所川原市十和田市平川市東津軽郡平内町蓬田村南津軽郡藤崎町北津軽郡板柳町上北郡七戸町
市の木 あおもりとどまつ
市の花 はまなすの花
市の鳥
市の昆虫
ふくろう
ホタル
青森市役所
市長 西秀記
所在地 030-8555
青森県青森市中央一丁目22番5号
北緯40度49分22秒 東経140度44分49秒 / 北緯40.8228度 東経140.7469度 / 40.8228; 140.7469座標: 北緯40度49分22秒 東経140度44分49秒 / 北緯40.8228度 東経140.7469度 / 40.8228; 140.7469

青森市役所庁舎
外部リンク 公式ウェブサイト

青森市位置図

― 市 / ― 町 / ― 村


地図
地図
ウィキプロジェクト
青森市の位置(日本内)
青森市
青森市

地理

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本州最北の県である青森県のほぼ中央に位置する。県の西半部を指す津軽地方においては北東部に位置し、東津軽郡の町村と東青地域を構成する。青森平野を中心とし、北は陸奥湾の支湾である青森湾に面し、南部から東部にかけては奥羽山脈の北端部にあたる八甲田山・東岳山地の山が連なり、西部で市域は津軽半島の脊梁山脈である梵珠山地津軽平野に広がる。市街地は青森湾沿いの中心市街地から青森平野上を扇状に展開しており、行政都市商業都市・交通都市・港湾都市の性格を有する。

東北地方を縦貫する路線および本州と北海道をつなぐ路線の結節点であり、日本国内の交通・物流における要衝である。西の津軽半島と東の夏泊半島に抱かれた青森湾奥に青森港があり、函館港との青函航路をフェリーが運航している。鉄道は新青森駅東北新幹線の終点、北海道新幹線の起点となっている。また、青い森鉄道線(旧東北本線)と奥羽本線青森駅で合流して終点となり、津軽線が津軽半島の青森湾沿いを北に延びている。道路は東北自動車道青森インターチェンジで終点となり、国道4号国道7号も中心部で終点となって接続している。また、南西部の丘陵地には青森空港がある。

陸奥湾はその大きさに対して湾口である平舘海峡の幅が狭いため外洋の影響を受けにくい。湾外から入った波浪は広い湾内で拡散するため、波高が小さく穏やかで、また潮汐によって流入または流出する海水が限られるため干満差も小さい。こうした安定的な海域環境は養殖業や港湾に適し、沿岸ではホタテの養殖が営まれ、湾奥の青森港は岩礁もなく静穏度が高い天然の良港となっている。

南東部の八甲田山一帯は十和田八幡平国立公園に指定されており、四季を通じた観光地となっている。北東部の浅虫地区は浅虫夏泊県立自然公園に指定されている。市内には温泉が多く、八甲田山麓の酸ヶ湯や湾岸の浅虫温泉などがある。

 青森ベイブリッジ青森県観光物産館アスパム青森県営スケート場青森市民ホールNTTドコモ青森ビル鉄塔サンロード青森みちのく銀行本店ミッドライフタワーアウガあおもり北のまほろば歴史館
雲谷峠から見た青森市街

地形

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山地は青森平野を囲むように存在し、奥羽山脈に属する南部の八甲田火山地と東部の東岳山地、および津軽山地に属する西部の梵珠山地に分けられる。田代平湿原がある田代平は八甲田カルデラ(田代平カルデラ、先八甲田カルデラ)のカルデラ湖の跡であり、その北東の山列はカルデラの外輪山八甲田山はカルデラに噴出した南北2つの中央火口丘群の総称であり、約20体の火山体で構成される。

  • 奥羽山脈
    • 八甲田火山地
      • 北八甲田:大岳、高田大岳、井戸岳、赤倉岳、小岳、硫黄岳、田茂萢岳、前嶽、雛岳、石倉岳
      • 南八甲田:駒ヶ峯、横岳、逆川岳
    • 東岳山地:折紙山、東岳、高森山
      • 八甲田カルデラ外輪山:石倉山
  • 津軽山地 - 梵珠山地:馬ノ神山梵珠山
北西部から南東方の中心部を望む。中央背後の山は八甲田山。

