スキクダ
スキクダ(アラビア語:سكيكدة)はアルジェリア北東部のスキクダ県の県都。 ストラ湾に面する港湾都市で、かつてはシヌス・ヌミディクスと呼ばれていた。 2008年の人口は約18.3万人だった。 新ムーア様式の市役所と駅はル・コルビュジエが設計した。 公式の市の旗は青と白で、地中海を表す。 アルジェ、オランに次いで国内3位の貿易港を持つ。
スキクダ سكيكدة | |
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市 | |
スキクダ市街地 | |
スキクダの位置 | |
北緯36度52分 東経6度54分 / 北緯36.867度 東経6.900度座標: 北緯36度52分 東経6度54分 / 北緯36.867度 東経6.900度 | |
国 | アルジェリア |
県 | スキクダ県 |
地区 | スキクダ地区 |
設立 | 1838年 |
面積 | |
• 合計 | 52 km2 |
標高 | 18 m |
人口 (2008年) | |
• 合計 | 182,903人 |
• 密度 | 3,500人/km2 |
等時帯 | UTC+01 (中央ヨーロッパ時間) |
郵便番号 |
21000 |
歴史
編集フェニキア人が都市を築いた。
古代ローマがその上に都市を築き、「ルシケード」と名付けた。 カルタゴ語で「火の岬」を表す。
1838年、コンスタンティーヌの港として、フランスが「フィリップヴィル(Philippeville)」と名付け都市を築いた。 コンスタンティーヌ・スキクダ鉄道が設置された。[1]
1911年、ベデカーは「アルジェリアの最も若い海港」と記した。[1]
第一次世界大戦勃発直後の1914年8月4日、フィリップヴィルはドイツの巡洋戦艦ゲーベンにより砲撃を受けた。この時、近郊のボーヌも軽巡洋艦ブレスラウにより砲撃されている。
第二次世界大戦終盤、連合国救済復興機関(UNRRA)のジャンヌダルク難民キャンプがスキクダに設置された。 1945年1月25日、南北アメリカの市民権を持つ200人のユダヤ人が、捕虜交換の為にベルゲン・ベルゼン強制収容所からスイスに送還された。 彼らは後にスキクダの難民キャンプに送られた。[3]
1955年、アルジェリア戦争の中でアルジェリア民族解放戦線(FLN)がスキクダを攻撃し、123人の市民が殺害された(フィリップヴィルの戦い)。多くはフランス人とその協力者と見做された者達だった[4]。虐殺に激怒したフランスはFLNへの攻撃を強めた。フランスによる報復で1200人(フランス発表)~1.2万人(FLN発表)が殺害された。
1970年代、天然ガス、石油精製、石油化学工業が発展し、パイプラインが建設された。
1989年2月15日、悪天候の中でオランダのタンカーのマースルイス号が、翌日のドック入りに備えて港外に停泊していた。 しかし、碇が外れ船は港に激突した。 この災害で乗員29人の内27人が死亡した。[5]
2004年1月19日、LNG施設で爆発火災が起き、29人が死亡し、9.4億ドル(当時のレートで約1000億円)の被害を出した。 これは世界のLNG取引量の2%に相当する。
地理
編集スキクダは地中海のストラ湾に面する。 丘と森が多く、市の東西に高い山脈が連なる。
気候
編集地中海性気候(Csa)で、涼しく湿った冬と、とても暖かく乾いた夏が訪れる。
スキクダ (1961年~1990年、但し極端な値は1926年~1992年)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 26.4 (79.5) |
30.6 (87.1) |
32.0 (89.6) |
34.6 (94.3) |
38.8 (101.8) |
41.0 (105.8) |
44.4 (111.9) |
46.7 (116.1) |
44.0 (111.2) |
38.0 (100.4) |
33.0 (91.4) |
28.0 (82.4) |
46.7 (116.1) |
平均最高気温 °C (°F) | 16.1 (61) |
16.6 (61.9) |
17.5 (63.5) |
19.5 (67.1) |
22.2 (72) |
25.1 (77.2) |
28.4 (83.1) |
28.9 (84) |
27.3 (81.1) |
24.3 (75.7) |
20.5 (68.9) |
17.1 (62.8) |
22.0 (71.6) |
日平均気温 °C (°F) | 12.0 (53.6) |
12.3 (54.1) |
