李 柄奎(イ・ビョンギュ、: 이병규1983年10月9日 - )は、大韓民国大邱広域市出身の元プロ野球選手外野手)、野球指導者。

李 柄奎(イ・ビョンギュ)
Lee Byeong-Kyu
ロッテ・ジャイアンツ 二軍打撃コーチ #83
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 大邱広域市
生年月日 (1983-10-09) 1983年10月9日(41歳)
身長
体重
178 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 2006年 申告選手
初出場 2006年7月7日
最終出場 2021年5月18日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
イ・ビョンギュ
各種表記
ハングル 이병규
漢字 李柄奎
発音: イビョンギュ
英語表記: Lee Byonng-Kyu
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経歴

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LG時代

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2006年、漢陽大学校を卒業し、申告選手としてLGツインズに入団。この年は7試合のみ出場した。

2009年8月8日にチームメイトの徐承和が起こした暴行事件に巻き込まれ、被害者となる[1]

2010年に就任した朴鍾勲監督に起用され、103試合出場を果たす。その頃から、本業の一塁だけでなく、外野も守るようになった。

しかし、その後左膝十字靭帯破裂により戦列を離れた。これによって兵役も免除となった。

2011年後半に試合出場できるようになるも、2012年シーズン後に再び膝の手術を受ける。

2013年シーズン後半に復帰。

翌2014年は楊相旼新監督の元、4番打者として116試合に出場した。

ロッテ時代

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2017年シーズン終了後、余剰戦力を対象とした2次ドラフトで指名されロッテ・ジャイアンツに移籍。

2019年は8試合の出場にとどまったが、2020年は53試合に出場した。

2021年7月22日、現役引退を宣言した[2]

現役引退後

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指導者に転身し、2021年11月よりロッテジャイアンツの二軍打撃コーチとなった[3]

プレースタイル・人物

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LGツインズ時代、ハングル表記では全く同じ李炳圭と区別をするため、スコアボードには背番号も付されていた。

通算記録

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年度 チーム 打率 試合 打数 得点 安打 2塁打 3塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁死 四球 死球 三振 併殺 失策
2006 LG 0.125 7 8 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 1 0
2008 0.231 33 78 7 18 6 1 1 29 9 0 0 5 2 23 3 0
2009 0.176 16 17 0 3 2 0 0 5 4 0 0 4 0 10 0 0
2010 0.300 103 307 57 92 17 1 12 147 53 5 3 44 3 58 4 2
2011 0.250 33 88 13 22 3 0 4 37 14 1 1 20 1 32 2 1
2012 0.318 69 223 23 71 17 0 2 94 21 8 3 43 3 54 2 3
2013 0.291 73 172 24 50 6 1 2 64 26 1 1 26 3 47 0 1
2014 0.306 116 360 66 110 28 3 16 192 87 5 10 74 5 78 7 2
2015 0.243 70 230 42 56 9 1 12 103 35 2 1 43 3 83 4 4
2016 0.272 103 290 43 79 12 2 7 116 37 8 5 47 10 81 4 3
2017 0.205 19 44 5 9 0 1 0 11 5 0 0 4 0 14 0 1
2018 ロッテ(G) 0.273 103 198 31 54 11 1 10 97 39 0 0 50 7 58 5 1
2019 0.158 8 19 1 3 2 0 0 5 0 0 0 2 1 7 1 0
2020 0.274 53 164 28 45 4 0 9 76 32 0 0 28 1 55 5 2
2021 0.235 29 34 4 8 0 0 0 8 4 0 0 8 1 14 2 0
通算 14シーズン 0.278 835 2232 344 621 117 11 75 985 366 30 24 398 40 615 40 20

背番号

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  • 0(2006年 - 2008年)
  • 24(2009年 - 2011年)
  • 7(2012年 - 2017年、2021年)
  • 16(2018年 - 2020年)
  • 88(2022年)
  • 83(2023年 - )

脚注

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外部リンク

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