丘陵地は八甲田山の山麓部になっている火山性の八甲田火山丘陵と梵珠山地の山麓部になっている非火山性の大釈迦丘陵がある。

青森平野は主要部の深沢平野と北西部の上磯平野に分けられる。深沢平野は堤川などによって形成された沖積平野で、上磯平野は海底が隆起した海岸平野。は浅虫地区に湯ノ島と裸島がある。

2011年(平成23年)撮影の青森港周辺の空中写真。2011年撮影の18枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

河川・湖沼

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気候

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ケッペンの気候区分の定義上は青森市街は温暖湿潤気候(Cfa)、八甲田山はツンドラ気候(ET)、観測所のある酸ヶ湯亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属する。冬季は降雪が多く、全域が特別豪雪地帯に指定されている。最深積雪の平年値は101cm。年間降雪量の平年値は567cmにおよび、この規模の都市としては旭川市(557cm)をも上回り、最も多い。1931年2月23日に-24.7℃を記録しているが、近年は暖冬化、都市化により-10度までさえ下がることも稀になった。冬季の平均最低気温も大幅に上昇し、現平年値では1961 - 1990年平年値と比較すると、1月が-5.0℃→-3.5℃に、2月は-5.2℃→-3.3℃と大幅に上昇している。夏は比較的蒸し暑くなり、8月の平均気温は23.5℃で、平均最高気温は27.8℃に達する。1994年8月12日には過去最高の36.7℃を観測した。

青森市花園(青森地方気象台、標高3m)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 13.5
(56.3)
19.4
(66.9)
21.4
(70.5)
28.3
(82.9)
33.6
(92.5)
33.5
(92.3)
35.9
(96.6)
36.7
(98.1)
36.1
(97)
30.5
(86.9)
24.1
(75.4)
21.1
(70)
36.7
(98.1)
平均最高気温 °C°F 1.8
(35.2)
2.7
(36.9)
6.8
(44.2)
13.7
(56.7)
18.8
(65.8)
22.1
(71.8)
26.0
(78.8)
27.8
(82)
24.5
(76.1)
18.3
(64.9)
11.2
(52.2)
4.5
(40.1)
14.9
(58.8)
日平均気温 °C°F −0.9
(30.4)
−0.4
(31.3)
2.8
(37)
8.5
(47.3)
13.7
(56.7)
17.6
(63.7)
21.8
(71.2)
23.5
(74.3)
19.9
(67.8)
13.5
(56.3)
7.2
(45)
1.4
(34.5)
10.7
(51.3)
平均最低気温 °C°F −3.5
(25.7)
−3.3
(26.1)
−0.8
(30.6)
4.1
(39.4)
9.4
(48.9)
14.1
(57.4)
18.6
(65.5)
20.0
(68)
15.8
(60.4)
9.1
(48.4)
3.4
(38.1)
−1.4
(29.5)
7.1
(44.8)
最低気温記録 °C°F −23.5
(−10.3)
−24.7
(−12.5)
−18.4
(−1.1)
−12.2
(10)
−1.4
(29.5)
4.0
(39.2)
6.5
(43.7)
8.9
(48)
3.0
(37.4)
−2.4
(27.7)
−12.1
(10.2)
−20.6
(−5.1)
−24.7
(−12.5)
降水量 mm (inch) 139.9
(5.508)
99.0
(3.898)
75.2
(2.961)
68.7
(2.705)
76.7
(3.02)
75.0
(2.953)
129.5
(5.098)
142.0
(5.591)
133.0
(5.236)
119.2
(4.693)
137.4
(5.409)
155.2
(6.11)
1,350.7
(53.177)
降雪量 cm (inch) 195
(76.8)
141
(55.5)
64
(25.2)
4
(1.6)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
23
(9.1)
143
(56.3)
567
(223.2)
平均降水日数 (≥0.5 mm) 24.0 20.0 16.7 12.2 11.3 9.5 10.2 10.8 11.6 14.6 18.9 23.6 183.3
平均降雪日数 29.6 26.1 22.1 5.7 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.2 10.2 26.0 119.5
湿度 78 76 70 65 71 78 80 78 76 73 73 78 75
平均月間日照時間 48.5 72.3 126.0 179.1 201.4 180.0 161.4 178.0 162.4 144.4 85.4 50.4 1,589.2
出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1882年 - 現在)[2][3]
青森(青森地方気象台・1961 - 1990年平均)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C°F 1.1
(34)
1.7
(35.1)
5.5
(41.9)
12.9
(55.2)
18.5
(65.3)
21.5
(70.7)
25.4
(77.7)
27.6
(81.7)
23.3
(73.9)
17.4
(63.3)
10.6
(51.1)
4.2
(39.6)
14.1
(57.4)
日平均気温 °C°F −1.8
(28.8)
−1.7
(28.9)
1.5
(34.7)
7.6
(45.7)
13.0
(55.4)
16.8
(62.2)
20.9
(69.6)
22.9
(73.2)
18.4
(65.1)
12.0
(53.6)
6.2
(43.2)
1.0
(33.8)
9.7
(49.5)
平均最低気温 °C°F −5.0
(23)
−5.2
(22.6)
−2.4
(27.7)
2.7
(36.9)
7.9
(46.2)
12.9
(55.2)
17.3
(63.1)
19.0
(66.2)
13.9
(57)
7.0
(44.6)
2.1
(35.8)
−2.2
(28)
5.7
(42.3)
出典:理科年表[要文献特定詳細情報]
極値[4]
要素 観測値 観測年月日 統計期間
最高気温 36.7℃ 1994年8月12日 1882年1月以降
最低気温 -24.7℃ 1931年2月23日
降雪の深さ寒候年合計 1263 cm 1986年 1954寒候年以降
最深積雪 209 cm 1945年2月21日 1894年1月以降


