在原棟梁
在原 棟梁(ありわら の むねはり)は、平安時代前期の貴族・歌人[2]。平城天皇の後裔で、右近衛中将・在原業平の長男。官位は従五位上・左衛門佐。中古三十六歌仙の一人。
時代 | 平安時代前期 |
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生誕 | 嘉祥3年(850年)頃[1] |
死没 | 昌泰元年(898年) |
官位 | 従五位上・左衛門佐 |
主君 | 清和天皇→陽成天皇→光孝天皇→宇多天皇→醍醐天皇 |
氏族 | 在原氏 |
父母 | 父:在原業平、母:紀有常娘 |
兄弟 | 棟梁、滋春、美子 |
子 |
元方、元清、戒仙、本院侍従、 おほつぶね |
経歴
編集清和朝の貞観11年(869年)春宮舎人に任ぜられ、春宮・貞明親王に仕える。陽成朝で左近衛将監・左兵衛権大尉と武官を歴任する。
元慶8年(884年)光孝天皇の即位に伴って蔵人に任ぜられる。翌仁和元年(885年)従五位下・雅楽頭に叙任されると、仁和2年(886年)左兵衛佐、寛平8年(896年)左衛門佐と光孝朝後半から宇多朝にかけて再び武官を歴任。寛平9年(898年)従五位上に至る。昌泰元年(898年)卒去。
官歴
編集注記のないものは『日本三代実録』による。