テュルソス
テュルソス(古代ギリシア語: θύρσος、thyrsos)は、ギリシア神話に登場する杖。オオウイキョウでできており、ブドウのツルや葉などで飾られ、先端に松かさをつけたものである。タイニアと呼ばれるリボンのようなものがつけられる場合もある。
概要
編集テュルソスはウイキョウの茎に木ヅタ等の植物をあしらった杖であり[1]、古代ギリシアの宗教において、この杖はディオニューソスとその信者が持っていた[1][2]。ブドウや木ヅタのようなツルを茂らせる植物は、ディオニューソスの力が現れていると考えられていた[1]。
エウリーピデースは、マイナデスが持つテュルソスから蜂蜜が滴ったと表現している[3]。テュルソスは宗教的儀礼や祭儀のにおける、神聖な道具であった。テュルソスは葉の中に鉄の突起を隠しており、ディオニューソスやその信者達が持つとき、恐るべき武器に変わったともされる[4]。そのため、テュルソスは「ブドウの葉に包まれた槍」「木ヅタを巻いた槍」などと表現されることもあり[5][6]、その先端の突起が狂気を引き起こすと考えられた[7]。
象徴としてのテュルソス
編集テュルソスはディオニューソス(バッコス)と、その従者であるサテュロスやマイナデスに関連し、一般的に繁栄、繁殖力、快楽主義、悦楽 / 楽しみなどを象徴する[8]。特に、ウイキョウが男性器を、松かさが「種」を示しているとしてファルスの繁殖力に関連付けられてきた。テュルソスはバッコス信仰の踊りの際に掲げられる。
エウリーピデースの『バッカイ』では、ディオニューソスの信女に扮したペンテウスがディオニューソス[注 1]に、次のように尋ねるシーンがある[9]。
- ペンテウス「テュルソスを右手に持つほうがよいか、それともこの手か。どちらがいっそう、バッカイらしく見えるだろうか。」
- ディオニューソス「右手です。そして右足と同時に振り上げねばならない。」
テュルソスは時に、カンタロスと呼ばれるワインを飲むための陶器とも関連付けられる。カンタロスもディオニューソスの象徴とされ、テュルソスとカンタロスは、王笏と宝珠と同様に「男性性と女性性」の組み合わせであるとされる[10]。
ギャラリー
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テュルソスを持つディオニューソスの信者。ブグロー作『マリス』(1899年)
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John Reinhard Weguelin作『バッコスの勝利』(1882年)
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ジョン・コリア作『バッコスの信女』
脚注
編集注釈
編集- ^ バッカイを率いる人間としてペンテウスの前に登場しているため、ペンテウスは彼がディオニューソス自身であることを知らない。
出典
編集- ^ a b c 『バッカイ』訳注、逸見訳、p.131。
- ^ 『ギリシア・ローマ神話辞典』p.168。
- ^ 『バッカイ』711行。
- ^ Diodorus. iii. 64, iv. 4; Macrobius. Sat. i. 19.
- ^ オウィディウス『変身物語』第3巻 667行
- ^ 『バッカイ』25行。
- ^ Hor. Carm. ii. 19. 8; Ovid. Amor. iii 1. 23, iii. 15. 17, Trist. iv. 1. 43.; Brunk, Anal. iii. 201; Orph. Hymn. xlv. 5, 1. 8.
- ^ Ioannis Kakridis, Ελληνική μυθολογία Εκδοτική Αθηνών 1987 (in Greek)
- ^ 『バッカイ』941-943。逸見訳、p.93。
- ^ Vinum Nostrum. “Red-figure bell krater”. Museo Galileo. 2016年12月27日閲覧。
参考文献
編集- Casadio, Giovanni; Johnston, Patricia A., Mystic Cults in Magna Graecia, University of Texas Press, 2009
- Ferdinand Joseph M. de Waele, The magic staff or rod in Græco-Italian antiquity, Drukkerij Erasmus, 1927
- エウリーピデース『バッカイ バッコスに憑かれた女たち』逸身喜一郎訳、岩波書店、2013年。ISBN 978-4-00-321063-5。
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店、1960年。ISBN 4-00-080013-2。
- 帰属
- この記事にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Thyrsus". Encyclopædia Britannica (英語) (11th ed.). Cambridge University Press.