青森空港の気候
市南西部の青森空港がある大谷(アメダス名:青森大谷)は標高が198mと高く、都市化の影響も小さいために、冬の朝の気温は4 - 5度ほども低くなり、2018年2月2日には-17.7℃を観測している。
酸ケ湯の気候
市南東部の八甲田山麓にある酸ケ湯温泉は、標高890mに位置し、非常に寒冷な気候として知られている。1月の平均気温は-7.5℃と亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属し、1月の平均最高気温は-5.1℃にしかならず、醜寒で有名な北海道内陸の幌加内町(-3.9℃)、占冠村(-3.4℃)や陸別町(-2.5℃)などの地域の最高気温よりも低い。厳寒期には日中でも氷点下10度以下となることも少なくなく、しばしば日中の気温が日本一低い場所となることもある。日本屈指の豪雪地帯でもあり、1996年寒候期の積雪量は2376cmに達し、過去最深積雪は2013年2月26日の566cmである[5]

人口

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青森市と全国の年齢別人口分布(2005年) 青森市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 青森市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
青森市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 261,743人
1975年(昭和50年) 285,923人
1980年(昭和55年) 309,768人
1985年(昭和60年) 316,047人
1990年(平成2年) 308,782人
1995年(平成7年) 314,917人
2000年(平成12年) 318,732人
2005年(平成17年) 311,508人
2010年(平成22年) 299,520人
2015年(平成27年) 287,648人
2020年(令和2年) 275,192人
総務省統計局 国勢調査より
人口推移
統計年 人口 備考 グラフ
1727年(享保12年) 6,172人


1965年から2000年まで現在の市域にほぼ相当する市町の合計値を付記

1750年(寛延3年) 5,163人 4月
1788年(天明8年) 4,668人
1799年(寛政11年) 6,137人
1805年(文化2年) 6,491人
1811年(文化8年) 6,944人 青森記
1843年(天保14年) 6,033人
1852年(嘉永5年) 7,779人
1864年(元治元年) 9,991人 九浦町中人別戸数諸工諸家業総括牒
1869年(明治2年) 10,750人
旧青森市
1898年(明治31年) 27,991人 4月1日市制施行
1920年(大正9年) 48,941人 第1回国勢調査
1925年(大正14年) 58,794人 第2回国勢調査
1930年(昭和5年) 77,103人 第3回国勢調査
1935年(昭和10年) 93,413人 第4回国勢調査
1940年(昭和15年) 99,065人 第5回国勢調査
1945年(昭和20年) 56,653人 11月
1947年(昭和22年) 90,828人 臨時国勢調査
1950年(昭和25年) 106,417人 第7回国勢調査
1955年(昭和30年) 183,747人 第8回国勢調査
1960年(昭和35年) 202,211人 第9回国勢調査
1965年(昭和40年) 224,433人 第10回国勢調査
1970年(昭和45年) 240,063人 第11回国勢調査
1975年(昭和50年) 264,222人 第12回国勢調査
1980年(昭和55年) 287,594人 第13回国勢調査
1985年(昭和60年) 294,045人 第14回国勢調査
1990年(平成2年) 287,808人 第15回国勢調査
1995年(平成7年) 294,167人 第16回国勢調査
2000年(平成12年) 297,859人 第17回国勢調査
青森市
2005年(平成17年) 311,508人 第18回国勢調査
出典:[6][7]

