松平 長家(まつだいら ながいえ、生年不詳-天文9年6月6日1540年7月9日))は、戦国時代武将。通称安城左馬助安城長家とも[1]

略歴

編集

松平親忠の7男で安祥城城主。天文9年6月6日織田信秀に攻められ安祥城において討死した(安城合戦[1][2]法名一渓道者。

参考文献

編集
  • 『寛政重修諸家譜第一輯』(国民図書、1922年、15p)

脚注

編集
  1. ^ a b 国民図書 1922, p. 15.
  2. ^ 20世紀日本人名事典. “松平 長家とは”. コトバンク. 2022年10月11日閲覧。

外部リンク

編集