13.2 (55.8) |
15.1 (59.2) |
17.9 (64.2) |
21.0 (69.8) |
23.9 (75) |
24.6 (76.3) |
22.9 (73.2) |
19.8 (67.6) |
16.1 (61) |
13.0 (55.4) |
17.6 (63.7) |
平均最低気温 °C (°F) | 8.0 (46.4) |
7.9 (46.2) |
8.8 (47.8) |
10.7 (51.3) |
13.5 (56.3) |
16.7 (62.1) |
19.4 (66.9) |
20.2 (68.4) |
18.5 (65.3) |
15.3 (59.5) |
11.6 (52.9) |
8.9 (48) |
13.3 (55.9) |
最低気温記録 °C (°F) | 0.0 (32) |
−0.5 (31.1) |
−0.6 (30.9) |
3.0 (37.4) |
5.0 (41) |
8.0 (46.4) |
10.2 (50.4) |
12.3 (54.1) |
11.6 (52.9) |
2.0 (35.6) |
0.0 (32) |
0.0 (32) |
−0.6 (30.9) |
降水量 mm (inch) | 115.3 (4.539) |
94.0 (3.701) |
75.6 (2.976) |
60.8 (2.394) |
29.9 (1.177) |
13.1 (0.516) |
2.9 (0.114) |
9.7 (0.382) |
30.1 (1.185) |
75.0 (2.953) |
99.2 (3.906) |
123.0 (4.843) |
728.8 (28.693) |
平均降水日数 (≥0.1 mm) | 15 | 11 | 12 | 10 | 7 | 5 | 1 | 3 | 7 | 12 | 13 | 16 | 112 |
% 湿度 | 75 | 75 | 75 | 75 | 76 | 75 | 73 | 75 | 75 | 74 | 75 | 75 | 75 |
平均月間日照時間 | 139.5 | 155.4 | 207.7 | 222.0 | 279.0 | 306.0 | 356.5 | 322.4 | 258.0 | 201.5 | 156.0 | 133.3 | 2,737.3 |
平均日照時間 | 4.5 | 5.5 | 6.7 | 7.4 | 9.0 | 10.2 | 11.5 | 10.4 | 8.6 | 6.5 | 5.2 | 4.3 | 7.5 |
出典1:NOAA[6] | |||||||||||||
出典2:Deutscher Wetterdienst (extremes 1926–1992, sun 1952–1990, humidity 1973–1992, and avg. precipitation days 1952–1970)[7] |
交通
編集N3号線がスキクダからEl Arrouch、コンスタンティーヌ、バトナ、ビスクラ、トゥーグラに伸びている。 コンスタンティーヌ・スキクダ鉄道の終点である。 スキクダ空港が有るが、現在は使われていない。
脚注
編集- ^ a b “Philippeville, Algeria”. World Digital Library (1899年). 2013年9月26日閲覧。
- ^ “EARTHQUAKE SHOCK IN ALGERIA”. New York Times. (1883年10月10日)
- ^ source Page at Holocaust database
- ^ Ben Abro, Assassination! July 14, University of Nebraska Press (2001), p251
- ^ Website Nieuwsdossier on Sinking of Maassluis, retrieved 3 August 2010
- ^ “Climate Normals for Skikda”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 27 March 2016閲覧。
- ^ “Klimatafel von Skikda (Philippeville) / Algerien” (German). Baseline climate means (1961-1990) from stations all over the world. Deutscher Wetterdienst. 27 March 2016閲覧。