2015年の国勢調査における人口は2位の八戸市、3位の弘前市を抑え県内1位だった。また前回調査からの人口増減率はマイナス3.96%で長崎市のマイナス3.21%、甲府市のマイナス2.95%を上回り、県庁所在地としては最大の減少率だった[8]

隣接している自治体

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青森県

歴史

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前近代

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縄文時代には集落が築かれていた(三内丸山遺跡)。室町時代には南部氏支族である堤氏の領地であった。堤氏は戦国時代末期に津軽氏に攻め滅ぼされ、外ヶ浜は弘前藩の領地となった。青森は弘前藩(津軽藩)初代藩主津軽為信のときに開港が計画されたといわれ[9]、構想を引き継いだ2代藩主津軽信枚とその家臣である森山弥七郎によって寛永期に港町が築かれ、その後商港および北方との交通港として発展した。

居城弘前城の建設(慶長16年〈1611年〉)と城下町弘前の整備を終えた弘前藩は江戸との海運を目的とした港の開発を企図した。信枚は森山を開港奉行に任じ、寛永元年(1624年)善知鳥村(うとうむら、青森の古名)に港を開いたが(廻船運航の許可を得た寛永2年(1625年)または町割りがされた寛永3年(1626年)が開港年とされることもある)、このとき海岸付近にハイネズ(浜松・磯馴松(そなれまつ))が繁茂する高さ一丈(約3メートル)ほどの小丘があり、「青森」と呼ばれて漁船が帰るときの目標物になっていたことから、開港に際してその名を採って青森村と改称した。次いで寛永3年(1626年)に信枚は森山に青森の町づくりを命じ[10]、浜町・本町(大町)・米町の3町がつくられ、青森町が成立した(当時は「青盛町」との表記もあった)。同年、土地と建築資材の無償提供、10年間の免税などの条件が示されて移住が奨励されると、近江越前などから移住が相次ぎ、開港からわずか数年で戸数1000ほどの町が形成された。

江戸中期以降弘前藩最大の港および城下弘前に次ぐ町となった[9]

浪岡
浪岡には室町時代北畠親房の子孫が移り住み(浪岡北畠氏)、浪岡城を拠点に戦国大名化して北津軽・東津軽に勢力を張ったが、大浦為信(津軽為信)に攻め滅ぼされた。江戸時代、青森と弘前の中間に位置する浪岡は羽州街道宿場として栄え、多くの人や物資が行き交った。
年表

近現代

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明治4年7月14日1871年8月29日)の廃藩置県弘前藩弘前県となる。政府は同年9月4日、弘前県に七戸県八戸県斗南県黒石県館県の5県を併合し(  太政官布告七戶八戶斗南黑石館ノ五縣ヲ弘前縣ニ併ス』。ウィキソースより閲覧。 )、翌9月5日熊本藩出身の野田豁通大参事(知事)に任命した。野田は箱館戦争の際に官軍の拠点となった青森町に駐在した経験から当地の地勢に通じており、県域の中央に位置し、港もあって各方面への交通に利便がある青森町に県庁を置くよう、大参事就任前に政府に伺書を提出していた。政府は野田の建言を受け入れ、直後の9月23日に県庁を青森町に置くことを定めて県名も青森県に改めた(  太政官布告『弘前縣ヲ靑森ニ移シ靑森縣ト改稱』。ウィキソースより閲覧。 )。

1873年(明治6年)3月に大区小区制が実施されて第一大区一小区となった。以下の青森27町で構成された。

第一大区一小区の町名
27町 竪町 14町 新町、寺町、鍛冶町、大工町、松森町、米町、馬喰町、安方町、越前町、大町、塩町、多葉香町、浜町、蜆貝町
横町 13町 一念坊小路、大手通、御倉通、柳町、寺通 (3) 、福士通、上林通、横町通、馬喰町新角、弟飴角、堤町

1878年(明治11年)の郡区町村編制法では、10月30日に大区小区制が廃止されて第一大区は東津軽郡となった。1883年(明治16年)に第一組戸長役場が設置されて青森18町を所管した。役場の名称は1884年(明治17年)11月から青森安方町外十七ケ町戸長役場となった。

第一組戸長役場(青森安方町外十七ケ町戸長役場)所管の町名
18町 青森米町、青森安方町、青森新安方町、青森浜町、青森新浜町、青森蜆貝町、青森新蜆貝町、青森大町、青森塩町、青森莨町、青森博労町、青森堤町、青森松森町、青森大工町、青森鍛冶町、青森寺町、青森柳町、青森新町

1889年(明治22年)の市制町村制の実施(明治の大合併)では、従来の青森18町に造道村から独立していた栄町と造道村字浪打・大野村字長嶋を加えた区域をもって4月1日に町制を施行し、青森町が発足した。

青森町の町名・大字名
19町 安方町、新安方町、大町、米町、浜町、新浜町、新町、柳町、寺町、鍛冶町、大工町、松森町、博労町、堤町、莨町、蜆貝町、新蜆貝町、塩町、栄町
2大字 大野、造道

1897年(明治30年)10月1日浦町村滝内村大字古川を編入、1898年(明治31年)4月1日に市制を施行して青森市となる。1939年昭和14年)6月1日に油川町、1951年(昭和26年)4月1日に滝内村を編入。

昭和の大合併では、1954年(昭和29年)5月3日大野村1955年(昭和30年)1月1日に筒井町、横内村、東岳村、高田村、同年1月15日に浜舘村、荒川村、同年3月1日に新城村、奥内村、原別村、1956年(昭和31年)9月1日に後潟村を編入した。1962年(昭和37年)10月1日に野内村を編入。

平成の大合併では、2005年平成17年)4月1日に浪岡町と合併して青森市を新設し、旧浪岡町の区域に地域自治区浪岡を設置。2006年(平成18年)10月1日中核市に移行した。

年表
 
歩兵第五連隊第二大隊遭難記念碑
 
青森大空襲後

沿革

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あおもりし
青森市
 
青森市章
1901年制定
廃止日 2005年4月1日
廃止理由 新設合併
青森市(旧)、南津軽郡浪岡町 → 青森市(新)
現在の自治体 青森市(新)
廃止時点のデータ
  日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
隣接自治体 黒石市五所川原市十和田市東津軽郡平内町蓬田村南津軽郡浪岡町、平賀町上北郡七戸町
市の木 あおもりとどまつ
市の花 はまなすの花
市の鳥 うとう
青森市役所
所在地 030-0822
青森県青森市中央一丁目22-5
ウィキプロジェクト

行政

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市長

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  • 西秀記:2023年(令和5年)6月5日 -
歴代首長
氏名 就任日 退任日 備考
青森町
1 柿崎忠兵衛
工藤卓爾 1896年(明治29年)9月24日
旧・青森市
1 工藤卓爾 1898年(明治31年)7月4日 1902年(明治35年)4月19日
2 笹森儀助 1902年(明治35年)5月7日 1903年(明治36年)12月16日
3 芹川得一 1904年(明治37年)1月20日 1908年(明治41年)10月12日
4 淡谷清蔵 1908年(明治41年)12月7日 1910年(明治43年)3月31日
5 工藤卓爾 1910年(明治43年)4月22日 1916年(大正5年)4月21日
6 1916年(大正5年)4月22日 1917年(大正6年)1月13日
7 阿部政太郎 1917年(大正6年)2月7日 1919年(大正8年)10月22日
8 工藤卓爾 1921年(大正10年)2月28日 1924年(大正13年)11月4日
9 阿部政太郎 1925年(大正14年)2月12日 1926年(大正15年)5月17日
10 中野浩 1926年(大正15年)8月8日 1930年(昭和5年)8月7日
11 北山一郎 1930年(昭和5年)8月8日 1934年(昭和9年)8月7日
12 加賀秀雄 1934年(昭和9年)10月18日 1936年(昭和11年)3月20日
13 千葉伝蔵 1936年(昭和11年)5月28日 1940年(昭和15年)5月27日
14 1940年(昭和15年)5月28日 1944年(昭和19年)5月27日
15 1944年(昭和19年)5月28日 1945年(昭和20年)7月5日
16 柿崎守忠 1945年(昭和20年)7月28日 1946年(昭和21年)11月14日
17 横山實 1947年(昭和22年)4月5日 1951年(昭和26年)4月4日 戦災復興に尽力
名誉市民
18 1951年(昭和26年)4月25日 1955年(昭和30年)4月15日
19 1955年(昭和30年)4月30日 1959年(昭和34年)4月29日
20 1959年(昭和34年)4月30日 1963年(昭和38年)4月29日
21 千葉元江 1963年(昭和38年)4月30日 1967年(昭和42年)4月29日
22 奈良岡末造 1967年(昭和42年)4月30日 1971年(昭和46年)4月29日
23 1971年(昭和46年)4月30日 1974年(昭和49年)1月12日
24 1974年(昭和49年)2月24日 1975年(昭和50年)4月29日
25 1975年(昭和50年)4月30日 1979年(昭和54年)4月29日
26 工藤正 1979年(昭和54年)4月30日 1983年(昭和58年)4月29日
27 1983年(昭和58年)4月30日 1984年(昭和59年)10月12日 助役が受託収賄容疑で逮捕された責任をとり辞職
28 1984年(昭和59年)11月19日 1987年(昭和62年)4月29日
29 1987年(昭和62年)4月30日 1989年(平成元年)3月22日 在任中に死去
30 佐々木誠造 1989年(平成元年)5月 1993年(平成5年)5月
31 1993年(平成5年)5月 1997年(平成9年)5月
32 1997年(平成9年)5月 2001年(平成13年)5月
33 2001年(平成13年)5月 2005年(平成17年)3月31日
青森市
- 佐々木誠造 2005年(平成17年)4月1日 2005年(平成17年)4月23日 市長職務執行者
1 佐々木誠造 2005年(平成17年)4月24日 2009年(平成21年)4月23日
2 鹿内博 2009年(平成21年)4月24日 2013年(平成25年)4月23日
3 2013年(平成25年)4月24日 2016年(平成28年)10月31日 青森駅前再開発ビルの経営破綻の責任をとり辞職
- 福井正樹 2016年(平成28年)11月1日 2016年(平成28年)11月27日 市長職務代理者
4 小野寺晃彦 2016年(平成28年)11月27日 2023年(令和5年)4月30日 青森県知事選挙立候補準備のため辞職
- 能代谷潤治 2023年(令和5年)5月1日 2023年(令和5年)6月5日 市長職務執行者
5 西秀記 2023年(令和5年)6月5日 現職

市役所

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  • 庁舎 - 本庁舎、駅前庁舎、柳川庁舎、浪岡庁舎
  • 支所 - 浜館支所、奥内支所、原別支所、後潟支所、野内支所

議会

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市議会

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県議会

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  • 選挙区:青森市選挙区
  • 定数:10名
  • 任期:2019年(平成31年)4月30日 - 2023年(令和4年)4月29日
議員名 会派名 備考
鹿内博 県民主役の県政の会
高橋修一 自由民主党
伊吹信一 公明・健政会
森内之保留 自由民主党
吉俣洋 日本共産党
山谷清文 自由民主党
花田栄介 自由民主党
関良 青和会
一戸富美雄 青和会
渋谷哲一 県民主役の県政の会

衆議院

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当落 候補者名 年齢 所属党派 新旧別 得票数 重複
江渡聡徳 66 自由民主党 91,011票
升田世喜男 64 立憲民主党 64,870票
斎藤美緒 41 日本共産党 17,783票

行政機関

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県の機関

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国の機関

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司法機関

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(管轄地:青森市(旧青森市)・東津軽郡平内町今別町蓬田村外ヶ浜町))
(管轄地:青森市(旧青森市)・東津軽郡(平内町、今別町、蓬田村、外ヶ浜町))
(管轄地:青森市(旧青森市)・東津軽郡(平内町、今別町、蓬田村、外ヶ浜町))

施設

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警察

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消防

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医療

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医療機関

 
青森県立中央病院

保健

  • 保健所
    • 青森市保健所 - 青森市を管轄する青森市の保健所
    • 東地方保健所 - 東津軽郡を管轄する青森県の保健所
  • 保健センター
    • 青森市総合福祉センター
    • 浪岡総合保健福祉センター

郵便

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郵便局

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直営郵便局

簡易郵便局

  • 青森問屋町簡易郵便局(84773)
  • 青森南簡易郵便局(84738)
  • 青森流通団地内簡易郵便局(84794)
  • 桜川簡易郵便局(84783)
  • サンロード青森内簡易郵便局(84787)
  • 松丘簡易郵便局(84776)

文化施設

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青森市文化会館

運動施設

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青森市スポーツ会館

対外関係

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姉妹都市・提携都市

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国内

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海外

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多都市間交流

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国内

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  • 日本海峡フォーラム - 函館市、下関市北九州市
  • 縄文都市連絡協議会・縄文シティサミット

国際

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  • 世界冬の都市市長会(旧・北方都市会議) - 1992年にカナダモントリオールで開催された第5回会議から正式参加

経済

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  • 市内総生産:1兆129億6000万円(平成18年度市民経済計算)
  • 就業人口:14万2993人(平成17年国勢調査)
    • 第一次産業:5724人(4.0%)、第二次産業:2万3147人(16.2%)、第三次産業:11万1754人(78.2%)

農業

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リンゴ
特に浪岡地区で生産が盛んで、市町村別出荷量は全国第3位(平成17年)となっている。
カシス(クロスグリ)
国内生産量の90パーセントを占める。青森市の気候に適した作物として特産品化が進められている。

工業

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青森県指定伝統工芸品
青森市内で指定されている物(2012年6月27日現在[28]

商業

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主な商業施設
その他の商業施設

金融機関

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支店を置く金融機関

通信

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マスメディア

教育

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大学

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学校法人青森山田学園青森短期大学は平成25年3月に閉校。

高等学校

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県立

※以下は廃校。

私立

中学校

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市立:19校(五十音順)

※以下は廃校。

私立

小学校

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市立:45校(五十音順)

※以下は廃校。


幼稚園

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私立

特別支援学校

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専修学校・各種学校

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専修学校(私立:11校)

各種学校(私立:1校)

  • 青森タイピスト養成所

学校教育以外の施設

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職業能力開発施設

交通

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青森駅
 
青森空港
 
青森市営バス
 
津軽海峡フェリー

青森市は東北以北の県道庁所在地で唯一、市内にフル規格新幹線、空港、高速道路、港が揃う都市であり、北日本における交通の要衝となっている。

空港

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青森空港

国内線

航空会社就航地
日本航空(JAL)[注釈 3] 新千歳空港東京国際空港大阪国際空港
全日本空輸(ANA)[注釈 4] 新千歳空港、大阪国際空港
フジドリームエアラインズ(FDA)[注釈 5] 名古屋空港神戸空港

国際線

航空会社就航地
大韓航空(KE)   韓国仁川国際空港(ソウル)
エバー航空(BK)   台湾台湾桃園国際空港(台北)

鉄道・索道

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青森駅
 
新青森駅

道路

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城ヶ倉大橋
 
国道4号国道7号の分岐点

バス

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青森市営バス
 
JRバス東北

船舶

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津軽海峡フェリー
 
青函フェリー

観光

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観光情報・交流・物産・道の駅

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青森県観光物産館アスパム

自然

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博物館・美術館

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青森市森林博物館
 
棟方志功記念館

歴史・遺跡・社寺・記念碑

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三内丸山遺跡
 
津軽海峡冬景色歌謡碑

公園

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レクリエーション

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温泉

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その他

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文化・名物

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祭事・催事

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青森ねぶた祭

食文化

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出身・関連著名人

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公人

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文化人

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芸能人

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スポーツ選手

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マスコミ関係者

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その他

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ゆかりの人物

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青森市を撮影した映画作品

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ギャラリー

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脚注

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注釈

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  1. ^ 1977年(昭和52年)に開館した旧青森市民体育館(カクヒログループスタジアム)は2024年6月末で閉館[27]
  2. ^ 秋田県秋田市には「秋田コミュニティー放送」、岩手県盛岡市には「ラヂオもりおか」、宮城県仙台市には「仙台シティエフエム」・「せんだい泉エフエム放送」・「エフエムたいはく」・「Rakuten.FM TOHOKU」、山形県山形市には「山形コミュニティ放送」、福島県福島市には「福島コミュニティ放送」が、それぞれ置かれている。
  3. ^ ジェイエアの機材・乗務員による運航便含む。
  4. ^ ANAウイングスの機材・乗務員による運航。
  5. ^ 日本航空(JAL)とコードシェア。

出典

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  1. ^ 青森県・青森県観光連盟 あおもり教育旅行ガイド
  2. ^ 平年値ダウンロード”. 気象庁. 2024年3月閲覧。
  3. ^ 観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2024年3月閲覧。
  4. ^ 観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2014年6月15日閲覧。
  5. ^ 観測史上1〜10位の値 月最深積雪 (cm) (年間を通じての値) 酸ケ湯 気象庁
  6. ^ 人口・世帯数(推移)”. 青森市. 2010年3月3日閲覧。
  7. ^ 『青森市の歴史』
  8. ^ 平成27年国勢調査”. 総務省統計局 (2016年10月26日). 2017年7月22日閲覧。
  9. ^ a b 宮崎道生 1982, pp. 171–173, 青森開港と廻米.
  10. ^ 長谷川成一ほか 2000, pp. 191–193, 北奥近世都市の成立.
  11. ^ 浪岡城(なみおかじょう)とは 日本の城がわかる事典(講談社) - コトバンク”. 2018年11月20日閲覧。
  12. ^ a b 「あおもり歴史トリビア」第156号(2015年5月1日配信)/青森市”. 青森市. 2018年11月20日閲覧。
  13. ^ 「あおもり歴史トリビア」第2号(2012年4月13日配信)/青森市”. 青森市. 2018年11月20日閲覧。
  14. ^ 『御借屋の由来』青森県庁東棟玄関脇銘板
  15. ^ 「あおもり歴史トリビア」第59号(2013年5月31日配信)/青森市”. 青森市. 2018年11月20日閲覧。
  16. ^ 「あおもり歴史トリビア」第87号(2013年12月13日配信)/青森市”. 青森市. 2018年11月20日閲覧。
  17. ^ 歴史05 近世の飢饉と青森の民衆” (PDF). 青森県庁. 2018年11月20日閲覧。
  18. ^ 第2編 前近代における北部日本海域の大火” (PDF). 内閣府. 2018年11月20日閲覧。
  19. ^ 「青森市内の工場地帯で大火」『東奥日報』1926年(大正15年)7月11日夕刊(大正ニュース編纂委員会『大正ニュース事典第7巻 大正14年-大正15年』本編p.2 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  20. ^ 「記録破りの豪雨で県下全般水浸し」『東奥日報』1935年(昭和10年)8月24日(昭和ニュース編纂委員会『昭和ニュース事典第5巻 昭和10年-昭和11年』本編p.16-17 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  21. ^ 「青森市で火事、三百二十八戸焼く」『東奥日報』1942年(昭和17年)9月16日(昭和ニュース編纂委員会『昭和ニュース事典第8巻 昭和17年/昭和20年』本編p.5 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  22. ^ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、406頁。ISBN 978-4-487-74410-7 
  23. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、124頁。ISBN 978-4-10-320523-4 
  24. ^ 「青森の出直し市議選始る」『朝日新聞』1970年(昭和45年)2月27日朝刊 12版 15面
  25. ^ 青森スポーツ会館愛称「オカでんアリーナ」”. 東奥日報 (2024年6月14日). 2024年6月14日閲覧。
  26. ^ 青森市総合体育館 7月オープン”. 東奥日報 (2024年6月22日). 2024年7月4日閲覧。
  27. ^ ありがとう青森市民体育館/寄せ書き数百件”. 東奥日報 (2024年6月25日). 2024年7月4日閲覧。
  28. ^ 青森県地域産業課・青森県の伝統工芸品
  29. ^ a b 東北新幹線「八戸・新青森間」開業に向けた整備状況”. 青森県庁. 2011年9月10日閲覧。
  30. ^ 筆談ホステス母になる / 斉藤 里恵【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア
  31. ^ 青森市観光大使 新山 千春(にいやま ちはる)”. 青森市. 2020年11月3日閲覧。

参考文献

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  • 長谷川成一ほか『青森県の歴史』児玉幸多監修(第1版第1刷)、山川出版社〈県史〉、2000年2月25日。ISBN 4634320207NCID BA45501953 
  • 宮崎道生『青森県の歴史』児玉幸多監修(2版10刷)、山川出版社〈県史シリーズ〉、1982年8月15日(原著1970年7月7日)。ISBN 4634230208NCID BN06471435 
  • 青森市史編さん委員会 編集『青森市の歴史』(四版)青森市、1991年10月1日。 
  • 青森市文化団体協議会・編『あおもり文化一〇〇年の軌跡』青森市文化団体協議会、2001年9月9日。ISBN 4-87373-112-7 
  • 小沼幹止『青森市の歴史散歩』(二版)よしのや本間書店、1984年7月15日。 

関連項目

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外部リンク

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